彦琮

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彦琮(げんそう、557年 - 610年)は、中国代の訳経僧であり、元通道観学士である。

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[編集] 生涯

趙郡柏県(河北省内丘県)の李氏の出身である。

最初、10歳で出家し、僧名を道江と称した。三蔵に通じ、等の外典にも明るかった。

建徳6年(577年)、北周北斉を征服すると、武帝によって招かれて、通道観の学士となった。この時に、名を彦琮と改めている。

隋が建国すると、開皇3年(583年)に、道教を排斥する内容の「弁教論」1巻を撰した。

訳経活動を開始するのは、開皇12年(592年)からであり、大興城の大興善寺で経典の漢訳に従事するようになった。大業2年(606年)には、洛陽に設けられた上林園の翻訳館に召され、更に訳経を続けた。その漢訳経典の総数は、23部100巻余に及んだ。

その訳経活動と同時に、隋代以前の漢訳仏典、2,109部5,058巻を整理して、『衆経目録』5巻を編纂した。また、勅を奉じて、慧矩と共に『天竺記』を著わした。

[編集] 著作

  • 「西域志」10巻
  • 「沙門名義論」

[編集] 伝記資料

[編集] 参考文献

  • 岩間湛良「彦琮録と静泰録」(『大崎学報』95、1939年)
  • 佐藤心岳「彦琮の梵語仏典の重視について」(『印度学仏教学研究』29(15-1)、1966年)
  • 内田吟風「隋釈彦琮撰『大隋西国伝』の成立とその遺文」(『日本文化と浄土教論攷:井川定慶博士喜寿記念』、1974年)
  • 吉川忠夫訳注 『広弘明集』 <大乗仏典 中国・日本篇 4巻> 中央公論社
  • 中嶋隆蔵ほか訳注 『続高僧伝』 <同 中国・日本篇.14巻> 中央公論社 各.現代語訳

最終更新 2009年8月20日 (木) 08:38 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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