廃車 (鉄道)

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鉄道車両における廃車(はいしゃ)とは、鉄道車両の本来の用途における使用(人や物を運ぶこと)をやめ、車籍を抹消して鉄道事業者の資産でなくし、廃棄すること、またはそうされた車両のことである。

目次

[編集] 廃車の原因

ある鉄道車両が廃車となる理由には、大きく分けて次の3種類がある。

  1. 経年廃車
  2. 用途(余剰)廃車
  3. 事故(天災によるものも含む)廃車

[編集] 経年廃車

鉄道車両は、整備や手入れを多額の費用や時間をかけて行えば、30年あるいはそれ以上の期間使用することも可能である。長期間使用された車両の一例としては、戦前のベルリンオリンピック時に製造されたSバーン用電車がドイツ分裂・東西統一を経て21世紀初頭まで運行していた例や、西日本旅客鉄道(JR西日本)小野田線において運用離脱する2003年まで70年間にわたって使用されていたクモハ42形電車などが挙げられる。また、経年が100年を超える蒸気機関車が、車籍のない遊戯施設扱いであるものの動態保存され、客車を牽いて運転されている例もある。しかし、これらは非常に稀であり、大抵の車両は早くて10年前後、遅くとも30〜40年(新幹線は15〜20年)で役目を終えている。

これは以下のような理由による:

技術的要因
技術の向上により時代に合わなくなった理由で廃車することである。製造された当時は最新鋭の技術を使っていたとしても、技術革新によりいずれ陳腐化することは避けられない。また、新たに開発された保安装置を設置することができなくなることもある。鉄道車両は、長期間に亘って法定の保守点検を行うため、新造費用だけでなくランニングコストが多く掛かる。このため、保守コストを低減できるように設計されたより新しい車両に置き換える方がトータルコストを低減できることがあるため、寿命に達していなくても廃車されることがある。あまりにも古い車両の場合、交換用の部品が製造中止になってしまい、修理が行えなくなったために、やむなく廃車になる場合もある。先述の42形の場合、001号を走らせるため、稼動中の006号を廃車して部品取り用にした。
老朽化
鉄道車両は使い続ければ老朽化が進んでいく。各種機器の老朽化による動作不良が事故を招くこともあるので、ある程度の期間使用した時点で廃車となる。特に新幹線車両では在来線よりも高い安全水準が要求されることや、高速・長距離走行のため各部の摩耗や傷みが在来線車両より早く進行するといった理由から、車両の寿命が15年程度と短くなっている。
日本では、鉄道車両の減価償却期間は大蔵省令により定められており[1]電車は13年である。つまり、少なくとも13年間使用することを前提に設計されている。ただし、これを基準に設計された車両は東京都交通局都電8000形電車東日本旅客鉄道(JR東日本)209系電車など例は少なく[2]、大抵は設計上の耐用年数を20〜30年程度とし、内装や車体、機器等の更新を行いながら法定耐用年数の13年を超えて使用される。しかし、この長さも事業者の事情によってまちまちであり、老朽化・陳腐化したものを短期間のうちに一気に置き換えてしまう事業者もあれば、これと同じものを更新しながら相当長期間にわたって使い続ける(使い続けなければならない)事業者もある。
この設計上の耐用年数も時代によって変遷しており、一般に1950年代前半までに製造された車両は頑丈に造られており、軽量構造が一般化した1950年代後半以降に製造された車両に比べて、同一経年であっても一般に老朽化の度合いは小さい。例えば、1940年代後半から製造された国鉄スハ43系客車が、後継車として製造された軽量構造のナハ10系客車が老朽化により全廃された後も大量に残存した事例がある。それゆえ、その後に製造された車両は、行き過ぎた軽量構造を改善し、やや頑丈な構造として重量も増加している。また、アルミ合金車オールステンレス車は、普通鋼製の車両に比べて錆の発生による劣化が少なく、塗装の省略等による保守上のメリットも大きいため、車体デザインの陳腐化などさえ考慮しなければ、半永久的に使用可能である。
また、特殊な構造を持つ車両や極端に性能の異なる車両(例えば試作車や、何らかの理由で少数しか製造されなかったグループ)はその特殊さゆえ保守に手間がかかったり、交換部品のコストが嵩んだりするため、特に多数の車両を運用する大手鉄道事業者では早期の整理対象となりやすい。多少古い車両であったとしても、数がまとまっていれば量産効果により維持コストは削減可能であるし、性能が揃っていれば運転上の特殊な取り扱いもしなくて済むのである。極端な例としては0系新幹線のように、老朽化した車両を新造した同系列によって置き換えるといったことも行われている。
旧型車から下回りや機器を流用した車体新製車は、流用機器の老朽化から完全新造車に比べて短い期間のうちに新造した車体ごと廃棄されてしまう例も多い。流用機器の老朽化や陳腐化が理由であるが、コストなどの保守面等でのデメリットが更新当時の想定以上に急速に表面化するなどの理由によって、早期に廃車されてしまう例も見られる。一方で、老朽化の進んだ機器を新造あるいは余剰のものより新しいものと交換して、経年の浅い車体がさらに活用される例も少なくない。
特殊なもの(他と違うもの)は、一般に短命である。

[編集] 用途(余剰)廃車

[編集] 環境の変化による廃車

鉄道車両を取り巻く輸送環境は廃車となった車両の走る路線についての内部的な変化のみならず、その車両の走る路線そのものとは何の関係もない外部的要因による変化など様々な理由で変化する。

