御前会議

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ポツダム宣言の受諾を決定した御前会議。
(1945年8月14日)

御前会議(ごぜんかいぎ)とは、大日本帝国憲法下の日本において、天皇も出席して重要な国策を決めた会議である。

目次

[編集] 概要

広義には、官制上天皇親臨が定められていた枢密院会議、また王政復古直後の小御所会議や、天皇臨席の大本営会議なども御前会議といえる。しかし、狭義には、戦争の開始と終了に関して開かれた、天皇・元老・閣僚・軍部首脳の合同会議を指す。

1894年に対開戦(日清戦争)を決定したのが最初。以後、三国干渉日露戦争などに際して開催され、1938年以後には日中戦争の処理方針、日独伊三国同盟、対米英蘭開戦(真珠湾攻撃)などを決定した。

御前会議には法制上の根拠はなかった。御前会議での決定は、ただちにそのまま国家意思の決定となるのでなく、改めてその内容について正式の手続(例えば閣議)の諮問を経てから正式に決定された。

[編集] 構成員

[編集] 日中戦争以後の御前会議

1938年に復活して以降について記す。

開催年月日 議題 内閣
1 1938年1月11日 支那事変処理根本方針 第1次近衛内閣
2 1938年11月30日 日支新関係調整方針 第1次近衛内閣
3 1940年9月19日 日独伊三国同盟条約 第2次近衛内閣
4 1940年11月13日 支那事変処理要綱に関する件ほか 第2次近衛内閣
5 1941年7月2日 情勢の推移に伴う帝国国策要綱 第2次近衛内閣
6 1941年9月6日 帝国国策遂行要領 第3次近衛内閣
7 1941年11月5日 帝国国策遂行要領 東條内閣
8 1941年12月1日 対米英蘭開戦の件 東條内閣
9 1942年12月21日 大東亜戦争完遂の為の対支処理根本方針 東條内閣
10 1943年5月31日 大東亜政略指導大綱 東條内閣
11 1943年9月30日 今後採るべき戦争指導の大綱ほか 東條内閣
12[1] 1944年8月19日 今後採るべき戦争指導の大綱ほか 小磯内閣
13 1945年6月8日 今後採るべき戦争指導の基本大綱 鈴木内閣
14 1945年8月9日 ポツダム宣言受諾の可否について 鈴木内閣
15 1945年8月14日 ポツダム宣言受諾の最終決定 鈴木内閣

[編集] 脚注

  1. ^ 第12回より、「御前に於ける最高戦争指導会議」の名称で開かれている

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月24日 (火) 15:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【御前会議】変更履歴

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