廣瀬大社

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廣瀬大社
所在地 奈良県北葛城郡河合町大字川合99
位置 北緯34度35分30秒
東経135度44分54秒
主祭神 若宇加能売命
櫛玉命
穂雷命
社格 式内社(名神大)・二十二社(中七社)・官幣大社別表神社
創建 崇神天皇9年(紀元前89年
本殿の様式 春日造
札所等 神仏霊場 巡拝の道31番(奈良18番)
例祭 4月4日
主な神事 御田植祭(2月11日
  
本殿

廣瀬大社(ひろせたいしゃ)は奈良県北葛城郡河合町にある神社である。旧社名廣瀬神社(ひろせじんじゃ)。式内社名神大社)で、旧社格は官幣大社神仏霊場会霊場番号31番、奈良18番。

目次

[編集] 祭神

若宇加能売命(わかうかのめのみこと)を主祭神とし、相殿に櫛玉命(くしたまのみこと)、穂雷命(ほのいかづちのみこと)を祀る。

由緒書では、若宇加能売命は伊勢神宮外宮豊宇気比売大神伏見稲荷大社宇加之御魂神と同神であるとしている。広瀬大忌神(ひろせおおいみのかみ)ともいう。龍田大社の龍田風神とも関係があるとしている。ただし、本来の祭神は長髄彦であるとする説もある。

相殿の櫛玉命とは、神社の説明では饒速日命のことである。社家の樋口氏は饒速日命を祖神とする物部氏の末裔であり、社家の邸宅内には饒速日命を祀る境外末社・饒速日命社がある。

[編集] 歴史

鎮座地は、高田川と一緒になった曽我川大和川飛鳥川など奈良盆地内を流れる河川のほとんどが合流する地点であり、このことから水神を祭る。社伝では、崇神天皇9年、広瀬の河合の里長・広瀬臣藤時に託宣があり、水足池と呼ばれる沼地が一夜で陸地に変化し橘が数多く生えたことが天皇に伝わり、その地に大御膳神として社殿を建てて祀ったのに始まるとしている。龍田の風神・広瀬の水神として並び称された。『日本書紀天武天皇4年(675年)4月10日条には風神を龍田立野に、大忌神を広瀬河曲に祀ったとの記述があり、これが4月・7月に行われる広瀬大忌祭の起源とされている。

延喜式神名帳では「廣瀬坐和加宇加売命神社」の名称で名神大社に列し、月次・新嘗の幣帛を受けると記載されている。永保元年(1081年)に最高位の正一位神階を受けている。後の二十二社の一つともなった。明治4年、官幣大社に列格した。第二次大戦以降、廣瀬大社と称するようになった。

[編集] 祭事

御田植祭は、大忌祭の御田水口祭礼に由来するもので、砂を雨に見たてた祈雨の神事である。拝殿前の広場を田に見立てて田植の所作を行い、それに対して参詣者と田人・牛に扮したひとが一斉に砂をかけあうもので、「砂かけ祭」とも呼ばれる。

[編集] 交通アクセス

[編集] 外部リンク

廣瀬大社公式HP

最終更新 2009年11月2日 (月) 22:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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