前者の内部的な変化としては、

運用体系の変化、輸送力増強などでの、編成の組み換えで発生した余剰車両の廃車
「SSE」化(8両×4本を5両×6本に組み替えた)際、余剰となった2両が廃車となった。
6連×7本から8連×5本に組み替えた際に余剰となった先頭車2両が廃車となっている。
車齢が若い(10〜20年程度)ながらも特急列車の運営方針の転換(一部特別車化)によって運用が減少し、余剰廃車となった車両はその主要機器を新5000系に供出することとなった。また、余剰となった1600系の4両(ク1600)は、転用先、譲渡先が見つからなかったために車齢9年と短命に終わった。しかし1600系はバッテリー・整流装置・M式自動解結装置つき密着自動連結器警笛ミュージックホーンなど一部の機器は2300系に流用されている。
高崎線でのグリーン車の運用に先立ち、編成の組み換えによって転籍してきたグリーン車を組み込む事になり、これによって編成から捻出された付随車(サハ211)が34両余剰となり、211系としては初の廃車となった。しかし、同じ頃に両毛線前橋駅 - 前橋大島駅間で踏切事故に遭い、側面を大破したクハ210-3013の復旧に際し、廃車となったサハ211形の車体の一部分を切り取り再用している[3]
10両編成化する時は新20系が製造を開始していた為、車齢が古い01〜03編成を分割・改造及び電装解除の末他編成に組み込み、残った4両は余剰廃車となった。
使いにくさの問題で、2007年度から休止となっていた2本のうち8連1本を、9300系増備車に伴い廃車、同系列初の廃車となった。しかし、そのうちの先頭車1両は現在も留置されている。
山陰本線の高速化で2003年から休車となっていたが、車齢が若いながらも他線に転属されることなく、2009年に廃車となった。

また、新型車両を投入した後にそれまでの車両を廃車にせず他の線区へ転出しその線区の旧形式車を淘汰させることがある。この時には編成は適宜組み替えられるが、この組み替えた結果として余った車両が廃車となることがある。

編成組み換えによって余剰となるのは多くが付随車で、転用する場合は電装(モーターなどを取り付けて動力車に改造すること)などが必要となり、莫大なコストが掛かる。ただし、転属や増発による短編成化で制御車(先頭車)が不足する場合には、改造されて制御車になる場合もある。457系電車におけるグリーン車165系電車などからの改造車、80系電車205系電車485系電車などの例がある。

また、地下鉄東西線乗入れ専用車であった国鉄301系電車の場合、営団(当時)との協定でJR側の乗り入れ数が減少したために余剰となった1編成が廃車となった。さらにこの形式は、それ以前に営団に合わせた10連化のため、7連8本を10連5本に組み替えた際、余剰6両が廃車となった。

使用していた路線の廃線やその他の事情、列車廃止の影響による廃車
信越本線横川軽井沢間の碓氷峠の急勾配区間の専用補助機関車として使用された同機は、1997年長野新幹線開業と引き換えの碓氷峠区間の在来線廃止に伴い全車が除籍され形式消滅した。
碓氷峠では先代の国鉄ED42形電気機関車も粘着運転への切り換えに伴うアプト式運転廃止で全車廃車となっており、この区間では路線切り換えによる車両の用途廃止による廃車が2代続いたことになる。
廃車後はおもに碓氷峠鉄道文化むらや軽井沢駅に静態保存(一部は動態保存)されている。
おもに末期は奥羽本線福島山形間の客車普通列車の牽引に使用されていたが1992年山形新幹線開業のため福島 - 山形間が標準軌化されたことで同区間での用途を喪失した。一部は東北本線で臨時の運用に使用されたこともあったが、一般の勾配では過大とも言える大出力で、特殊設計であるがゆえに他線区への転用・活用が難しく、1993年までに全車が除籍され形式消滅した。
廃車後は1号機のみが新幹線総合車両センターに静態保存されている。
木島線廃止の影響で余剰となり、普通列車の運用が3500・3600系電車に車種統一できることから廃車となった。ちなみに、車齢は3500・3600系より若い。
他社他路線、もしくは他車両・新しい規制や法令の影響などで廃車された例
都電全盛時代を伝える唯一の車両として、またライトの形状から「一球さん」という愛称で保存車として親しまれていたが、京福電気鉄道越前本線列車衝突事故が起きた際、京福電鉄の事故車のブレーキ機構が1系統しかなく、これの故障によって停止不能となったことが原因として明らかとなり、同様のブレーキシステムであった6152号も不安があるとして休車、その後廃車された。
交通バリアフリー法が施行され、鉄道車両にもバリアフリー対策が求められる中で、特徴でもあったハイデッカー構造のために対応工事が困難であることが理由の一つとなり、より古い7000形電車(ロマンスカーLSE)よりも早く淘汰された(長野電鉄へ譲渡された2編成)。
2006年まで運用された同車は、置き換えられた3000A・N・R形とドア幅が異なり、2007年に開始されたホームドアによるワンマン運転に対応できず、車体をすべて解体・廃棄せざるを得なくなった。
なお、第16編成以外の台車や空気圧縮機・ブレーキ装置等の一部機器は3000S形へ流用された(この辺りの事情は東京メトロ07系東京メトロ東西線へ転属した理由と同様。詳しくは当該項目を参照)。
1985年に登場した100系は、0系と基本性能は変わらないものの、300系500系の270km/h超の車両の投入によるスピードアップに対応できず、車両自体の寿命を迎える前に大量淘汰された。100系の最高速度は275km/hだが、騒音基準を満たせなかった事も要因の一つである。

