広島大学附属中学校・高等学校

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広島大学附属中学校・高等学校
過去の名称 広島高等師範学校附属中学校
広島高等師範学校附属
高等学校
広島大学広島高等師範学校
附属中学校・高等学校
広島大学教育学部附属東千田
中学校・高等学校
広島大学教育学部附属中学校・高等学校
国公私立の別 国立学校
設置者 国立大学法人広島大学
校訓 (中学校)
真剣な学習
信愛の精神
強靭な身体
(高等学校)
創造を旨とし気魄と情熱に
燃えよ
一意専心学道に精励せよ
明朗闊達品位ある学徒たれ
設立年月日 1905年
開校記念日 4月17日
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 34001E
所在地 734-0005
広島県広島市南区翠1-1-1
北緯34度22分20.9秒東経132度27分55.5秒
電話番号 082-251-0192
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
  

広島大学附属中学校・高等学校(ひろしまだいがくふぞく ちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、広島県広島市南区にある男女共学国立中学校高等学校である。

目次

[編集] 概要

一学年の定員は、中学校が120名程度、高等学校が200名程度である。ただし、広島大学附属学校園の再編計画に伴い、将来的には高等学校の定員を現在の8割程度に減らすことが決定している。[1]高等学校には附属中学校からの進学枠が存在するが、附属小学校からの進学は入試点数による足切りがあり、合格者数はここ数年進学希望者の4~7割程度である。附属中学校から高等学校への進学枠は、中学校在籍者数と同数が用意される。そのため、中学校からの入学者は、大体の生徒は高等学校に進学出来る形式である。外部からの合格者は、定員が小学校80名から中学120名になることもあり、中学では80人前後、高校で200人になるため、80人強が合格となっている。現在は高校の男女比は均等ではなく、男子が55%以上となっている。[要出典]

1948年1954年には全国高等学校サッカー選手権大会で優勝している。2005年に創立100周年を迎え、記念行事などが開催された。

またスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定され、広島大学や他大学と連携した高度な研究が行われたり、多くの講演が行われたりと積極的な活動がなされている。勉学のみではなく全人教育を目指しており、多くの活動が行われている。

卒業生の会は「アカシア会」と呼ばれ、全国の主要都市圏に支部がある。世代を超えて非常に固い結束で結ばれており、活動が盛んである(地元広島では毎月17日に例会が開催されている)。    一般的に「附属(ふぞく)」と呼ばれる。広島で「附属」といえばこの学校を指すことがほとんどである。同じ広島大学附属学校園で広島県福山市にある広島大学附属福山中学校・高等学校の生徒・教職員からは、「本部校」という意味で「本校(ほんこう)」と呼ばれることが多い。しかし、附属学校間に「本部校-分校」の類の序列や力関係が公式に存在するわけではなく、本来は同等の立場である。

[編集] 所在地

  • 〒734-0005 広島市南区翠1丁目1番1号
    • 住居表示実施前は皆実町3丁目;現在でも通称としてOBなどから「皆実(みなみ)」と呼ばれることがある)

