強制改宗
強制改宗の最新ニュースをまとめて検索!
強制改宗(きょうせいかいしゅう)は、暴力や脅迫などを用いて個人の信仰を捨てさせ、他の宗教若しくは無宗教への改宗を行わせることである。この結果生前に対象者を改宗させることが出来ず殉教となった例も多い。歴史上多くの国・地域で強制改宗は行われてきた。また直接的な強制はなくとも、異教徒を差別して改宗圧力を掛ける場合広義の強制性を認める考え方もある[要出典]。
被害者にとっては非常に屈辱的であるため、強制改宗はその他の問題とも絡まって歴史上数多くの宗教的マイノリティーの反乱を引き起こした。このような事例としては日本でも島原の乱などが知られている(ただし、島原の乱は宗教以外にも様々な要因があり、単なる宗教紛争とは言えない)。
目次 |
[編集] キリスト教徒による強制改宗
歴史的に見てキリスト教徒はシチリア島、イベリア半島、バルカン半島などで主としてイスラム教徒とユダヤ教徒に対してキリスト教への強制改宗を行った。今なお悪名高い十字軍の侵略や、ドイツ騎士団によるリトアニアやラトビア遠征などが有名である。特に第1回十字軍ではエルサレムを征服した後、キリスト教軍はほぼ全ての市民を殺害するという大量虐殺を起こし、略奪・陵辱を繰り広げた。
直接的な強制のみならず、広義の強制に基づく改宗も存在した。しかし隠れムスリムや隠れユダヤ教徒として信仰を守り通すものも地域によっては存在した[要出典]。
[編集] イスラム教徒による強制改宗
イスラム教徒の歴史上でも強制改宗は少なからず行われた。しかしイスラム教徒は多くの場合異教徒に対し「改宗か、死か、国外追放か、さもなくば差別的条件下での残留か」を強いたため、「死か、改宗か」を迫る狭義の強制改宗はキリスト教に比べて少なかったといわれる[要出典]。しかし広義の強制改宗は極めて盛んであり、中東のキリスト教が衰退したのはこの結果とされる。表面上イスラム教に改宗した人間の中には偽装改宗者も含まれ、多くユダヤ教徒であった。
[編集] 21世紀に於けるイスラム教徒による強制改宗
現在イスラム過激思想の伸張に伴い、多くのイスラム教国でキリスト教徒などの宗教的マイノリティーへの強制改宗が行われているという報告があり[要出典]、問題となっている。
[編集] 日本における強制改宗
日本の歴史上で代表的な強制改宗は、戦国時代・安土・桃山時代から江戸時代を経て、明治時代に至るまで行われた。キリシタン大名による領民に対してのキリスト教への強制改宗やキリスト教徒やキリシタンに対する強制改宗である。これには、日本人が海外に奴隷として売られたり、サン・フェリペ号事件で「キリスト教布教はスペインによる領土拡大の手段である」という発言からキリスト教が布教を通じて実質的に目指しているのが日本の植民地化であった事実が背景にある。また、当時の日本においては「キリスト教徒ではない」イコール仏教とか神道信者であった、というだけであり、仏教と神道およびその信者が組織的・計画的に行ったものではない。
当初キリシタンには「死か、改宗か、国外追放か」という三つの選択肢が与えられ[要出典]、信仰を保持したまま日本に残留することは表向きは許されなかったが、生命と信仰とを保持することを望んだキリシタン大名の高山右近や内藤如安などの人々は国外追放を選んだ。また、当初は緩やかな取締りであり、「信仰者のみが信仰するのは構わないが、布教は禁止する」や「公の場での公言は禁止する」という程度であったが、多くのキリシタンが組した大坂の陣、大規模なキリシタン内乱である島原の乱以降はキリシタンへの警戒が最大級に強まったこともあって、江戸幕府は「死か改宗か」という選択の上での強制改宗を行った。結果としてクリストファン・フェレイラやジュゼッペ・キアラをはじめ多くのキリスト教徒やキリシタンは棄教し、棄教に応じなかった少数は死刑に処された。とはいえ一部の隠れキリシタンは偽装棄教によって、明治6年にキリスト教が解禁されるまで信仰を保持した。
このような傾向は朝鮮と中国などにもあり、殉教者が出る様な激しい弾圧がしばしば行われ、仏教への強制改宗も行われた。これらの地域に於いてもキリスト教徒は多くの場合自らの信仰を隠す傾向があった[要出典]。
日本での対象はキリスト教だけに限ったことではない。古来よりカルト的な宗教(常世神信仰)や呪術を伴うもの(呪禁道、真言立川流、玄旨帰命壇など)、旧来の仏教に対して起こった仏教新宗派(浄土宗、浄土真宗)などが弾圧の対象になってきた。そもそも仏教が日本に伝わった際も、「新しい宗教」である仏教に対しての弾圧があり、仏教浸透後においても例えば日蓮宗のうち不受不施(法華経信者以外から施しをうけず、僧が法華経信者以外に施しをしない)を唱える僧または宗派(不受不施派)は江戸幕府から禁教とされ、強制改宗をさせられた。しかし、信者の中には表向きは他宗派に改宗したが、禁教の中でも法華経信仰を守ったものもいる。また、地域によっては、一向宗(浄土真宗)など既存大手の仏教宗派を禁じたところもある。仏教・キリスト教を問わず、信者の側は「弾圧を受けた」と主張するが、日本での強制改宗を伴う宗教取締りのほとんどのケースに特徴的なのは、対象となった宗教が「信仰」の枠組みを超えて政治的な行動(権威否定、政治的謀議謀略、一揆、他勢力への協力、奴隷売買など)を伴っていることが多いことである。この場合は時の為政者・行政にとって「他者の幸福への障害である」と判断されることになり、つまりその宗教・宗派の行動にこそ原因と責任がある、と判断された。時の判断と歴史的な判断は「為政者の欲望成就と判断する」等相違する場合が多々みうけられる。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月8日 (日) 01:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【強制改宗】変更履歴