また、食堂車はその外部的要因と内部的要因による影響を複合的に受けた例の一つである。

まず、1972年北陸トンネル火災事故によって国鉄10系客車の食堂車火災に対する安全性が問われ(外部的要因)、早期に全廃された。また、国鉄末期になると、新幹線網の発達や自動車の普及による特急電車の短距離化・短編成化の傾向の影響を受けたり(内部的要因)、さらに近年の旅行形態の多様化の影響を受けるなどして(外部的要因)、昼行特急列車の食堂車の多くが廃止され、車両の大部分は余剰であるとして廃車となった。

  • 新幹線においても、国鉄期の車両には食堂車が一般的であったのに対して現在の車両には連結されていないことから、この傾向を伺うこともできる。
  • なお、廃止となった昼行特急列車の食堂車のうち、廃車を免れた少数の例として国鉄485系電車において雷鳥の食堂車を廃止する代わりに和風電車「だんらん」に改造した例がある。この車両は後のスーパー雷鳥新設時、ラウンジグリーン車に再改造されている。JRに継承した一部は国鉄24系客車北斗星トワイライトエクスプレス)の食堂車に改造された。

珍しい例としては、新幹線1000形電車の「解体設備の運転試験のために廃車」といったものや、国鉄DD54形ディーゼル機関車阪神3801形電車第1編成のように「あまりにも故障や事故が多発し過ぎて廃車」といったものなどがある(日本の両形式は約12年と全車法定耐用年数に達する前に廃車された)。

[編集] 試験終了による廃車

試験車は大きく分けると次の3タイプになる。

  • A 新造車:試験のためだけに開発された車両。今までと全く違う機器を搭載していたり、車体形状が突飛であることから、編成内でバラバラであることも多い。
    例…新幹線500系電車900番台(WIN350)、JR東日本E993系電車(ACトレイン)。
  • B 改造車:台車やモーターなど一部分のみの試験を行う車両。在来の車両に改造や仕様変更を行っただけなので、旅客運転をしながらデータ収集を行うことも多い。
    例…国鉄103系電車DDM駆動改造車(モハ103-502)。
  • C 先行試作車:次期新造車両の性能を確認するための車両。新造車と違うのは、量産を念頭に置いた車両である点と、実際に客扱いを行う点で、突飛な姿をしていることはまずない。また、客の評価や運用上の問題点などを調べ、量産車に反映させる役割も担っている。
    例…JR東日本901系→JR東日本209系900・910・920番台、JR西日本681系電車(現在の681系1000番台)。

Aが旅客車に改造されることはまずなく、試験終了→引退となるものがほとんどであるが、最後に耐久試験として重りに潰されたり、障害物に激突(例…JR東日本E991系TRY-Z)させ、原形を留めない姿で解体されていくものも多い。ただし、国鉄キハ391系気動車新幹線955形電車(300X)、新幹線500系電車900番台(WIN350)・新幹線952形・953形電車(STAR21)などの高速試験用新幹線のように試験終了後も現在に至るまで保存(片側の先頭車のみ、中間車は全て解体されている)されているものもある。

Bは試験終了後、一般型に戻されるケースもある(例…JR西日本221系電車160km/h走行対応改造車、阪急7000系電車ボルスタレス台車試験車)が、基本的にはそのままの姿で使用され続ける(例・・・阪急7300系VVVFインバータ試験車)。しかし、種車に旧型の車両を選んでいた場合は牽引車や入替車として再利用される場合を除いて廃車されてしまう場合がほとんど。一部の試験車などでは一旦は運行を開始したが、保守などの取り扱い上の問題から早期に廃車となる例もある。

Cは量産型に合わせた量産化改造が行われ、新形式の一員として使用され続けるものがほとんどである(例…JR西日本207系電車量産先行車新幹線700系電車)。しかし量産が中止になったり、量産時に大幅な設計変更が行われた場合、その車両は異端車として早めに休車・処分されたり(例…国鉄415系電車クハ415-1901)、新形式登場後も引き続き試験用として使用されたりすることもある(例…新幹線N700系電車)。また、無事に運用を開始したとしても量産編成の中間に組み込まれたり(例…国鉄201系電車900番台)、支線運用に就き続けたりする場合や(例…営団6000系電車1次試作車)、事業用車へ転用される場合(例…東急7200系アルミ試作車)が多い。量産に至らなかった車両はラッシュ時限定で使用される事もある(例…阪急8200系電車)。中には国鉄207系電車など未だに本線で運用されている例もある。同車は1986年に次世代型VVVFインバータ制御試作車として登場したが、当時はまだ半導体技術が未熟であったため、コストが掛かり過ぎるなどの理由で、同タイプの車両の量産に至らなかった(国鉄分割民営化後にJR西日本が新設計で207系を新造・量産した)。また国鉄DE50形ディーゼル機関車のように量産先行形として試作を行い実際の営業運転でも良好な成績を残したものの、その後の環境の変化(全国的な電化の進捗)により量産しても需要が見込めないなどとして、結局1形式1両の先行試作機だけが残ってしまったというケースもある。

[編集] イベントトレイン・ジョイフルトレインの廃車

イベントトレインとジョイフルトレインは多くが旧型車の改造によって製造されており、改造の種車自体の車齢が高いものが多い。そういった車両に展望化やハイデッカー化など無理な工事を施せば当然各部が老朽化してくる。

