御殿場線
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| 御殿場線 | |
|---|---|
| 路線総延長 | 60.2 km |
| 軌間 | 1067 mm |
| 電圧 | 1500V (直流) |
| 最大勾配 | 25 パーミル |
御殿場線(ごてんばせん)は、神奈川県小田原市の国府津駅から静岡県御殿場市の御殿場駅を経て静岡県沼津市の沼津駅に至る東海旅客鉄道(JR東海)の鉄道路線(幹線)である。
目次 |
[編集] 概要
明治時代から昭和時代初期にかけては東海道本線の一区間であり、複線化も行われていた。だが1934年(昭和9年)12月1日の丹那トンネル開通に伴い、東海道本線は熱海経由に変更され、国府津 - 沼津間は支線の御殿場線となり、太平洋戦争中の1944年(昭和19年)には単線化された。しかし現在もなおトンネルや橋脚などに複線時代の面影が残っている[1]。鉄道唱歌の歌詞は、丹那トンネル開通前に発表されたため、国府津 - 沼津が現在の御殿場線経由となっている。
富原薫作詞の童謡『兵隊さんの汽車』は旧陸軍の演習場があった御殿場線を舞台にしているといわれている。この童謡は戦後『汽車ポッポ』と歌詞が改められて広く愛されている。
JR東海が管轄する在来線では唯一、関東地方に乗り入れている路線となっているが、SuicaやPASMOなどのIC乗車カードは利用可能とはなっていない。御殿場 - 沼津間においては2010年春にTOICAおよびこれと相互利用可能な各カードが利用可能となる予定である。
[編集] 路線データ
- 管轄(事業種別):東海旅客鉄道(第一種鉄道事業者)・日本貨物鉄道(第二種鉄道事業者)
- 路線距離(営業キロ):60.2km
- 軌間:1067mm
- 駅数:19駅(起終点駅含む)
- 複線区間:なし(全線単線)
- 電化区間:全線電化(直流1500V)
- 閉塞方式:自動閉塞式(特殊)
- 運転指令所:静岡総合指令所
全線がJR東海静岡支社の管轄である。ただし国府津駅構内はJR東日本横浜支社の管轄で構内にある第一場内信号所が線路上の会社境界になっている。
[編集] 沿線風景
| 駅・施設・接続路線 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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御殿場線は、丹那トンネルが開業した1934年まで「函嶺越え」と呼ばれる東海道本線最大の難所であった。当時の蒸気機関車は非力なため、各列車には山越えのための補助機関車(補機)を、下り列車は国府津、上り列車は沼津で停車して連結、途中御殿場で停車して解放した。この補助機関車には、その時代毎に最強力の機関車があてられた。明治時代には、連結器の容量が不足するため、編成の途中に補助機関車を組み込む運用を行っていたほどである。
1930年(昭和5年)から東京 - 神戸間で運転を開始した特急「燕」号は、その停車時間を切り詰めるため、国府津・沼津での補機連結停車はたった30秒、解放は御殿場付近を走行中に無停車で行っていた。なお機関車の走行解放は「燕」に限らず、他の特急列車・急行列車・貨物列車でも行っていた。
1955年(昭和30年)に運転開始した小田急電鉄直通列車には、本格的なものとしては日本初の2基エンジン形気動車(小田急キハ5000形気動車)が用いられるなど、この路線を語る際には常に「急勾配」が不可分である。25‰の勾配の途中に設けられている富士岡駅と岩波駅では、東海道本線時代に使用されていたスイッチバックの跡が残されている[1]。
御殿場線の東半分は酒匂川を遡り、西半分は富士山の麓斜面を駆け下る。車窓の圧巻は御殿場 - 沼津間の富士山の景色。特に御殿場近辺では遮るものなく、間近に迫る。この辺では丁度、宝永火口が正面に見える。愛鷹山が手前に見える頃に沼津に到着する。
[編集] 運行形態
松田駅で小田急小田原線に連絡線経由で連絡し、特急「あさぎり」号が新宿 - 沼津間で相互乗入れを行なっている。この連絡線は小田急の新車を搬入する際にも使われる。
