広島平和記念公園
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広島平和記念公園(ひろしまへいわきねんこうえん)は、広島県広島市中区中島町にある無料の市民公園。平和記念公園もしくは単に平和公園とも呼ばれる。
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[編集] 概要
1945年8月6日、アメリカ軍が投下した原子爆弾は、広島市を一瞬にして壊滅させた。第二次世界大戦後の1949年同日、「広島平和記念都市建設法」が制定された。世界に向けて人類の平和を願い訴える目的と過去の過ちを繰り返さないために、爆心地に近いこの周辺に公園の建設が計画され、1954年4月1日に完成した。設計は丹下健三。 毎年8月6日には平和記念式典が開催され原爆が投下された午前8時15分には黙祷が捧げられる。式典では、市内中学校、高校の吹奏楽部による広島平和の歌の演奏、合唱団による合唱が行われる。
2006年11月17日に国の名勝に答申され、2007年2月6日に指定された。戦後完成した公園・庭園として初の例である。このときは平和公園の中央部分のみの指定であったが、2008年3月28日には公園全体に指定部分が拡大された。
[編集] 構造
原爆死没者慰霊碑、原爆供養塔、平和の鐘、原爆の子の像、レストハウスなどが主な建築物。南側に広島平和記念資料館、広島国際会議場、北東に原爆ドームがある。
原爆ドーム・慰霊碑・資料館を結ぶ南北軸と、資料館を中心とする3棟の建物による東西軸からなる公園の計画は、当時の若手建築家・丹下健三の設計による。資料館と慰霊碑も丹下の設計。また、公園南側の平和大橋・西平和大橋はアメリカ人彫刻家・イサム・ノグチの設計(本来は慰霊碑の設計も行ったが却下された。原爆死没者慰霊碑の項参照)。建築に当たっては、敷地内に住んでいた住民らによる多くのバラックを撤去することとなった。また、敷地内を走っていた古くからの繁華街の道(中島本通)は残されることになった(平和公園が所在する中島地区の戦前の歴史については中島町界隈を参照のこと)。
2002年8月1日には新たに国立広島原爆死没者追悼平和祈念館が建設された。
レストハウス近くにある『平和の灯』は、宮島の弥山にて、弘法大師が修行した時より1200年間燃え続けている消えずの霊火より採火された。
公園の北側は広島市中央公園と隣接している。
[編集] 公園内・周辺の記念碑
平和記念資料館の公式サイトによれば、平和公園及びその周辺の緑地帯には、50を越える原爆関係の記念碑・記念建造物が林立している([1])。その多くは原爆犠牲者の慰霊碑であり、この地区の住民、建物疎開に動員されていた学校・義勇隊、この付近に所在していた会社・団体・公共機関によるものが多く含まれている。
- 地区住民関係の慰霊碑
- 被爆まで現在の公園地域内に居住していたため多くの犠牲を出した各町(戦後この地区が「中島町」としてまとめられる以前の旧町名)の住民により建立されたもの。
- 平和乃観音像(中島本町町民慰霊碑)
- 旧天神町北組慰霊碑
- 材木町跡碑
- 旧天神町南組慰霊碑 - 公園外の緑地帯に設置。
- 広島二中原爆慰霊碑
- 広島市商・造船工業学校慰霊碑
- 広島市立高女原爆慰霊碑 - 公園外の旧校地内に設置。
- 義勇隊の碑(安佐郡川内村温井地区から動員された義勇隊員の慰霊碑)
- 会社・団体・公共機関関係の慰霊碑
- 友愛碑(日本損害保険協会加盟会社の慰霊碑)
- 全損保の碑(全日本損害保険労働組合による保険会社社員の慰霊碑)
- 中国・四国土木出張所職員殉職碑(内務省(現・国土交通省)職員殉職碑) - 被爆当時、広島県産業奨励館内に事務所が置かれていた。
- 広島県地方木材統制株式会社慰霊碑 - 同上。
- 広島郵便局職員殉職碑 - 公園外の旧跡地に設置。
- 原爆犠牲建設労働者・職人之碑