また特定列車専用のワンオフ改造をした車両が多いために転属も難しい。そのため、その列車が廃止されればそのまま廃車にされる場合も多い。特に最近では団体旅行の減少等旅行スタイルの多角化や不況も後押しして廃止が相次ぎ、これらの車両の数も減少傾向にある。

これらの車両が残存する場合には次のようなものがある。

団体専用車になる場合
イベントトレイン・ジョイフルトレインは元々団体用の車両もあるだけに、これが最も多いパターンである。ほぼ無改造で転用される場合がほとんどであるが、一部の客車列車などには欧風→和風の改造(逆もあり)など内装の変更が行われる場合もある。
このパターンではJR西日本のキハ65形エーデル・シュプール&リゾート改造車などがある。
別のジョイフルトレインに改造される場合
経年の浅い車両では再改造されて別のジョイフルトレインになる場合もある。キハ183系1000番台がよい例で、「オランダ村特急」→「ゆふいんの森(II世)」→「シーボルト」→「ゆふDX(赤→黄)」と5回も変わっている。
このパターンの場合の改造は主に内装とカラーリングの変更を中心に行われる。
全く別の車両になる場合
非常に稀な話だが数例がある。例えばクロ212-1クヤ212-1U@tech試験車に改造された例が挙げられる。
一般車に戻される場合
改造が塗装の変更など少しであった場合や、各種ビアホールトレインなど元々期間限定であった場合などに行われる。元に戻った後は他車と全く区別が付かなくなる場合もしばしばである。また戦後の混乱期には車両数を確保するために展望車などを無理矢理改造したこともあった。
例としては前者に1000系ブルーライナー」、後者には江ノ電の納涼電車などが挙げられる。
一般車に格下げされる場合
これには2パターンあり、元々グリーン車や座席指定の車両を普通車(自由席)にする場合と運用がなくなったイベントトレインとジョイフルトレインを一般車と共通運用にする場合がある。
前者の場合リニューアル改造などが同時に行われることも多いが、後者の場合は無改造であったり座席の固定化などの簡単な改造で済ますことも多い。
前者の例ではKenjiなどが、後者では近江鉄道700系電車などが当てはまるほか最近の国鉄色復元車もこれに含まれる。
戦中・戦後の混乱期には輸送力を確保するため、一等寝台車などを三等車(普通車)に改造した例もあった。
地方私鉄に譲渡される場合
JR・大手私鉄では余剰となった車両でも、バス自家用車との乗客確保争いに明け暮れる地方私鉄では重要な戦力になる場合も少なくない。
後述のようにその鉄道会社に合わせた改造が行われることがほとんどだが、内装はそのまま使われることも多い。
会津鉄道キハ8500系気動車富士急行2000形電車など例も多い。ジョイフルトレインではわたらせ渓谷鐵道の「サロン・ド・わたらせ」(旧「やすらぎ」)や富士急行の「フジサン特急」(旧「パノラマエクスプレスアルプス」)といった例が存在する。

[編集] 特別廃車

日中戦争が勃発した1937年以降、軍の要請により日本が支配する外地植民地)の鉄道整備のため、鉄道省に在籍する車両が改造のうえ彼地へ送られた。これを一般に戦時供出といい、対象となった車両には特別廃車の手続が取られた。

1937年から1938年にかけては、主に中国華中鉄道華北交通向けに9600形C51形などの蒸気機関車のほか、スハ32600形客車キハ40000形キハ42000形気動車などが、標準軌に改造のうえ供出された。

太平洋戦争が始まると、今度は南方のタイビルマ海南島などの占領地で建設された軍用鉄道向けに、多数の機関車が供出された。泰緬鉄道に供出されたC56形が代表的であるが、C12形C50形C58形D51形なども対象となっている。これらは1m軌間に改造のうえ発送されたが、途中で輸送船が撃沈されるなどして失われたものも多い。

戦後残ったものは所在する国に接収され、その国の鉄道で使用された。タイ国鉄に引き継がれたC56形のようにその後の消息が比較的聞かれ、その後日本に帰還したものもあるが、ほとんどの消息は不明となり人知れず異郷の土となった。

[編集] 事故・災害廃車

事故により損傷し廃車となることもある。JR福知山線脱線事故に被災したJR西日本207系電車Z16編成に見られるような原形を留めない場合や、そうでなくても修理費用が新製とほとんど変わらなくなるような場合が典型例である。しかしながら、鉄道車両の場合は台枠と呼ばれる部位について、歪んだり変形したりした場合その修復は極めて難しく、新潟県中越地震で脱線した新幹線200系電車K25編成など修復可能のように見える車両であっても実際には修理不能として事故廃車(K25編成は修理不可というよりも脱線の状況の研究のために廃車となった)となることがある。また、修理可能であったとしても、事故地点の地形的な問題から車体の搬出が困難であったり、被災路線の迅速な復旧作業に支障が出ると判断された場合、現地で解体されることもある(阪神・淡路大震災で被災し41両が廃車となった阪神電車の例など)。

