広沢

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広沢(広澤)(ひろさわ)は日本の地名・人名。


広沢(ひろさわ)は浜松市中区の西にある町名。広沢一丁目から三丁目まで存在する。

町内は閑静な高級住宅街や文教地区となっており、大きな家や学校が立ち並ぶ。

町名の由来は、広沢一丁目南部に所在する曹洞宗寺院「広沢山 普済寺(こうたくさん ふさいじ)」から取ったと云われている。広沢一丁目には、静岡大学工学部の前身、浜松高等工業専門学校跡地(現在西部公民館)が所在していた。高柳健次郎を記念するテレビ発祥の碑も建立されている。 また、広沢二丁目の西来院には、徳川家康の正室であった、築山御前の廟が祭られているほか、広沢三丁目には三方原台地の南端の樹枝状の地形をしており、坂が多く、現在も営業している老舗観賞魚販売店の「沢の金魚屋」の名前にその由来を知ることができよう。

広沢一丁目には、静岡県立浜松北高等学校浜松市立高等学校の2校、その南側の日枝神社の境内内に広沢公民館が所在し、その脇に浜松まつりの御殿屋台小屋が建設されている。旗印はひらがなの「ひ」を図案化したものである。広沢二丁目には広沢小学校が所在し、学区は(広沢、鹿谷町(旧亀山地区)、高町、蜆塚、富塚(向平地区)である。昭和50年代までは木造校舎の壁面に第2次世界大戦の着弾痕が数箇所残されていたが現在は取り壊されている。校歌の歌いだしは、空を指差す若竹の……である。学校の西側にかつて竹林が存在したが、現在は住宅地に変貌を遂げている。特に広沢二丁目南部には大きな区画の家が立ち並んでいる。広沢三丁目には、曹洞宗浄土寺という寺院が建立されている。境内には、お釈迦様の誕生を記した石碑が数碑建立されている。

広沢への交通はかつては、遠鉄バス(旧浜松市営バス)の「西じゅんかん」が存在したが、2004年3月31日付で廃止され、現在は遠鉄バス富塚じゅんかんのみとなっている。

また、富塚じゅんかんには広沢一丁目バス停付近「西部公民館前」に鋭角の三叉路があり、難所であったが、現在は道路拡張で往来はスムーズになった。

軽便鉄道の奥山線の「広沢」駅は、普済寺の北側と日枝神社の丁度中間あたりに設置されていたが昭和30年代後半に廃止された。

2007年4月1日に浜松市が政令指定都市に移行し、広沢は中区の一部となった。

[編集] 主な施設など

最終更新 2008年10月23日 (木) 15:42 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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