普通列車は国府津 - 沼津間の列車がおおむね1時間毎、その間に御殿場 - 沼津間の区間列車が1・2本運行されているほか、御殿場・山北 - 国府津の区間列車もある。一部列車においてワンマン運転が行われている。
国府津口では夜間に東日本旅客鉄道(JR東日本)の東海道線東京からの直通列車が1本のみあり、山北まで運行されている。沼津口では、2009年3月のダイヤ改正より、東海道新幹線との乗り継ぎを考慮した東海道線三島駅への直通列車が朝夕を中心に上下合わせて16本設定され(うち朝の1本は熱海駅まで)、ほかに富士・静岡方面への直通列車上下1本ずつ設定されている[2]。
[編集] 使用車両
普通列車は313系と211系が使われる。なお、313系3000・3100番台を使用する列車はほとんどがワンマン運転である。
また、国府津 - 山北間の1.5往復(下り2559M、上り2732M・2562M)および東海道本線東京方面からの直通列車(2331M)にはJR東日本のE231系の付属編成が使われる。
特急「あさぎり」には「ワイドビュー」371系電車と小田急20000形電車「RSE」が使われる。20000形電車は2編成、371系電車は1編成のみが製造されたため、371系電車の検査時は「あさぎり」に限って20000形電車が代走する。
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上大井駅付近を走るE231系 |
[編集] 過去の使用車両
- 機関車
- 気動車
- 小田急キハ5000形 - 準急「あさぎり」で小田急から乗り入れた。1968年6月30日限りで気動車準急としての運行は終了。
- キハ51形
- 電車
- 72系 - 電化から1979年まで使用された。通年半自動ドア扱いであった。4両編成で、中間に入る付随車には便所が設置されていた。
- クモハ60形 - 電化当初に72系と混結で使用されたが、後に低屋根化改造され身延線に転じた。
- 165系・167系 - 電化と同時に運行を開始した急行「ごてんば」で乗り入れた。当初は165系3両編成であったが、1981年10月1日からは167系4両編成に変更された。1985年3月13日限りで廃止。
- 小田急3000形「SSE」 - 電化と同時に運行を開始した急行「あさぎり」で乗り入れた。1991年3月15日限りで急行としての運行は終了。
- 113系 - 電化から2007年まで、東海道線からの乗り入れ列車に使用された。グリーン車組み込みの11両編成が、定期列車(東京-御殿場)で使用されていたこともある。
- 115系 - 1979年から2007年までの主力車両。導入当初は4両編成であったが、1984年2月のダイヤ改正を機に3両編成となった。ドアの半自動扱いは導入当初は12月1日から3月31日までだったが、1986年度以降通年行われなくなった。
- 119系 - するがシャトル編成が東海道線からの乗り入れ列車に使用されたが、高速域の性能不足が災いして短期間で撤退した。
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D52形機関車(山北駅に保存されているD52 70) |
[編集] 歴史
一部の橋梁でも複線時代の橋脚がそのまま使用されている(第二酒匂川橋梁)
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東京 - 大阪間の幹線鉄道の一部として1889年に国府津 - 御殿場 - 沼津 - 静岡間が開通した。1896年に線路名称が制定され東海道線と命名、1909年には主な幹線を本線と称するようになり、東海道本線となった。
この間の1891年の小山(現・駿河小山) - 御殿場間を皮切りに現在の御殿場線にあたる区間の複線化が進められ、1901年には国府津 - 沼津間の複線化が完成した。
1934年、丹那トンネルが開通して東海道本線を熱海経由に変更、国府津 - 御殿場 - 沼津間は御殿場線となった。当初線名は「箱根支線」・「箱根線」・「函北線」・「富士山線」など様々な候補があったというが、御殿場町(後の御殿場市)の請願によって現在の名称に決定されたといわれている。