  • 損傷が激しい事故廃車の場合、基本的に現地で解体されることとなるが、警察検察裁判所から証拠物件の保持命令が出された場合はそれが解かれるまで車籍の抹消は一切できない。そのため、2005年(平成17年)4月に発生した鉄道事故である福知山線脱線事故の207系Z16編成は、大破しており既にレール上には存在していないが翌2006年内の車籍抹消はされていない(連結していたS18編成は重要証拠としてZ16編成の台車と共に兵庫県警に押収された)。三鷹事件の際の先頭車であった国鉄63系電車モハ63019の場合、裁判の資料として事件後十数年間に渡って留置され続けた(その結果、モハ63型が実際には消滅したかのように見えていたが、長年1両だけ残存していた)。また東中野事故で唯一1両被災を免れた国鉄201系電車クハ201-3も事故以来17年間予備車扱いとなり、その後ほとんど営業運転することなく2005年12月20日に廃車されている。
  • 事故で廃車になった分は補填をしなければならないため、事故廃車となった車両が古い場合、あるいは既に製造停止になっていた場合は他形式の車両を回す(最新型の車両を追加で新造投入[4])か、編成替えや運用の変更で代替車両をまかなうこととなる。まだ新しかった場合には事故廃車となった車両と同じ形式の車両を新造する。これを代替新造と呼ぶ。ただし、事故車が廃車対象車であったり、残った車両が極端に少ない場合、また1形式1編成などの異端形式であった場合、残った車両も一緒に廃車となることもある。そのため、名鉄1380系電車のように修理改造までして残すのはかなり稀な例である。事故車が廃車対象車の場合は代替車が既に発注済みの場合もあり、その場合は追加で投入せずに発注済みの分だけでまかなわれることも考えられる。
  • 鉄道車両には1両毎に番号が付いている。代替新造された車両には、事故廃車となった車両の番号と同じものを付ける鉄道事業者もあるが、廃車車両と番号を区別する必要がある、事務上の処理において障害になる、あるいは縁起が悪いなどの理由から新しい番号を付番して、事故廃車となった車両の番号は欠番とする鉄道事業者もある。
  • また、車体全体あるいは車両そのものを製造し直し修理復旧扱いで再度営業運行に投入する例もある(大月駅列車衝突事故で大破したJR東日本E351系S3編成や2008年の踏切事故で大破したJR東日本E233系青661編成など。これらの場合は事故車の部品を流用することが多い)。極端な例としては東武鉄道があり、基本的に事故車は修理する方針のため8000系など踏切事故で過去に大破した車両があるにもかかわらず、生産から30年以上経った2004年まで廃車は1両もなかった(現在は数両の廃車が出ている)。8000系は車体と機器の大半を再度製作した上で新造に限りなく近い形で復旧させた。同社で事故廃車扱いにされた車両は7800系の1編成2両及び5070系の5174F(電気系統の火災)のみであり、かつて2000系営団日比谷線内で火事を起こして全焼した時や、営団日比谷線脱線衝突事故20000系営団地下鉄03系と衝突、大破した時も同番号での修理復旧となっていた(営団03系は廃車)。また、事故廃車となった7800系にしても、その台車や機器類は修理して保管され、後の7800系の5000系列への更新の際に利用されている。

連接車やユニットモーター車など構造的に複数両数で1セットとなる車両においては、製造中止になっている場合、その中の1両でも廃車になると残った車両はそのままでは使えず、代替新造もできないということで再利用不可能となり、廃車される場合もある。ユニットモーター車の場合は電装解除して付随車(もしくは運転台を取付て制御車)となることもある。

事故から復旧しても、加速やブレーキ作動時の挙動に特有の癖が出る、あるいは故障が多発するなど不具合が残る場合もある。そういった場合、モーターを載せ換えるなどの修理を行うが、修理工程が新製に近いものになる、もしくは縁起が悪い、取り扱いが他の車両と異なるなどの理由で乗務員や検修員から極端に嫌われると、廃車処分される場合もある。例としてJR西日本所有の電気機関車EF66 55が1992年に山陽本線衝突事故を起こし大破、後に復旧されたが他の車両より早く廃車されたケースがある。

[編集] 戦災廃車

鉄道は物資輸送や生産の面で、戦争遂行において重要な役割を果たすことからその機能を削ぐことは戦争に勝利するための戦略の一つとなる。そのため、鉄道はしばしば敵対勢力からの重要な攻撃目標となる。鉄道車両もその一要素をなすものとして攻撃対象となり、戦場となった地域では多くの車両が空襲や艦砲射撃などによって破壊された。また、退却の際に鉄道施設を敵対陣営に使用させないため、自軍の手により破壊されることもある。

日本においては、太平洋戦争末期の空襲により多くの車両が焼失した。これらは戦後に除籍されたが、戦後に発生した輸送状況の逼迫を打開するため、廃車体の一部は応急的に復旧されて復籍し、復興輸送の一翼を担った。一部は私鉄に譲渡されている。しかし、これらは火災の際の熱により台枠等の基本構造にダメージを受けていたり、復旧自体が物資不足の時期におこなわれた応急的なもので品質が悪く、多くは早期に非旅客用車両への転用や車体更新が行われた。

国鉄70系客車」および「泰緬鉄道」も参照

[編集] 車体振替え

旧型車の置き換えの際に置き換え対象車の廃車の手続きを取らず、新規導入車を置き換え対象車両の改造名義で振り替えてしまう事例もあり、一部の私鉄ではかつては多く行われていた(東武鉄道で近年まで運行されていた5000系列や3000系列はこの手法を応用した形である)。こうした振替えを繰り返していくと、実車はどう見ても新車であるが、書類上は100年以上も前の車両の改造車ということも起こりうる。鋼体化改造や事故車の復旧名義による代替新造も広義にはこの範疇に含まれ、車体新造や部品流用だけでなく他事業者から購入した中古車体(台車や機器まで含めた一切合財)によることもある。こうした場合、車籍は存続しているものの、旧車体は振替えの時点で実質的に廃車になったと見るべきである。