北緯34度22分20.9秒東経132度27分55.5秒

[編集] 沿革

旧制期の沿革については広島高等師範学校も参照のこと。

  • 1905年 - 3月、広島高等師範学校附属中学校(生徒定員350名、10学級)の設置認可。
  • 1905年 - 4月17日、第一回入学式(広島高等師範学校講堂、74名)、生徒訓条4か条・校章制定。(以後、この日を開校記念日とする。)
  • 1905年 - 4月18日、旧土木監督署(広島市千田町)を仮校舎として授業開始。
  • 1905年 - 9月、教育実習を開始。
  • 1905年 - 12月、附属中学校新校舎(広島高等師範学校構内)に移転。
  • 1915年 - 7月10日、創立10周年記念誌『十かえりの花』を刊行。
  • 1920年 - 11月3日、中等教育研究会を創立し、第一回を開催。
  • 1923年 - 3月1日、父兄団の設立。
  • 1925年 - 5月24日、創立20周年記念誌『旭光』を刊行。
  • 1930年 - 5月18日、創立25周年記念誌『二十五年史』を刊行。
  • 1930年 - 10月25日、創立25周年記念誌史『飛龍』を刊行。
  • 1932年 - 7月7日、中等教育研究会『中等教育の実際』を刊行。(1940年11月、時局下第29号をもって休刊。)
  • 1942年 - 3月、3学級併進(定員525名)の認可。
  • 1945年 - 1月、科学学級(1,2,3年各1学級)の編成。
  • 1945年 - 4月、3年生以上、通年動員に出動。
  • 1945年 - 7月、1,2年生、科学学級3年生以下、広島県賀茂郡原村、比婆郡東城町などに疎開。
  • 1945年 - 8月6日、原爆投下により全校舎を焼失、教職員や生徒に多数の犠牲者。
  • 1945年 - 9月、広島県賀茂郡原村、豊田郡戸野村などにおいて授業再開。
  • 1947年 - 1月、全校、広島市の旧校地に復帰。
  • 1948年 - 3月17日、新制中学校第1回卒業式。
  • 1948年 - 第26回全国高等学校サッカー選手権大会優勝
  • 1949年 - 3月8日、新制高等学校第1回卒業式。自署名簿制度を設立。(~現在)
  • 1949年 - 広島大学広島高等師範学校附属中学校・同高等学校と改称。
  • 1952年 - 広島大学教育学部附属東千田中学校・同高等学校と改称。
  • 1953年 - ユネスコ教育実験学校に指定される。
  • 1954年 - 第32回全国高校サッカー選手権大会優勝。
  • 1955年 - 広島大学教育学部附属中学校・同高等学校と改称。
  • 1959年 - 第37回全国高校サッカー選手権大会準優勝。
  • 1961年 - 現在地(旧制広島高等学校跡地で、広島大学の教養部校地として使われていた)に移転。
  • 1970年 - 新校舎・体育館の落成式を挙行。
  • 1975年 - 5月、サッカー班 中国地区高等学校サッカー選手権大会で優勝
  • 1975年 - 7月、サッカー班 全国高等学校総合体育大会サッカーの部に広島県代表として出場。2勝し、ベスト16まで進む。
  • 1978年 - 広島大学附属中学校・高等学校と改称。
  • 1981年 - 5月、軟式野球班、高等学校軟式野球選手権山陽大会に広島県代表として出場。
  • 1982年 - 8月、軟式野球班、第27回全国高等学校軟式野球選手権大会 西中国大会出場。準優勝。
  • 1998年 - 8月、軟式野球班、第43回全国高等学校軟式野球選手権大会出場。ベスト8進出。
  • 1998年 - 10月、軟式野球班、第53回国民体育大会(神奈川)出場。
  • 2003年 - スーパーサイエンスハイスクールに指定される。
  • 2005年 - 創立100周年記念式典を挙行。
  • 2007年 - スーパーサイエンスハイスクールに再び指定(指定期間は5年間)

[編集] 校風

[編集] 校訓

高等学校の校訓は以下の通りである。

  1. 創造を旨とし、気魄(きはく)と情熱に燃えよ
  2. 一意専心、学道に精励せよ
  3. 明朗闊達、品位ある学徒たれ

また、中学校の校訓は以下の通りである。

  1. 真剣な学習
  2. 信愛の精神
  3. 強健な身体

[編集] 校章

校章はの花を図案化したものとされている。詳細は、制定当時の文献が原爆投下時に焼失・消失し残存していないために分かっていないのだが、一説によると、東京高等師範学校東京教育大学を経た、現在の筑波大学)及びその附属小学校(現・筑波大学附属小学校)・附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)が1888年明治天皇から賜った「五三の桐」の校章デザインを用いているのに対して、広島高等師範高等学校は、その成立時に校章を「」に定めたと言われている。広島大学附属高等学校はこの菊のデザインを引き継ぎこれに定めたが、当時皇室に対する敬意を表すために菊と解釈することを避け、代わりに形の似ている「旭日」と言い習わしてきたという。

