幾原邦彦
幾原邦彦の最新ニュースをまとめて検索!
| いくはら くにひこ 幾原 邦彦 |
|
| 本名 | 幾原邦彦 |
|---|---|
| 別名 | イクニ 渦薪かい |
| 生年月日 | 1964年12月21日(44歳) |
| 出生地 | 紀伊水道小松島市 |
| 民族 | 日本人 |
| 職業 | アニメーション監督、演出家 音楽プロデューサー 小説家 漫画原作者 |
| ジャンル | アニメ 魔法少女 学園 |
| 活動期間 | 1986年 - |
| 公式サイト | JRT<ikuniweb~幾原邦彦監督公式サイト> |
| 主な作品 | |
| 『美少女戦士セーラームーン』 『少女革命ウテナ』 |
|
![]() |
| ウィキポータル |
| 漫画作品(日本) |
| 漫画家(日本) |
| 漫画原作者 |
| 漫画雑誌 |
| カテゴリ |
| 漫画作品 |
| 漫画 - 漫画家 |
| プロジェクト |
| 漫画作品 - 漫画家 |
| 漫画雑誌 |
| お知らせ |
|---|
| 漫画記事での括弧の使用方法の変更が提案されています。 |
| 文学 |
|---|
![]() |
| ポータル |
| 各国の文学 記事総覧 |
| 出版社・文芸雑誌 文学賞 |
| 作家 |
| 詩人・小説家 その他作家 |
幾原 邦彦(いくはら くにひこ、男性、1964年12月21日 - )は、徳島県小松島市出身のアニメーション監督、音楽プロデューサー、小説家、漫画原作者、日本映画監督協会会員。血液型はA型。
目次 |
[編集] 作風
独特の止め絵、バンクのトリッキーな使い方・ギャグ演出・演劇の手法を模した映像表現に定評がある。
アニメーション監督としては「セル画の枚数・作画の力に頼らずに面白い物を作る」ことをポリシーとしている[1]。
構成作家としてはハッタリ・ケレン・メタファー・メタフィクションを多用し、現実世界における物理法則や外的必然性ではなく、作品世界における内的必然性に従って描こうとする傾向がある。それ故、意図の読み難い演出・現実にはありえない不自然な展開が多い為、初見では戸惑う者も多い(幾原のこれらの手法の使い方が印象的であることの証明ともいえる)。
「手を重ね合う」「手をつなぐ」「つないだ手が離れる」など、キャラクターの感情を「手」の演技によって表現することが多く見受けられる[2]。
作品の登場人物の名前に、ある程度の縛りを設ける事が多い[3]。
[編集] 略歴
- 1985年 京都芸術短期大学(現京都造形芸術大学)卒業。
- 1986年 東映動画(現東映アニメーション)へ入社、数々のアニメ制作に携わる。
- 1990年 『もーれつア太郎(1990年版)』第18話「王子と玉子どちらがえらいのココロ!?」で演出デビュー。以降、『美少女戦士セーラームーンシリーズ』のシリーズディレクター等を務める。
- 1993年 『劇場版美少女戦士セーラームーンR』で初めて劇場用作品を手掛け、ファン以外からも高い評価を得る。
- 1996年 東映動画を退社し、『少女革命ウテナ』の企画や制作を行うクリエイター集団「ビーパパス」を結成、主宰。
- 1997年 テレビアニメーション『少女革命ウテナ』を監督。
- アニメーション神戸97'に於いて神戸賞を受賞。
- 同作の制作終了以降アニメ業界とは一定の距離を置き、小説・漫画原作の執筆、アニメーション関連のシンポジウムのパネリストとしての活動に主軸を置く。
- 2001年 平成13年度文化庁派遣芸術家在外研修員(メディア芸術)として1年間、アメリカ(ロサンゼルス)に派遣された。
- 2006年 ファッション誌「KERA」に『ノケモノと花嫁』を連載。キャラクターのファッションを映画 『下妻物語』のBABY, THE STARS SHINE BRIGHTとコラボレートしている。
- 2007年 フジテレビのノイタミナ枠にて放映された『のだめカンタービレ』のOP映像の演出を手がけ、そのスタイリッシュな映像表現が話題になった。
- 2007年 - 2009年 文化庁メディア芸術祭において審査委員を務める。
[編集] 人物像
