待った

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待った(まった)とは、勝負事において、相手の行動に対して満足な状況でないことによりやり直しを要求する状態である。

相撲用語で力士立合いで息が合わず勝負開始が成立しないことを指す。力士自身が身振り手振りで待ったを示す場合と、手つき不十分で行司が待ったをかける場合があり後者は「行司待った」と呼ばれる。取組中にも、廻しが緩んだり力士が出血をした場合、相撲に動きがなくなると行司が待ったをかけることがある。通常前者を「廻し待った」と呼ぶ。

囲碁将棋では相手の次の手を見て、それが自分が困る手の場合にもう一度前回の自分の手まで戻って指し直しをすることを求める場合に「待った」という。これは正式にはルール違反である。

以下に相撲の場合を述べる。

目次

[編集] 概説

本来は相撲の立合いには時間制限がなかったから、互いの息が合うまでは待ったをしてよかったが、大相撲などにおいては現在では制限時間が設けられている。そのため、逆に制限時間内では始まらないのが当たり前になっている。したがって、普通に「待った」として取り上げられるのは、制限時間以降のことである。大相撲では制限時間一杯になると行司が「待ったなし!」「待ったありません!」と声を掛ける。

それ以降は、原則としては立つ(相撲を始める)必要があるから、特別な理由で待ったをする場合、はっきりとした意思表示が必要である。普通は待ったをする力士が前に片手をあげることで意思表示し、行司がこれを認めて相撲を止めることで成立する。時に待ったをしたつもりで相撲を止めたが行司が立合い成立を認め、そのため相手に一方的に押し出され、負けとなる例がある。

制限時間に立てない理由は様々であるが、よく言われるのは制限時間内で見合う際に呼吸を合わせることをしない、という点である。まだ立たなくてよい、とおざなりに見合っていては、本番時にうまく息が合わない、いつでも立つつもりで見合うべきだと言われる。双葉山大鵬は1回目の仕切りから立てるように仕切っていたと言われ、実際に奇襲のつもりで時間前に仕掛けてきた力士を一蹴したことがある。

これとは別に、相手の気勢を削ぐために待ったをする場合がある。待ったの起源(「大相撲「待った」の由来」の項参照)がこれであるとも言われているが評判のいい作戦ではない。

待ったが増えた場合にはそのような立合いの真剣さが問われたこともあり、待ったを減らすために、1991年9月場所から仕切りの制限時間(幕内4分・十両3分)を過ぎてから待ったをした幕内・十両力士に罰金(幕内10万円・十両5万円)が科せられていたが、1998年9月場所限りで廃止された。

[編集] 大相撲「待った」の由来

立合いの時「待った」をかける力士がいるが、昔は「待った」というルールはなかった。行司が軍配を引くと、どんな場合でも必ず立合わなければならない。ところが「待った」が初めて登場するのは享保時代(17161735年)。無敗の大関初代谷風梶之助を、何とかして負かしたいという関脇八角楯之助が、紀州の名行司尺子一学に「立ち合いは、いくら苦しくともよくこらえて立つべき」との教えを守り、谷風との対戦で「待った」を連発、焦らし戦法でようやく宿敵に勝った。これが「待った」の始まりとされているが、戦略的にはこれ以前にもあったという説もある。

[編集] エピソード

慶応元年(1865年)11月場所、新大関の鬼面山谷五郎(のち横綱)-前頭6枚目両國梶之助(のち3代伊勢ヶ濱)の対戦で、両國の待ったが60数回、鬼面山が30数回と延々2時間以上に及び、日もすっかり暮れて、どちらかの歯から出血したのを機に勝負預りになったという珍記録が残っている。

[編集] その他

  • 重要なイベントなど切羽詰っていることを「…まで待ったなし」と表現する。
  • 囲碁将棋で、一度指した手を指し直すこと。ハガシ。公式ルールでは即座に反則負け。加藤一二三はこれで処分を受けたことがある。縁台将棋などではごく普通に行われる。パソコンソフトの囲碁や将棋では「待った」機能がついている例もある。上達のためには待ったをしないことが重要であるといわれる。
  • スポーツやなどで、相手に優勝がかかる試合などで勝利した場合に「待ったをかけた」という表現がされることがある。


執筆の途中です この「待った」は、相撲に関連した書きかけ項目です。記事を加筆・訂正してくださる協力者を求めていますPJ相撲)。

最終更新 2009年11月21日 (土) 14:15 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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