廣嶋禎数
廣嶋禎数の最新ニュースをまとめて検索!
廣嶋 禎数(ひろしま よしかず、1962年5月22日 - )は、大阪府大阪市出身のサッカー審判員。高等学校の保健体育科教諭でもある。
目次 |
[編集] 経歴
- 小学5年生のころからサッカーを始める
- 大阪府立藤井寺高等学校で本格的にサッカーに取り組みMFとして活躍
- 大阪体育大学在学中、関西学生サッカー連盟の幹事長を務める
- 大学卒業後、大阪府立長野高等学校保健体育科教諭となる
- 1990年 - 1級審判員資格取得
- 1993年 - Jリーグ発足と同時に副審を務める(2008年まで)。
- 1994年 - 国際副審登録(2007年まで)。
- 2006年 - ワールドカップ・ドイツ大会で日本人5人目のW杯審判に選出される。
- 大阪府立長野高等学校教諭、サッカー部顧問をする傍ら、週末にJリーグの審判という多忙な日々を送っていた。
- 2009年 - 日本サッカー協会トップレフェリーインストラクター
[編集] 審判として
2006年ワールドカップ・ドイツ大会で、上川徹主審、韓国の金大英(キム・デヨン)副審とのグループで審判員に選出され、グループリーグのポーランド対エクアドル戦と、イングランド対トリニダード・トバゴ戦で副審を務めた。さらに、日本人審判としては初めて3位決定戦・ドイツ対ポルトガル戦の副審も務めた。
国際審判員は45歳が定年となっているため、2006年のワールドカップが最後の機会(当時44歳)となった。
また、1993年のJリーグ発足時から副審を務めていたが、2008年限りで引退し、2009年からは日本サッカー協会のトップレフェリーインストラクター(主に副審を担当)として後進の指導に当たる[1]。
[編集] エピソード
- 2008年7月26日のJ1第19節、川崎フロンターレ-名古屋グランパス戦(等々力陸上競技場)の後半8分、主審の柏原丈二が負傷のため第4審判に回り、この試合で副審を務めていた廣嶋が急遽主審として試合を裁くという一幕があった。廣嶋はこれまで、J2の主審を5試合担当したことはあったが、J1の主審を務めたのはこの時が初めてであった。
尚、廣島は2008年シーズン限りで審判員を引退した為、この川崎フロンターレ-名古屋グランパス戦が生涯ただ一度のJ1公式戦に於いて主審を務めた試合ということとなった。
[編集] 受賞歴
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年8月11日 (火) 11:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【廣嶋禎数】変更履歴