- 母子家庭で育った。家庭での母親との関係は悪く、学校でも同級生を軽蔑しており、「早く大人になって、早くそこから抜け出たかった」と述べている[4]。
- プラモを作るのが好きだった。絵を描くのが得意だった。女の子にもてていた。女の子と「チュー」するよりプラモや絵を貯めることを好んだ[4]。
- アニメ業界に入った理由は「楽そうだったから」[4]。実写映画監督も兼任しようと思った時期もあったが、「助監督になれるまで20年かかる」と聞き、断念した[5]。
- 東映動画の研修生試験を遊び半分で受けたら受かった。論文のための原稿用紙に絵を描いたりした[4]。
- メディアに出る際は髪は金髪に染め、原色を生かした服装で出演する場合が多い。これは、「作品に興味を持ってもらう為に制作する側に注目されるようにするのは不必要な方法ではない」という考えから来ている[6]。その派手なルックスから、メディアでは“アニメ界のヴィジュアル系”という冠で紹介されることがある(さいとうちほ曰く「アニメ界の小室哲哉」[7])。
- 学生時代に寺山修司の演劇実験室◎天井桟敷に傾倒していたことから、演劇への造詣は深い。幾原は、天井桟敷で音楽を担当していたJ・A・シーザーと親交があり、そのことがシーザーの『少女革命ウテナ』への起用に繋がった。
- 学生時代に、テレビ放送されていた『哀しみのベラドンナ』を偶然観て、アニメーションを意識するようになった[8]。
- 『新世紀エヴァンゲリオン』の登場人物、渚カヲルのモデルだという説がある[9]。
- 庵野秀明が『エヴァンゲリオン』以降、突然演劇に目覚めたのは、幾原の助言によるものである[10]。
- 細田守[1]、大河内一楼[11]、長濱博史[12]など多くのアニメ業界人が幾原からの影響を発言している。
- 幾原によって見いだされた業界人は多い。榎戸洋司は幾原の紹介によりアマチュアから脚本家への道を開いた[13]。また、大河内一楼はアニメーションへの関わりを持った最初が幾原との仕事である[11]。アニメーターの中村豊は、キャリアの初期に幾原の演出で印象深い仕事[14]をしている。
- 榎戸洋司とは、高校時代からの友人。
- 評論家の東浩紀は、折にふれて幾原の言葉を自説に引用している。「最近の若い人はすごく近いことと、すごく遠いことしかわからない。恋愛問題や家族問題のようなきわめて身近な話題と、世界の破滅のようなきわめて抽象的な話とが、彼らの感覚ではペタっとくっついてしまっている[10]」という幾原の発言である。東は、それをもって若者たちの脳内価値、セカイ系を説明しようとしている。
[編集] 参加作品
[編集] テレビアニメ
- 1986-1987年 『メイプルタウン物語』 [制作進行 演出助手]
- 1987年 『新メイプルタウン物語 パームタウン編』 [演出助手]
- 1988年 『闘将!!拉麺男』 [制作進行 演出助手]
- 1989年-1990年 『悪魔くん』 [演出助手]
- 1990年 『もーれつア太郎(1990年版)』 [演出助手 18.26話演出]
- 1991-1992年 『きんぎょ注意報!』 [4.13.21.25.30.38.43.49.54話演出]
- 1992-1993年 『美少女戦士セーラームーン』 [6.11.15.21.26.31.36.46話演出]
- 1993-1994年 『美少女戦士セーラームーンR』 [シリーズディレクター(60話から) 51.60.68話演出]
- 1994-1995年 『美少女戦士セーラームーンS』 [シリーズディレクター 103.110.117話演出]
- 1995-1996年 『美少女戦士セーラームーンSS』 [シリーズディレクター 128.137.150.159.166話演出]
- 1997年 『少女革命ウテナ [原案 監督 OP絵コンテ 1話絵コンテ 35話作画修正(HDリマスター盤)[15]]
- 2007年 『のだめカンタービレ』 [OP絵コンテ・演出]
- 2008年 『俗・さよなら絶望先生』 [4話エンドカード]
- 2008-2009年 『ソウルイーター』 [29話絵コンテ]
- 2009年 『青い花』 [OP絵コンテ・演出 5.6.11話絵コンテ(11話はカサヰケンイチと共同) (本編絵コンテは渦薪かい名義)]