- 広島瓦斯株式会社原爆犠牲者追憶之碑 - 公園外の旧本社跡地に設置。
- 石炭関係原爆殉難者慰霊碑(石炭統制関係会社職員の慰霊碑)- 公園外の会社跡地に設置。
- 広島県農業会原爆物故者慰霊碑 - 公園外の旧広島支所跡地に設置。
[編集] 交通
[編集] JR広島駅から
- 広島駅電停から広島電鉄路面電車2号線宮島口ゆき・6号線江波(えば)ゆきに乗り、原爆ドーム前電停下車。
- 広島駅バスターミナル3番乗り場から、広島バス24号線吉島営業所、吉島病院行き。または、6番乗り場から、広島バス25号線平和記念公園経由井口・商工センター行きに乗車し、平和記念公園バス停で下車(25号線は、十日市経由もあるので注意。十日市経由は、原爆ドーム前を通過)。
[編集] JR横川駅から
[編集] JR西広島駅から
- 広電西広島駅まで徒歩連絡。同駅から広島電鉄路面電車2号線広島駅ゆき、または3号線広島港ゆきに乗り、原爆ドーム前電停下車。
- 西広島駅前の己斐バス停から平和記念公園のバスに乗車し、平和記念公園で下車。十日市経由に乗ると、原爆ドーム(広島市民球場前)を通過する。
[編集] 広島港から
[編集] 高速バスを使用する場合
[編集] 自家用車で行く場合
- 国道2号で、福山・東広島方面からは広島駅を、岩国・廿日市方面からは西広島駅を目指して進み、そこを基点に平和大通りを行くのが良い。周囲は一方通行の細い路地が多いため、通りを外れると迷い易い。なお、公園周辺にはコイン式の駐車場が多い。
- 山陽自動車道からは、広島ICより国道54号を南へ広島城あるいは基町クレドへ向け進み、その周辺の駐車場に車を預け、徒歩で向かうのがわかり易くて安心である。
[編集] 平和公園の事件
- 2001年12月、原爆死没者慰霊碑に落書き、さらに赤ペンキがかけられる。
- 2003年8月、大学生が公園内の折り鶴に火を点ける。飾られていたうちの14万羽が焼失。(折り鶴放火事件を参照)
- 2005年7月27日、原爆慰霊碑破損事件。原爆死没者慰霊碑に刻まれた碑文『安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから』の『過ち』の部分を、右翼の男が削ろうとして傷つける。この『過ち』に、原爆を投下した当のアメリカへの抗議と批判が込められていないと解釈され、男はそれに反発したと主張した。10月26日に懲役2年8ヶ月(求刑懲役3年)の実刑判決。
- 2006年1月11日午前7時50分頃、平和の灯と平和記念像の台座、トイレに落書き。トイレの壁には更に、昭和天皇の田植えを撮った写真が貼られていた。
- 2007年9月24日午後11時頃、平和記念公園内で路上生活をしていた男性(56)が同じく路上生活者の男(63)から果物ナイフで刺殺された。(平和記念公園殺人事件を参照)
[編集] 関連項目
- ウィキポータル 平和
- 広島市への原子爆弾投下
- 原爆ドーム
- 広島平和記念資料館
- 長崎市にある平和公園
- 中島町界隈
- マルセル・ジュノー(彼の功績を称えた記念碑が建てられている)
- 全国都道府県対抗男子駅伝競走大会(スタート・ゴール地点となっている)
- 平和大通り
- ひろしまフラワーフェスティバル
- 日本国指定名勝の一覧
[編集] 外部リンク
- 広島平和記念資料館
- 広島市ホームページ
- 戦後まもなくの映像
- 金正堂書店と「原爆の火」
- 建築マップ 広島平和記念資料館・平和記念公園
- 中国新聞特集・ヒロシマの記録「未完の平和記念公園」
- 中国新聞特集・ヒロシマの記録「平和公園(爆心地)街並み復元図」(pdf file)
- 広島の観光地と言えば、平和公園、原爆ドーム?
最終更新 2009年9月11日 (金) 09:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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