張家口市
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| 中華人民共和国 河北省 張家口市 | |
| 河北省中の張家口市の位置 | |
| 中心座標 | |
| 簡体字 | 张家口 |
| 繁体字 | 張家口 |
|---|---|
| 拼音 | Zhāngjiākŏu |
| カタカナ転記 | ヂャンジャーコウ |
| モンゴル語キリル文字 | Чуулалт Хаалга |
| モンゴル語ローマ字転写 | Čūlalt Hālga |
| 国家 | 中華人民共和国 |
| 省 | 河北 |
| 行政級別 | 地級市 |
| 面積 | |
| - 総面積 | 36, 829 km² |
| 人口 | |
| - 総人口(2004) | 449 万人 |
| - 人口密度 | 84 人/km² |
| - 市区人口() | 2004 万人 |
| 経済 | |
| 電話番号 | 0313 |
| 郵便番号 | 075061 |
| 行政区画代碼 | 130700 |
| 官方ウェブサイト: http://www.zjk.gov.cn/ | |
張家口市(ちょうかこう-し)は中華人民共和国河北省北西部に位置する地級市。かつてはモンゴル語で万里の長城の「門」をあらわすハルガhālga またはカルガ kālga(その元の形はkaghalga)から、カルガン(Kalgan)の名でも知られていた。『北京の北門』とも呼ばれ、北京の北を取り巻く万里の長城の主要な門「大境門」のすぐ外側に位置し、ここを制したものは北方から北京を攻める場合にも、北京を守る場合にも有利になるという。
目次 |
[編集] 地理
張家口市は河北省西北の山間の盆地に位置する。北は内モンゴル自治区、南は万里の長城をへだてて首都・北京市と河北省保定市、東は河北省承徳市、西は内モンゴル自治区と山西省に隣接する。市域は南北300km、東西228kmに渡って広がり、張家口市街のはるか北、張北県・康保県にまで広がっているが、逆に南側の懐来県・宣化県・涿鹿県にも広がっており、これらは北京から20kmも離れていない。
市域北部は高原で、南部は洋河の谷間になる。冷帯の大陸性の乾いた気候であり、年平均降水量はわずか406mm、年平均気温は7.5℃である。
蔚県と涿鹿県の境にある小五台山山地は太行山脈の北部に当たり平均海抜2000mで、その主峰・東台は2,882mの高さとなり、河北省の最高峰である。
張家口市の市街地は清水河の両岸に広がり、東、西、北の三面を山に囲まれ市街地は南北に細長く、南面にわずかな平原がある。万里の長城の支線が北の山をうねりながら伸び、市内から見ることができる。気候のせいもあり市外を囲む山々は緑が少ないが、市民の長年の努力で、いくつかの森林公園が完成した。
土地のうち、耕地が30%、牧草地が15%、森林が20%を占める。特に牧草地面積は河北省では承徳市に次いで第二位で、康保、尚義、張北、沽源の北部4県に集中している。これら北部地域は牧畜が主産業で、河北省の牧畜基地である。
南部を流れる桑干河、洋河、潮白河の沿岸は肥沃な平野になっており、穀物や果物を産する。川や地下水が多く水資源は豊かで、127のダムのほか地下水くみ上げ施設などがあり、その水は灌漑に使われる。ダムのほとんどは小型ダムだが、大型ダムが2基存在する
北京市と包頭市を連絡する鉄道のほか、近年高速道路ネットワークが急速に建設されている。河北省と内モンゴル、中国西北部・モンゴル国と北京とを結ぶ、交通の要衝であり、物資の集散地であり、軍事的な要地でもある。
[編集] 歴史
市域の北部は歴史的には遊牧民族の支配地域、市域南部は漢民族らによる農耕地域であった。しばしば遊牧民族による征服を受けたが、次第に農耕地域が拡大し遊牧は廃れていった。
- 春秋時代、北部は匈奴や東胡の居住地で、南部は燕国や代国の領土であった。
- 秦代には代郡・上谷郡に改属した。
- 漢代には烏桓・匈奴・鮮卑らの支配するところとなった。
- 隋代には東部を涿郡、西部を雁門郡とした。
- 唐代には大部分が河北道の偽州および新州に属し、残りは河北道蔚州に属した。
- 北宋の時代は武州、蔚州、奉聖州、帰化州、儒州、偽州に属したが、遼による激しい攻撃を受けた。
- 南宋の時代には全て遼、後には金の領土となった。
- 元代には中書省上都路宣德府に属し、西北部は共和路(いまの張北県)に属した。
- 明代には延慶州、保安州、雲州、蔚州および万全都指揮使司十二衛の地となった。宣徳4年(1429年)には張家口堡を築き、京師宣府鎮に属させた。1449年、土木の変が土木堡で発生。
- 清代には北部に遊牧民族を管理する口北三庁(多倫諾爾庁、獨石口庁、張家口庁)が設置され、張家口市域の大部分は張家口庁に属していた。南部は宣化府(今の宣化区)に属していた。