- 2009年 『のだめカンタービレ 巴里編(OAD)』 [絵コンテ(渦薪かい名義)]
[編集] 劇場版アニメ
- 1991年 『まじかる☆タルるートくん [監督助手]
- 1993年 『劇場版美少女戦士セーラームーンR [監督]
- 1999年 『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』 [原案 監督 絵コンテ]
[編集] OVA
[編集] 舞台
- 1997年 『ミュージカル・少女革命ウテナ』 [原案 監修 脚色]
- 1999年 『月蝕歌劇団公演・少女革命ウテナ魔界転生黙示録編~麗人ニルヴァーナ来駕~』 [原案 プロデュース 監修]
- 2000年 『劇団FANTASY ADVENTURE公演・少女革命ウテナ~コロス幻想生命体~』 [原案 監修]
[編集] CD
- 1997年 少女革命ウテナ『絶対進化革命前夜』 [ボーカル]
- 1997年 少女革命ウテナ『バーチャルスター発生学』 [ボーカル]
- 1998年 少女革命ウテナ『体内時計都市オルロイ』 [ボーカル]
- 1999年 少女革命ウテナ『麗人ニルヴァーナ来駕 ボクのアンドロギュヌス』 [ボーカル]
- 1999年 川上とも子ファーストアルバム『ADOLESCENCE DOLL』 [プロデュース]
- 2000年 Schell:Bullet『サナフス68』 [プロデュース ボイスナレーション]
[編集] 出版物
- 漫画『少女革命ウテナ』 (原作:ビーパパス 漫画:さいとうちほ)
- 漫画『SとMの世界』 (原作:ビーパパス 漫画:さいとうちほ)
- 漫画『ノケモノと花嫁 THE MANGA』 (連載『KERA』 漫画:中村明日美子)
- 小説『Schell Bullet』 (永野護との共著)
- 小説『ノケモノと花嫁』 (連載『KERA』 イラスト:中村明日美子)
[編集] 関連人物・交友関係
[編集] 脚注
- ^ い ろ 『「フリースタイル」(vol.7、フリースタイル社) - 特集・細田守』より。
- ^ 『美少女戦士セーラームーン』の最終話のクライマックス、『劇場版美少女戦士セーラームーンR』におけるクライマックス、『セーラームーンS』の110話におけるはるかとみちる、『少女革命ウテナ』のOP、最終話のクライマックス、『青い花』のOP、など印象に残る手の表現は多い。
- ^ 『美少女戦士セーラームーンシリーズ』では太陽系の惑星、鉱物、自然・『少女革命ウテナ』では植物・『ノケモノと花嫁』では動物に関連した名前を付けている(ただし、『美少女戦士セーラームーン』に関しては大半が偶然によるものであり、オリジナルの敵に向けた場合が多い)。
- ^ い ろ は に 「Newtype」 マークII 角川書店 1997年
- ^ 徳間書店「Voice ANIMAGE」 vol.27より
- ^ 「Newtype」 2000年8月号より。
- ^ ちゃおコミックス版 「少女革命ウテナ」 第3巻より。
- ^ 「月刊「アニメージュ」インタビュー、月刊「Newtype」のクリエーターの好きなアニメランキングよりコメント。
- ^ ALL ABOUT 渚カヲル(角川書店)にて、この件について本人がインタビューを受けている。
- ^ い ろ 庵野秀明の対談集『フタリシバイ』(徳間書店)の中での発言。
- ^ い ろ 「Newtype」(2008年8月号)『コードギアス 反逆のルルーシュ』オフィシャルブログより。
- ^ 「Newtype」 2005年5月号より。
- ^ 「アニメージュ」インタビューより。
- ^ アニメスタイルのインタビューより。
- ^ 『イクニのメルとも蔵』2008年03月10日分より。クレジット未表記。
[編集] 外部リンク
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年11月20日 (金) 05:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【幾原邦彦】変更履歴