こうしたケースは、改造として当局に届け出られるべき事項であるが、まれに無届のまま現車の振替えが行われてしまうことがある。事例は私鉄ばかりでなく国有鉄道においても見られる。当然「違法」であるため、その事実が公にされることは少ないが、公然の秘密としてファンの間で膾炙されることも多かった。

[編集] 廃車までの道のり

ここに、1000系という鉄道車両があるとする。この度1000系を置き換え車両2000系が投入され、1000系に代わって営業運転(乗客を乗せて走ること)を開始した。こうなると1000系は営業運転から外れ(これを運用離脱という)、万一2000系が故障した際の予備車は休車となる。この時点では1000系はまだ必要とあらば自走できる状態で管理される。

2000系に問題がないと認められて量産されると、国土交通省へ1000系の廃車届けが出される。これが受理された時点で1000系の車籍が抜かれることになる。自動車でいうところの抹消登録であり、この時点で正式に廃車となる(つまり廃車=解体ではない)。この時点を以て本線(旅客列車が走っている線路すべて。車庫や工場内は本線ではない)の自走はできなくなる。なお、鉄道車両にも一定期間毎の検査があり、検査にも一定のコストが発生する事などから、これの期限が切れた車両から廃車されていくことが多い。他にも、車両の動態保存静態保存などの構想がある場合、意図的にトップナンバーなど若番車の廃車が先送りにされる事も見られるなど、廃車は若番車から順々にされていくとは限らない。

廃車により、ある形式(同じ形質を持っている車両の総称 例:モハ101形)の車両が全車廃車になった場合、その形式を廃形式と呼び、ある系列(いくつかの形式が集まってできたグループ 例:国鉄101系電車)の車両が全車廃車になった場合はその系列を廃系列と呼ぶ。なお、特定の番台区分の車両がすべて廃車になった場合は廃区分番台と呼ぶ。また、車籍こそあるものの、付随車しか残っていない、運用離脱後屋外に放置されたまま朽ち果てているなどの理由で事実上本線走行が不可能になっている状態のものも廃形式・廃系列に含むこともある。ただし、その系列単独での編成は消滅したが、他の系列の編成に組み込まれて営業運転を行っている車両がある場合はこの対象外となる(例:阪急電鉄2000系・2021系)。

廃車になると、ほとんどは解体、もしくは他社売却となることが多いが、中には各種鉄道保存展示施設鉄道公園、あるいは一般の公園などに保存されたり、個人の宣伝用などに譲渡されることもある。珍しい例としては、名古屋市交通局では廃車車両を漁礁として海に沈めた例もあり、海外では多く見られるが、日本では規制が厳しいため、愛知県や山口県など一部でのみ行われている。

新車は車両メーカーに発注して営業運転に使えるようになるまでには1年程度掛かるため、事故などによる廃車を除いては、車両の更新(置き換え)計画は綿密に立てられている。

[編集] 廃車後の処置

[編集] 廃車解体

廃車解体作業中の電車。窓ガラス・冷房装置・ドア・内装材などが取り外されている

解体される場合は、動力車であれば解体場まで自力回送され、解体を待つことになる(解体場に着いた時点で籍が抜かれ、正式廃車となる)。動力がない場合は他の動力車により牽引されることになる。解体場は車両基地や工場の片隅を使用することが多い。近年は、環境上の問題から、自社に解体場は持たず、車両基地で2つないし3つに輪切りにしてトラックに積んで解体業者まで陸送される場合も多くなっている。例えば、群馬県館林市内にある東武鉄道北館林荷扱所には解体業者が駐在し、自社の廃車車両の処理だけでなく、他の大手私鉄や地方私鉄の廃車車両の解体も引き受けている。そのため相模大野(小田急電鉄)や若葉台(京王電鉄)などの他社の車両基地からも車両がトラックで陸送され、解体されている。

解体の順番が来ると、編成を解かれ、入れ換え機械により解体線に移されて、解体作業が始まるが、大体、次のような方法で解体されている。

  1. 機器や内装装置を取り外した後、バーナーで真横に焼き切り、重機(油圧ショベルのアタッチメントを替えたり、クレーンなどを使う。フォークリフトを使う場合もあり)を使って上部を外す。さらに下部も台車から外す。最終的にさらに裁断する。
  2. 機器や内装装置を外した後、重機(油圧ショベルのアタッチメントを解体用のものに替えて使用する)を使って裁断していく。
  3. 重機は使用せず、バーナーのみ使い手作業で解体していく。補助的にフォークリフトや小型クレーンを使うこともある。
  • JRでは、解体場が複数あるため、3つの方法すべてで解体されている(JR東日本の場合、解体業者との契約は各工場毎のため旧大船工場では1,旧大宮工場大成地区(現在の鉄道博物館のある場所)では2など、各工場で異なっていた)。
  • 解体業者に委託している鉄道会社の場合、既に台車や機器が取り外された車体のみで送られて来るので、2の方法が多い。
  • 東京地下鉄や東葉高速鉄道などでは特に機器や内装装置は外さず、そのまま重機での解体後に分別している。
  • 西武鉄道などでは重機は使わず、3のバーナーによる手作業で解体している。
  • 東海道新幹線浜松工場では、1の形を応用した専用の設備を使用する(まず屋根を外す→妻面を外す→車体下部を電動カッターで切断→切断した車体と床をまとめて細かく切断、となる)。
  • 半鋼車が多く環境規制がゆるやかだった時代には、車体に放火して木造の内装や座席等を焼却し、焼け残った構体等のみを解体する方法も用いられた。大気汚染の原因となるなどの問題から、日本の現行法規では禁止されている。

