広島護国神社

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広島護国神社

全体


本殿


現在広島市民球場がある所より移された鳥居

所在地 広島県広島市中区基町21-2
位置 北緯34度24分4.2秒
東経132度27分31.5秒
主祭神 広島県西部出身の英霊
広島原爆犠牲の動員学徒・女子挺身隊等
社格 別表神社
創建 1868年(明治元年)
例祭 春季大祭(4月第2日曜日)
原爆慰霊祭(8月6日)
英霊感謝祭(8月15日)
秋季大祭(10月第3日曜日)
  

広島護国神社(ひろしまごこくじんじゃ 正式名「廣島護國神社」)とは、広島県広島市中区にある護国神社である。

目次

[編集] 概要

祭神は第二次世界大戦までの広島県西部(旧安芸国)出身の英霊のほか、広島市への原子爆弾投下によって犠牲になった勤労奉仕中の動員学徒および女子挺身隊等など含め約9万2千柱である。なお当神社は2006年(平成18年)を創建130周年としており、招魂社と改称した時点から勘定しているようである。またそれに伴い施設の拡張工事も行われている。ただし、当神社は広島城本丸の南西部(江戸時代には馬場があった場所)に所在しているため、広島市から著しい景観変更を伴う改築をしないように答申されている。

また、参詣するには広島城に入城することになる。毎年中国地方で最も多くの初詣客が訪れることが有名である。また、地元プロ野球球団・広島東洋カープが必勝祈願のためチームとして参拝することでも知られている(以前はキャンプインの1月に行われたが、現在は3月に行われる)。なお当神社の建物は原爆で全て失われているため、全て移転の上、戦後に建築されたものである。

市の中心部に位置し交通の便が良いことから、広島市民の多くがこの護国神社に初詣をする。毎年1月1日~1月7日までの初詣参拝者数は50万人を超える。同県には厳島神社があるが、こちらはJR宮島連絡船もしくは宮島松大汽船を利用しないと行けないため、広島護国神社よりも若干少ない(但し県外からの帰省客と観光客や外国人観光客は護国神社に余り参拝せず、厳島神社でするものが多い)。

広島県には他にも福山市に旧備後国出身者の戦没者英霊と阿部家以降の備後福山藩主を祭る、備後護国神社がある。

また、敷地内には広島市への原子爆弾投下の第一報を伝えた通信所の跡がある。

[編集] 概略

  • 1868年明治元年)戊辰戦争に従軍して戦死した広島藩士を祀る「水草神社」として建立
  • 1876年(明治8年)、官祭招魂社となる。
  • 1901年(明治34年)、官祭広島招魂社と改称
  • 1934年昭和9年)、社殿の老朽化に伴い、西練兵場(現在の広島市民球場付近)の西端に移転。
  • 1939年(昭和14年)、広島護国神社と改称
  • 1945年(昭和20年)、原爆により完全に破壊される、唯一残された鳥居は後に中国放送横に移されている。以後小祠を設けて祭祀を続ける。
  • 1956年(昭和31年)、現在地に再移転し、再建される。
  • 1993年平成5年)、今上天皇御大典記念事業として現在の社殿などが建立される。

[編集] アクセス

[編集] 鉄道・新交通システム

[編集] 車・バス

紙屋町バス停・紙屋町県庁前バス停・広島バスセンターから北へ徒歩約15分

駐車場
  • 最寄りの広島中央駐車場(地下)か基町パーキング(地下)などに駐車することはできる。駐車場から北へ徒歩約10分。
  • それ以外にも広島市内中心部には、広島城駐車場(観光バス専用)や広島市営駐車場など多数があるため、選択できる駐車場所は沢山ある。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年7月6日 (月) 21:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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