広電西広島駅
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| 広電西広島駅 | |
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駅構内(2008年10月撮影)
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| ひろでんにしひろしま(こい) - Hiroden-nishi-hiroshima(koi) - |
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| 所在地 | 広島市西区己斐本町一丁目 |
| 所属事業者 | 広島電鉄 |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面3線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
13,430人/日(降車客含まず) -2006年- |
| 開業年月日 | 1912年(大正2年)12月8日 |
| 乗入路線 2 路線 | |
| 所属路線 | ■本線(市内線) M19 |
| キロ程 | 5.4km(広島駅起点) |
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(0.7km) M18福島町►
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| 所属路線 | ■宮島線 M19 |
| キロ程 | 0.0km(当駅起点) |
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(1.0km) M20東高須►
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広電西広島(己斐)駅(ひろでんにしひろしま(こい)えき)は、広島市西区己斐本町一丁目にある、広島電鉄市内線の一番西の停留場かつ宮島線の起点駅である。
目次 |
[編集] 運行路線
□0号線日赤病院前ゆき・広電前ゆき
■2号線 広島駅ゆき・広電廿日市ゆき・JA広島病院前ゆき・広電宮島口ゆき
■3号線 広島港ゆき
[編集] 駅構造
- 宮島線 平日朝ラッシュ時の宮島線内列車の折り返し及び列車留置線 頭端式 待機線として使用(改装前には1番線から東高須側に電留線があった)
- 市内線 紙屋町 立町 八丁堀経由広島駅行き(平日朝ラッシュには臨時改札が設置される)
- 宮島線 商工センター 五日市 廿日市経由宮島口行き
- 市内線 紙屋町西 本通 広電前経由広島港行き
- 当駅折り返しの3号線の降車ホーム
- 市内線 平日朝ラッシュ時の広電前及び広島港方面行き (平日朝夕ラッシュ時、宮島口方面行きの臨時列車の乗降ホームにもなる。改装前はホームの無い通過線だった)
- 待機線 (故障等が発生した際の留置用。クリスマス電車が使用する場合がある)
- 朝夕ラッシュ時を中心に駅員が数名配置され、広島駅同様の可搬式カードリーダーを用いた運賃収受、両替、力ード・回数券の発売、安全管理や案内等を行う。
- 早朝、昼間の閑散時、夜間(平日午後9時以降、土休日午後7時以降)は無人となる。
- 構内踏切には遮断機が無い。駅員配置時間帯には駅員が両手を広げて人間遮断機を行う。
[編集] 利用状況
「広島市統計書」によると、2006年度の一日平均乗車人員は13,430人であった。なお、2004〜2005年度の乗車人員は以下の通りである。
- 13,822人(2004年度)
- 13,326人(2005年度)
[編集] 駅周辺
[編集] 歴史
宮島線の広電西広島駅と市内線の己斐電停とは別々だったが、1962年(昭和37年)から市内線と宮島線との直通運転が始まり、1991年(平成3年)8月8日からはほぼすべての電車が直通運転するようになった。そして2001年(平成13年)1月中旬から2001年7月末まで、市内線の己斐電停と宮島線の広電西広島駅を統合する駅舎の工事が行われ、同年11月1日、広電西広島(己斐)に改称された。そのため、事実上、己斐駅は廃駅状態になった。かつての己斐駅の電車乗り場には柵が張ってあり、乗降できなくなっている。 現在はマダムジョイの駐輪場となっている。
- 1912年(大正元年)12月8日 市内線の己斐電停が開業。
- 1922年(大正11年)8月22日 宮島線の己斐町駅が開業。
- 1931年(昭和6年)8月22日 宮島線の己斐町駅が西広島駅に改称。
- 1964年(昭和39年)6月10日 己斐電停の前にひろでん会館が開業。
- 1969年(昭和44年)10月1日 宮島線の西広島駅が広電西広島駅に改称。
- 2001年(平成13年)11月1日 市内線の己斐電停を統合し広電西広島(己斐)駅に改称。自動券売機は、この時に撤去された。
[編集] 書籍との関連
- 那須正幹作の「ズッコケ三人組」シリーズ(ポプラ社刊)では、主人公達が住む花山町の市電花山駅のモデルとなっている(但し那須本人が住んでいた頃のモデルなので宮島線が無いなど若干実際と異なる)。これは、那須本人も様々な書物で語っている。
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年10月29日 (木) 11:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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