解体された後は素材毎に分別してリサイクルされる(例えば鉄屑は製鉄所へ運び再生鉄へ)が、再生できないものについては産業廃棄物としての処理がなされる。

取り外した機器などは他の車両の予備として残されたり、他の鉄道事業者向けに中古部品として販売されることもある。

ナンバープレートなどは車両基地一般公開やイベント時に即売会や鉄道会社の通販などで販売されることもある。しかし、近年では悪戯防止や金儲けの転売を阻止するためなどの理由で、販売されず鉄道会社の倉庫に死蔵されたり、除籍と同時に廃棄処分されることも多くなっている。また、過去にイベントで販売された部品の塗料などにアスベストが含まれていることが発覚し、回収や除去などを行っている会社もあることから、今後はさらに販売されることは少なくなると思われる。

いずれにしても、廃車となった車両が解体されるまでには数日程度の時間しか必要としない。

[編集] 他の鉄道事業者への譲渡

廃車になった後、他の鉄道事業者へ譲渡される車両もある。

大都市では性能的に古くなった車両でも車体や機器は極端に劣化しているわけではなく、地方の私鉄から見れば十分な品質性能を保っているし線路がつながっていたり系列会社であったりすればなおさら交渉もスムーズに行われやすい。

例えば能勢電鉄の車両はすべて元阪急電鉄2000系・2100系3100系の系列である。また、旧性能電車を使用していた頃の新京成電鉄京成電鉄から譲渡を受けていた。

なお車両丸ごとだけではなく、台車や車体・あるいは部品1個単位といったいわゆる「バラ売り」で譲渡されることがある(元営団日比谷線の3000系電車が銀座線の2000形電車や京王電鉄の5000系電車の譲渡用に台車を提供した例や営団東西線5000系の冷房用電源装置を長野電鉄が通勤車冷房化用に譲り受けた例など)。

譲渡に際しては無償での譲渡となる場合も多いが、比較的新しい車両やグレードが高い車両の場合には有償で譲渡(売却)されることもある。

太平洋戦争中は鉄道車両も統制物資の一つとなり、中古車両の譲渡も政府機関の鉄道軌道統制会を通じて行われた。戦後の復興期には輸送状況の逼迫を打開するため、大型の新製車両を大手私鉄に割当てる代わりにその会社の保有する小型車や中型車の地方私鉄への譲渡義務付けが政策的に行われたことがある。こちらも参照。

2000年代に入ると大手私鉄→地方私鉄のみならず、第三セクターや地方私鉄相互間での譲受も見られるようになった。

その一方首都圏を中心に各社が車両交代時期に入り廃車が続出しているが、そのまま解体されることも少なくない。一般形電車と呼ばれる安価かつ他社車両と同規格で造れる電車が出現したのも一因となっている。

これは鉄道会社によっても考え方があるようで、積極的に譲渡先を探す鉄道会社もある。例えば東急電鉄では昔から積極的に譲渡先を探すようで、そのために地方で使用される車両が現在でも多いようである。西武鉄道や京王電鉄なども同様だが、逆に近畿日本鉄道のように譲渡を全くといっていいほど行わない会社もある。

[編集] 譲渡に伴う改造

譲渡される場合は、相手の鉄道会社の設備に合わせた車両改造が必要になる。主なものは次の通り(全てが実施されるとは限らない。無論、これ以外の改造が行われることもある)。

  • 先頭車化改造(具体的には短編成化における運転機器の取り付け)
  • トイレの設置・撤去
  • ATSATCなどの改造(取り付け・取り外し)
  • モーターの改造(搭載車両の変更・出力の変化、付随車化など)
  • 台車の改造・交換(軌間の異なる場合に多い)
  • 集電装置の改造(第三軌条集電→架空線集電など)

また転用先がワンマン運転をしている場合、当該路線のニーズに応じて自動放送装置やデッドマン装置緊急停止装置運賃回収機・乗車駅証明書発行機、バックミラーの設置が行われたり、ドア回路についても特定ドアのみの開閉が可能なように改造が行われる。

また転用を期に各部のリニューアルが行われたり、非冷房車ならば冷房装置が取り付けられることも多い。

[編集] 地方私鉄に比較的多く譲渡された国鉄(JR)・大手私鉄の車両

※下記には譲渡先で全廃となったものも含まれている。

[編集] 譲渡元で現在も稼動している車両

[編集] 譲渡元で既に全廃となった車両

[編集] 日本国外に譲渡された事例

最近では日本国内のみならず、国外の鉄道事業者への譲渡が行われることもある。

詳細は「日本から国外に譲渡された中古鉄道車両」を参照

[編集] 保存展示や個人などへの譲渡

廃車となった車両のうち、産業考古学的、鉄道史的などの観点から保存する価値があると認められた車両は保存されることがある。保存には2種類あり、線路上を自走できる状態で保存するものを動態保存といい、自走はできずに主に展示目的で保存するものを静態保存という。

なお、静態保存されていた車両が整備され、再び本線を自走できるように車籍を再び入れることもある。これを車籍復活という。蒸気機関車などに多い。ただ、本線の保安装置や定格速度などが大幅に変化していた場合、旧型の車両を走らせるのは不可能なので、あえて車籍を戻さない場合もある。阪急100形電車江ノ島電鉄100形電車などが当てはまる。 一方でJR東日本D51形498号蒸気機関車のように、現役のATS-P保安装置を導入してまで車籍復活した動体保存機もある。

