広津素子
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| 生年月日 | 1953年5月16日(56歳) |
|---|---|
| 出生地 | |
| 出身校 | 東京大学 |
| 学位・資格 | 公認会計士、税理士 |
| 前職 | 大学院教授 |
| 所属委員会 |
財務金融委員会 農林水産委員会 決算行政監視委員会 |
| 世襲 | 無 |
| 選出選挙区 | 比例九州ブロック(佐賀県第3区) |
| 当選回数 | 1回 |
| 所属党派 | (自由民主党→) みんなの党 |
| ウェブサイト | 衆議院議員 広津もと子のホームページ |
広津 素子(ひろつ もとこ、1953年5月16日 - )は、日本の政治家、前衆議院議員(通算1期)。公認会計士。
目次 |
[編集] 人物・経歴
佐賀県唐津市出身。佐賀県立唐津東高等学校、東京大学医学部保健学科卒業。
2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙(郵政選挙)において、元自治大臣で旧橋本派(平成研究会)の中心人物だった保利耕輔の刺客として、佐賀県第3区から立候補。造反選挙区における刺客候補としては最後の擁立であった。小選挙区では保利に大差で敗れたが、自由民主党が導入した比例代表の女性枠優遇措置で、比例復活により初当選。山崎派(近未来政治研究会)に所属。
2006年の郵政造反組復党問題で、同じ選挙区の保利が自民党に復党した。その後、自民党佐賀県連が、次期総選挙において保利の公認を求めることを決め、これに対し、広津は反発した。しかし、保利が自民党政務調査会長に就任したことにより、佐賀県第3区で広津が自民党の公認を得るのは現実的には難しくなったことから2009年7月31日に離党届を提出[1]。先に自民党を離党した渡辺喜美らが結党したみんなの党に参加し、同党公認で佐賀3区から出馬したが法定得票数にも達せずに落選した。
福岡、唐津、壱岐、対馬、釜山を結ぶ新幹線を建設する構想を打ち出している[2]。
北京オリンピックを支援する議員の会所属。日韓議員連盟所属。
[編集] 出典
- ^ 自民党:広津素子氏が離党届 無所属で出馬へ 毎日jp 2009年7月31日閲覧
- ^ 西日本新聞2005年9月3日朝刊
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月26日 (月) 03:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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