- 中華民国の時代になり、張家口の町は宣化府万全県に属した。民国2年(1913年)には、直隸省(現・河北省)察哈爾(チャハル)特別区の口北道に属した。1928年から1952年まで、直隸省から分離し新設された察哈爾省(チャハル省)の省都となった。1937年9月、日本軍が侵攻し、同年対日協力政権である察南自治政府が成立、その首都となる。1939年には蒙古聯合自治政府の首都となり、張家口特別市が置かれた。
- 1952年、察哈爾省は解体され、張家口市は河北省に編入された。1955年には宣化市を併合、宣化区とした。中ソ対立の際はソ連の侵攻に備え張家口の陸軍が増強された。1993年には周囲の張家口地区と合併し、地級市・張家口市が誕生した。
[編集] 民族
民族は漢族が主であるが、遊牧民族との境にあるため、また中国各地からの工場などへの流入があるため、民族構成は複雑である。回族、満族、モンゴル族、チベット族、朝鮮族、ペー族(白族)、ウイグル族、イー族(彝族)、リー族(黎族)、チワン族(壮族)、トン族(侗族)、プイ族(布依族)、高山族、トゥチャ族(土家族)、ミャオ族(苗族)、カザク族(哈薩克族)、ダグール族(達斡爾族)、オロス族(俄羅斯族)、ヤオ族(瑶族)、ハニ族(哈尼族)、タイ族(傣族)、シェ族(畲族)、ラフ族(拉祜族)、シボ族(錫伯族)、エヴェンキ族(鄂温克族)など26の少数民族が住む。
[編集] 行政区画
4区13県を管轄する。なお、市内の行政区を再編する計画(県を市に変える、区を分割するなど)がある。
- 県
- 宣化県:面積2,095平方キロ、人口30万。県人民政府所在地は張家口市宣化区。
- 張北県:面積4,232平方キロ、人口37万。県人民政府所在地は張北鎮。
- 康保県:面積3,365平方キロ、人口28万。県人民政府所在地は康保鎮。
- 沽源県:面積3,601平方キロ、人口23万。県人民政府所在地は平定堡鎮。
- 尚義県:面積2,621平方キロ、人口19万。県人民政府所在地は南壕塹鎮。
- 蔚県 :面積3,216平方キロ、人口46万。県人民政府所在地は蔚州鎮。
- 陽原県:面積1,834平方キロ、人口28万。県人民政府所在地は西城鎮。
- 懐安県:面積1,706平方キロ、人口25万。県人民政府所在地は柴沟堡鎮。
- 万全県:面積1,158平方キロ、人口22万。県人民政府所在地は孔家庄鎮。
- 懐来県:面積1,793平方キロ、人口34万。県人民政府所在地は沙城鎮。
- 涿鹿県:面積2,799平方キロ、人口33万。県人民政府所在地は涿鹿鎮。
- 赤城県:面積5,238平方キロ、人口28万。県人民政府所在地は赤城鎮。
- 崇礼県:面積2,326平方キロ、人口12万。県人民政府所在地は西湾子鎮。
[編集] 経済
産業はとうもろこし・コーリャン・小麦・そら豆・ジャガイモなどの農業の区域と、牛・馬・羊など牧畜業が盛んな区域の境目に位置し、食品製造産業、皮革・毛皮・毛織物産業が立地する。 そら豆については最高級品が栽培されている。
また、石炭・鉄鉱石・鉛・リン・ゼオライト・グラファイトなど鉱業も盛んであり、精錬・機械工業もある。
[編集] 交通
北京と包頭を結ぶ鉄道・京包線沿線の重要な都市である。ほかいくつかの支線(豊沙線、沙蔚線、大秦線)、鉱山鉄道(宣龐線、宣煙線)がある。
高速道路は北京~張家口を結ぶ京張高速公路、張家口市宣化~山西省大同市を結ぶ宣大高速公路、丹東~ラサを結ぶ丹拉高速公路が走る。包頭~フフホト~張家口を結ぶ高速道路も2005年夏に開通した。
[編集] 教育
高等教育機関:
- 張家口教育学院
- 河北北方学院
- 河北建築工程学院
- 張家口職業技術学院
- 北方機電工業学校
[編集] 古跡・観光地
万里の長城の主要な門「大境門」や、古い城壁都市・宣化城などがある。宣化と蔚県は省級歴史文化名城に、蔚県の暖泉鎮は中国歴史文化名鎮に、懐来県・雞鳴駅郷の雞鳴駅村は中国歴史文化名村に指定されている。
崇礼县紅花梁区には、中国国内で最初(2004年)に誕生したスノーリゾートであるとされる万龍スキーリゾートがある。
[編集] 外部リンク
- 張家口市人民政府
- 張家口新聞網
- 張家口市招商網
- 張家口旅游信息網
- 張家口政府公衆信息網
- 張家口市城区衛星写真(全景)
- 張家口市城区衛星写真(北部)
- 張家口市城区衛星写真(南部)
- 張家口市清水河治理工程首映
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最終更新 2009年7月13日 (月) 21:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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