[編集] 講堂

中学校校舎と高等学校校舎の間に位置する講堂は、被爆建物であり、登録有形文化財(建造物)である。旧制広島高等学校講堂として建設された。正面入口の床には皇紀によって設立年(2587年=西暦1927年(昭和2年))が記されており、当時の社会情勢および旧制広島高等学校の社会的地位を物語っている。

[編集] 諸活動

[編集] 部活動

生徒会所属クラブを以下に示す。毎年4月と10月に監査局(生徒会に所属する機構の一)に資格認定を受けなければ活動ができないことになっている。なお、伝統的に、クラブを(一般的な「部」ではなく)「班」と称する。(まず運動部と文化部に分かれ、それぞれの下に班が置かれる)

  1. 運動部・・・サッカー班、バスケットボール班、テニス班、卓球班、山岳班、バレーボール班、軟式野球班、剣道班、アーチェリー班、陸上競技班、バドミントン班 
  2. 文化部・・・管弦楽班、茶道班、ユネスコ班、美術班、科学研究班、光画班、数学研究班、マイクロワールド班、棋道班、書道班、放送班(2008年承認)、合唱班、調理同好会、軽音楽同好会
    ※光画…写真

そのうち中学校では、管弦楽班、マイクロワールド班、書道班、調理班、サッカー班、バスケットボール班、テニス班、卓球班、野球班、バレーボール班、剣道班、合唱班、数学研究同好会が活動している。

[編集] 体育祭

体育祭が盛んなことでも知られる。昔から盛んであったが、1990年代に入ると、その規模はさらに大きく拡大し、毎年壮大なスケールで行われる。各学年が白(はく)・赤(せき)に分かれ、それぞれに団長1名・副団長2名からなる「団長団」がいる。また、白・赤それぞれに櫓と呼ばれる、城を模したものをつくる。 その前を、大道具と呼ばれる、祭りの山車のようなものが行進する。高等学校在籍生徒有志による、赤・白に分かれてのマスゲームは高校生の体育祭としては相当大規模であり、近所の住民がマスゲームの時間に合わせて見にくることも多い。ただし、最近は櫓が1つとなり、マスゲームも従来の赤が太陽、白が月と名称を変えている。マスゲーム以外にも、應援團・チアリーダー・衣裳(団長団・マスゲーム幹部の衣装をつくる)・制作(櫓や山車をつくる)が盛んに活動をしている。1990年代以降の高等学校卒業生で、この体育祭を高等学校生活における一番の思い出として挙げる者は多い。

また、山田南平の少女漫画「紅茶王子」における3校合同体育祭はこれをモデルにして描かれたものである。

[編集] 文化祭

体育祭と比較して、文化祭は、小規模でこじんまりと行われていた。その要因としては、体育祭が前述したように大規模に行われるため、高等学校生徒のほとんどが体育祭の方に力を入れてしまい、文化祭にさほど関心を持たなかったことが挙げられる。

2000年代に入ると、生徒および教職員による努力によって、文化祭も、体育祭同様、盛んに行われるようになっている。現在では、中学校では体育祭より文化祭の方が人気がある。

[編集] 出身者

[編集] 脚注

  1. ^ 広島大学附属学校園の将来構想

[編集] 外部リンク

日本国立高等学校 (全附連高等学校)
関東 : お茶の水女子大附属筑波大附属筑波大附属駒場筑波大附属坂戸東京大附属中等教育
東京学芸大附属東京学芸大附属国際中等教育東京芸術大附属音楽東京工業大附属科学技術
東海・信越 : 愛知教育大附属金沢大附属名古屋大附属
近畿 : 大阪教育大附属池田大阪教育大附属天王寺大阪教育大附属平野京都教育大附属
神戸大附属中等教育奈良女子大附属中等教育
中国・四国 : 愛媛大附属広島大附属広島大附属福山


最終更新 2009年11月23日 (月) 04:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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