また、名車であることから廃車を延ばすこともある。最近の例ではJR西日本が北陸地区にサンダーバード増発のあおりで国鉄489系電車が廃車になる時に廃車予定だったクハ489-501・1の2両が歴史的観点から廃車が延期となり、別編成に組まれていた504・4が代わりに廃車となり、両編成の先頭車が入れ替えられ、当分の間延命することになった。

数は少ないが、個人が保存目的や倉庫代わりに買い取る場合や、「思い出の車両」として地元自治体が引き取り、管理する場合もある。また、車両の製造会社が自社内で保存したり、「機械扱い」として車籍のない状態で工場内の牽引用に使用する場合もある。個人が買い取るケースは以前はよく見られたものの、近年では輸送費の高騰や土地の減少といった理由であまり行われていないことや、鉄屑の価格の方が「車両そのまま」で売却する価格より高いため、会社の方針として認めない場合も多い。個人が車両を丸ごと1両払い下げて何かに利用しようとすると、輸送費・土地代・改装費など込みで大体1,000万円くらいにはなる上、トレーラーなどでの輸送には警察その他多くの関係機関の許可が必要になり、その後の固定資産税も莫大なものになるとされる。

これらの対象とならないほとんどの車両は先に述べたように、解体場に運ばれて解体され、屑鉄となる。また、一旦保存されても、特に個人や財政基盤の弱い団体の場合は維持・管理が難しく、雨ざらしの状態で維持管理も十分になされずに置かれているうちに錆や破損、部品の盗難などが目立つようになり、無残な姿をさらし続けたあげく危険とされて解体されてしまう場合もある。

近年では、自治体の財政が悪化していることや、国際的に鉄屑の価格が上昇していることから、売却や保存より解体する方が金になるため、保存される例は減ってきている。2003年相鉄6000系電車が引退した際、最後まで残った32両の無償譲渡を発表していたにもかかわらず、1両も引き取り手が現れなかった事例もある。また旧馬込車両工場に2両が留置されていた東京都交通局5000形南海20000系もほぼ同様の理由に従って解体されている。

また、東急デハ80形江ノ島電鉄旧500形など、かなり前から保存計画が挙がっていたのにもかかわらず、いずれも解体されたという例もある。不況、土地不足などという点が原因となっている。

また、保存されても一部分だけということも少なくない。東急5000系電車 (初代)のように車体を短縮して保存されるのならまだしも、「車輪だけ」とか「プレートだけ」ということも珍しくなく、それも車庫公開の時などに販売してしまうこともある。

現在博物館などに国鉄時代の車両が保存されているが、厳密には国鉄時代は引退した車両を保存することはご法度とされていた。これは、国鉄の車両新製には国の債務(即ち国民の税金である)を使用したため、廃車になった車両が解体されずに保存されていることは、会計検査院国会から「まだ走れる車両があるのに新車を作るのは税金の無駄使い」と厳しく指摘されることに繋がる(前出のDD54形機関車の件では国会でも問題となっていた)ためである。したがって、廃車になったらすぐに解体しなければならなかったのだが、国鉄本社や鉄道管理局の目を盗んで密かに保管していた車両が、今となっては博物館で展示されている車両になるわけである。[要出典]

[編集] 車籍復活

一旦廃車となり車籍が抹消された後、鉄道会社や各自治体、団体などで保存されていた車両が、車籍を戻し現役として復活する例も稀ながら存在する。その多くはイベント列車として走行する蒸気機関車電気機関車などである。これらは保存時も整備され状態が良かった車両が選ばれ、走行に問題が無いと判断され車両工場全般検査を通した上で本線の営業走行に復帰する。

[編集] 試験・訓練として使用

鉄道の安全を維持するために、多くの会社で毎年事故復旧訓練や防災訓練が行われるが、電車が脱線した時の乗客救助は最重要課題である。しかし、実際に電車を脱線させるだけでも大掛かりになる上、救助訓練を行うと車両を破損するため、実際に営業中の車両を使用する訳にはいかないので、廃車になった車両を解体する前に使うことになる(JR東日本201系など)。その他、車両火災や衝突事故の防止、被害軽減のための実車試験に使用されることも多い(例:脱線試験に用いられた京急旧1000形電車、車両火災試験に用いられた営団400形電車)。

これとは別に、会社によっては訓練所で専用の車両を使用している会社もあるが、本線に出ない場合、車籍を抹消した車両を使用している。

[編集] ドラマ等の収録用として使用

1982年テレビ朝日系列で放送された「西部警察 PART-II」で広島電鉄の電車を爆破させるシーンが収録され、この際に実際に廃車予定の750形電車766号車(廃車時に755号に改番)が使用され実際に爆破、後に解体されている。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 減価償却資産の耐用年数等に関する省令[1]
  2. ^ JR北海道キハ130形気動車は13年での廃車を前提とした設計ではなかったものの、基本構造と使用環境の不適合から老朽化が著しく、法定耐用年数の13年で廃車された。
  3. ^ 鉄道ファン2009年2月号(通巻574号)121ページ
  4. ^ 事故車の補充で追加新造された車両は相鉄10000系電車(10両編成1本追加)、JR西日本321系電車(7両編成3本追加)などが該当。

最終更新 2009年11月21日 (土) 00:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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