弥彦線

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弥彦線
弥彦線の路線図
路線総延長 17.4 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V (直流)
最高速度 85 km/h
KBHFa
0.0 弥彦
WBRÜCKE
BHF
2.3 矢作
WBRÜCKE
御新田川
WBRÜCKE
西川
ABZlg
←JR東:越後線
BHF
4.9 吉田
ABZlf
越後線→
WBRÜCKE
大通川
BHF
8.0 西燕
STR exSTRrg
新潟交通電車線
BHF exKBHFe
10.3
WBRÜCKE
中ノ口川
AKRZu
北陸自動車道
TBHFu
12.9 燕三条
STR
←JR東:上越新幹線
WBRÜCKE
信濃川
BHF
15.4 北三条
ABZlg
←JR東:信越本線
BHF
17.4 東三条
xABZlf
信越本線→
exSTR
1985年廃止区間
exBHF
19.4 越後大崎
exWBRÜCKE
五十嵐川
exBHF
22.4 大浦
exKBHFe
25.3 越後長沢

弥彦線(やひこせん)とは、新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦駅から三条市東三条駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線地方交通線)である。

ラインカラーは紫。全線が新潟近郊区間に含まれ、Suicaが利用できる(相互利用可能なICカードはSuicaの項目を参照のこと)。

目次

[編集] 路線データ

  • 管轄(事業種別):東日本旅客鉄道(第一種鉄道事業
  • 区間(営業キロ):東三条 - 弥彦 17.4km(基本計画上の表示。線路名称上は起終点が逆転)
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:8駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:全線単線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 閉塞方式
    • 弥彦 - 吉田間:特殊自動閉塞式(軌道回路検知式) ※以前はスタフ閉塞式
    • 吉田 - 東三条間:自動閉塞式(特殊)
  • 運転指令所:新潟総合指令室
  • 最高速度:85km/h

なお、一部区間の架線にはJRの路線としては珍しい低コストの直接吊架式が採用されている。これは電化当時、国鉄が慢性的な赤字に陥っていたため同じ1984年に電化された越後線共々コストダウンを求められていたことによる。また最高速度の85km/h制限の一因でもある。

前述のとおりラインカラーは紫色だが以前は明確に定められていなかった。駅名標などには彌彦神社の鳥居にちなんで赤色が使用されている。また、後述する弥彦線用の115系ワンマン運行用車両の車体は黄色となっている。

[編集] 運行形態

全列車が普通列車で、定期列車は吉田 - 東三条間14往復、吉田 - 弥彦間12往復(1 - 2時間に1本程度)。他に不定期列車の設定がある。一部は越後線と直通運転している。なお年末年始は彌彦神社への初詣列車も運行している。

全線において、弥彦線専用の黄色を主体とした塗装の(通称Y編成)115系電車2両編成がワンマン運行されている(時刻表に「トイレはありません」の表示がある。吉田 - 東三条間の朝の1往復は車掌が乗務している)。なお、吉田 - 東三条間については三条・燕両市間の通勤・通学時の輸送力を確保するため、一部の列車が115系電車3 - 6両編成で運行されている(この場合は車掌が乗務する)。ワンマン運転時には矢作駅西燕駅燕三条駅の3駅では先頭車両の一番前のドアしか開かない。

吉田駅での越後線、東三条駅での信越本線との乗り継ぎは良いが、燕三条駅での上越新幹線との乗り継ぎは列車により大きなばらつきがある。

廃止区間の東三条 - 越後長沢間は、朝夕のみ5往復の運行で、土曜日に追加運行があった。

[編集] 使用車両

[編集] 歴史

弥彦線は、越後線とともに私鉄の越後鉄道により建設された鉄道路線である。西吉田 - 弥彦間は、越後一の宮である彌彦神社への参詣鉄道として1916年に、西吉田 - 一ノ木戸(東三条)間は、現在の越後線と信越本線を連絡する目的で1922年から1925年にかけて開業し、さらに南方の越後長沢に延長された。いずれは福島県まで路線を延ばす計画の元、建設が進められたが、越後長沢駅まで開業した時点で国有化され計画は消滅した。

このうち、通称「弥彦東線(やひことうせん)」と呼ばれていた東三条 - 越後長沢間は、沿線の人口密度が低いこと、また村の中心地から若干離れていることもあり、太平洋戦争以前の段階から利用客数は低迷。太平洋戦争中は不要不急線となり、軌道が撤去され営業休止に追い込まれている。戦後に営業を再開するものの同区間は、通学客以外は乗客も少なく赤字続きであり、またこの区間に並行する県道(のちの国道289号)を経由する越後交通路線バスが運行されていることもあって、1968年にいわゆる赤字83線に指定された。弥彦線のうち弥彦駅から東三条駅までの区間(弥彦西線)は1984年に電化されたものの、東線は廃線が決まっていたことから電化されず、西線の電化後は毎日新潟から気動車を回送して運行が継続され、翌1985年に廃止された。

