広島県総合グランド
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| 広島県総合グランド | |
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メインスタジアム正面
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| 所在地 | |
| 分類 | 運動公園 |
広島県総合グランド(ひろしまけん そうごうグランド)は、広島県広島市西区にある運動公園。広島西飛行場(旧広島空港)近くに位置している。
施設は広島県が所有し、財団法人広島県教育事業団が指定管理者として運営管理を行っている。 命名権をコカ・コーラウエストホールディングスに売却したため、施設名はコカ・コーラウエスト広島総合グランド。陸上競技場・野球場・ラグビー場に社名が入る。
目次 |
[編集] 歴史
元々この地は海であり、1940年から吉島沖・江波沖とともにこの地の埋め立て工事が始まった。
1941年12月、広島県の皇紀2600年記念事業の一環として、名称を「総合体錬場」とし開場。作業は市内の旧制中学および同女学校の勤労奉仕動員学徒の労働力があてられた。陸上競技場・野球場・庭球場・相撲場・弓道場等からなり、当時は西日本随一の規模とも言われた。
完工式は同年12月7日に行われ、陸上競技の織田幹雄・吉岡隆徳・高田静雄の3選手が模範演技を見せた。この日から3日間記念の体育大会が行われたのだが、翌8日から太平洋戦争に突入、大会は予定どおり行われたものの、会場でも大本営発表が再三放送されたとの回想もある。
戦中、ここには大日本帝国陸軍高射砲隊や陸軍船舶兵(暁部隊)が駐屯していた。
終戦後、原子爆弾投下で焦土と化した広島市でもスポーツの復興がめざましく、 1945年12月16日に広島県ラグビー協会が「広島OB」を再結成、終戦以来初のラグビー試合である広島OB対三菱工作がここで行われた。
1948年、現在の「総合グランド」に名称変更。
1951年広島国体で初めて全国規模の大会に使用、1968年インターハイ・1992年アジアカップ・1994年アジア大会・1996年ひろしま国体の会場として利用された。 また、過去には野球場はプロ野球・広島カープ(現在の広島東洋カープ)、陸上競技場はJリーグ・サンフレッチェ広島の本拠地として利用されていた。
2008年、コカ・コーラウエストホールディングスが命名権を買い取り、「コカ・コーラウエスト広島総合グランド」に。契約期間は2008年4月1日から3年間、契約金は年500万円。それに伴い、2005年から指定管理者だったポラーノグループ特定共同企業体(特定非営利活動法人ポラーノと奥アンツーカによる共同企業体)から、現在の財団法人広島県教育事業団に運営が移っている。
[編集] 施設
- 広島県総合グランドメインスタジアム(広島スタジアム)
- 広島県総合グランド補助競技
- 日本陸上競技連盟第5種公認
- トラック:300m、クレー舗装
- フィールド:クレー
- 照明設備、電光掲示板、客席などなし
- 広島県総合グランドラグビー場
- 広島県総合グランド野球場(総合球場もしくは県営球場)
- 広島県総合グランド運動場
- クレー舗装
- バックネット付設
[編集] 開催された主な大会・イベント
[編集] イベント
- 1951年 広島国体
- 1994年 第12回アジア競技大会1994
- 1996年 ひろしま国体
- 2001年 全国健康福祉祭
- 2002年 オイスターボウル
- 2006年 1000万人ラジオ体操・みんなの体操祭中央大会
[編集] 陸上競技
- 1996年~1999年 全国都道府県対抗男子駅伝競走大会スタート地点
[編集] 野球
- 1941年12月8日 広島県立広島商業高等学校対広島市立広島商業高等学校戦
- 1950年~1957年 広島カープ本拠地
- 1992年 広島東洋カープファン感謝デー
[編集] サッカー
- 1992年~1994年 サンフレッチェ広島本拠地
- 1992年 アジアカップ1992
[編集] ラグビー
- 1945年12月16日 広島OB対三菱工作
[編集] 交通
[編集] 外部リンク
- 広島県総合グランド
- 広島工業港PDF - 広島県立図書館 収集図書の紹介
- 広島原爆戦災誌 第二巻第二編PDF - 広島市
最終更新 2009年9月6日 (日) 17:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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