弥彦東線は廃止後、廃線跡が国道289号バイパス道路として整備され、現在越後交通は旧東線に並行する形で下記の路線バスを運行している。

燕駅前 - 燕三条駅三条口 - 東三条駅前 - 大崎 - 大浦 - 長沢駅跡 - 八木ヶ鼻温泉 - 笠堀ダム(遅場)

[編集] 年表

  • 1916年(大正5年)10月16日 【開業】越後鉄道 西吉田 - 弥彦 【駅新設】矢作(停留場)、弥彦
  • 1922年(大正11年)4月20日 【延伸開業】西吉田 - 燕 【駅新設】燕
  • 1925年(大正14年)4月10日 【延伸開業】燕 - 一ノ木戸 【駅新設】北三条、一ノ木戸(信越本線の既設駅に乗り入れ)
  • 1926年(大正15年)8月15日 【駅名改称】一ノ木戸→東三条
  • 1927年(昭和2年)7月31日 【延伸開業】東三条 - 越後長沢(7.9km) 【駅新設】越後大崎、大浦、越後長沢
    • 10月1日 【買収・国有化】弥彦線 弥彦 - 越後長沢(25.3km)
  • 1944年(昭和19年)10月16日 【休止】東三条 - 越後長沢(-7.9km) 【駅休止】越後大崎、大浦、越後長沢
  • 1946年(昭和21年)10月1日 【営業再開】東三条 - 越後長沢(7.9km) 【駅営業再開】越後大崎、大浦、越後長沢
  • 1954年(昭和29年)12月25日 【駅新設】西燕
  • 1959年(昭和34年)10月1日 【駅名改称】西吉田→吉田
  • 1960年(昭和35年)7月25日 【貨物営業廃止】弥彦 - 吉田(-4.9km)
    • 12月15日 【貨物営業廃止】東三条 - 越後長沢(-7.9km)
  • 1982年(昭和57年)11月15日 【駅新設】燕三条(上越新幹線接続駅)
  • 1984年(昭和59年)1月20日 【貨物営業廃止】吉田 - 東三条(-12.5km)
    • 4月8日 【電化】弥彦 - 東三条(17.4km) 低コストの直接吊架式架線を採用
  • 1985年(昭和60年)4月1日 【路線廃止】東三条 - 越後長沢(-7.9km)、越後交通の路線バスに転換 【駅廃止】越後大崎、大浦、越後長沢
  • 1987年(昭和62年)4月1日 【承継】東日本旅客鉄道
  • 1997年(平成9年)9月15日 燕三条 - 東三条間高架化、東三条駅付近のルートを変更(信越線下を通り駅東側ホームに入る形態をやめ、直接駅西側のホームに入る形式に変更。急カーブ解消)
  • 2008年(平成20年)3月15日 線内全駅でSuicaのサービスを開始。

[編集] 駅一覧

  • 全列車普通列車(全駅に停車)。
  • 全駅新潟県に所在(廃止区間も同様)。
  • 列車交換 … ◇:交換可、|:交換不可
駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 列車交換 所在地
弥彦駅 - 0.0   西蒲原郡
弥彦村
矢作駅 2.3 2.3  
吉田駅 2.6 4.9 東日本旅客鉄道越後線(直通あり) 燕市
西燕駅 3.1 8.0  
燕駅 2.3 10.3  
燕三条駅 2.6 12.9 東日本旅客鉄道:上越新幹線
三条市
北三条駅 2.5 15.4  
東三条駅 2.0 17.4 東日本旅客鉄道:信越本線

[編集] 廃止区間

事業者名・所在地の自治体名は廃線時点のもの。

駅名 駅間営業キロ 弥彦
からの
営業キロ
接続路線 所在地
東三条駅 - 17.4 日本国有鉄道:信越本線 三条市
越後大崎駅 2.0 19.4  
大浦駅 3.0 22.4   南蒲原郡
下田村*
越後長沢駅 2.9 25.3  
  • *:現在は市町村合併が行なわれ三条市である。

[編集] 過去の接続路線

[編集] 特記事項

弥彦線は1985年3月31日まで、国鉄全路線で唯一、起終点両方の駅で他路線との接続がない路線であった。私鉄ではこういう形態の路線は決して珍しくないが、全国に鉄道網を広げていた国鉄では特殊なケースであった。東三条 - 越後長沢間が廃止されたことで弥彦線はこのケースから外れたが、同年4月1日からは香椎線が新しく「起終点両方が非接続駅」の路線になり(同日終点の宇美駅で接続していた勝田線が廃止になったため)、国鉄民営化を経て現在に至っている。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年7月30日 (木) 03:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【弥彦線】変更履歴

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