しばらく複線運転を行っていたが、第二次世界大戦時の物資不足から、1944年に山陽本線に編入された柳井線(岩国 - 柳井 - 櫛ヶ浜、この区間の山陽本線は1934年からその時まで現在の岩徳線ルートを採用)の複線化や横須賀線の横須賀 - 久里浜間の建設、樽見鉄道樽見線の橋梁へ転用するため、片方のレールや橋梁が撤去され、1943年には単線化された。現在でも各所に旧東海道本線でもあった複線時代の名残をとどめる廃線跡が散在しており、車窓から確認できる。
小田急電鉄の新松田 - 松田間の連絡線が1955年に開業し、新宿 - 御殿場間直通の準急が気動車で運転開始された。1968年に電化が完成し、小田急からの直通準急(1968年に急行化、現在は特急)も電車に置換えられた。
[編集] 年表
- 1889年(明治22年)2月1日 : 国府津 - 御殿場 - 沼津( - 静岡)間が開業(国府津 - 沼津間は37M38C≒60.31km)[4]。現在の御殿場線にあたる区間に松田駅、山北駅、小山駅(現在の駿河小山駅)、御殿場駅、佐野駅(現在の裾野駅)、沼津駅開業[5]。
- 1891年(明治24年)1月12日 : 御殿場 - 沼津間が複線化。
- 3月1日 : 小山 - 御殿場間が複線化。
- 1896年(明治29年) : 御殿場 - 佐野間に神山ブロック取扱所(後に神山合図所に改称)を開設[5]。
- 4月1日 : 線路名称制定により、東海道線の一部となる。
- 1898年(明治31年)6月15日 : 三島駅(現在の下土狩駅)開業[5]。
- 1900年(明治33年)度 : 神山合図所を神山信号所に変更[5]。
- 1901年(明治34年)2月5日 : 国府津 - 山北間が複線化。
- 6月11日 : 山北 - 小山間が複線化。
- 1902年(明治35年)11月12日 : 営業距離の単位をマイル・チェーンからマイルのみに簡略化(37M38C→37.4M)[4]。
- 1903年(明治36年)1月20日 : 小山 - 御殿場間に足柄信号所を開設[5]。
- 1907年(明治40年)3月15日 : 山北 - 小山間に谷峨信号所を開設[5]。
- 1909年(明治42年)10月12日 : 線路名称制定により、東海道本線の一部となる[4]。
- 1911年(明治44年)5月1日 : 国府津 - 松田間に下曽我信号所を、御殿場 - 佐野間に富士岡信号所・岩浪信号所を開設[5]。神山信号所廃止[5]。
- 1912年(明治45年)7月1日 : 小山駅を駿河駅に改称[5]。
- 1914年(大正3年)9月13日 : 駿河 - 御殿場間に竹ノ下仮信号所を開設[5]。
- 1915年(大正4年)2月15日 : 山北 - 谷峨信号所間に酒匂仮信号所(初代)を、谷峨信号所 - 駿河間に相沢仮信号所を開設[5]。
- 1916年(大正5年)8月28日 : 酒匂仮信号所(2代目)を開設[5]。
- 1922年(大正11年)4月1日 : 信号所を信号場に変更[5]。
- 1925年(大正14年)4月9日 : 山北 - 谷峨信号場間に酒匂仮信号場を開設(廃止日不詳)[5]。
- 1930年(昭和5年)4月1日 : 営業距離の単位をマイルからメートルに変更(37.4M→60.2km)[4]。
- 1934年(昭和9年)10月1日 : 三島駅を下土狩駅に改称[5]。
- 1943年(昭和18年)7月11日 : 国府津 - 沼津間が単線化。
- 1944年(昭和19年)8月1日 : 富士岡信号場を駅に格上げし富士岡駅開業[5]。
- 1946年(昭和21年)1月15日 : 大岡駅開業[5]。
- 1947年(昭和22年)7月15日 : 谷峨信号場を駅に格上げし谷峨駅開業[5]。
- 1948年(昭和23年)6月1日 : 上大井駅開業[5]。
- 1952年(昭和27年)1月1日 : 駿河駅を駿河小山駅に改称[5]。
- 1955年(昭和30年)9月1日 : 旅客列車に気動車を導入。
- 10月1日 : 小田急電鉄の新松田 - 松田間の連絡線開業。新宿 - 御殿場間直通の準急運転開始。小田急電鉄はキハ5000形気動車を新造し、小田急電鉄の乗務員が全区間を通しで担当。
- 1956年(昭和31年)12月25日 : 東山北駅、相模金子駅開業[5]。
- 1962年(昭和37年)7月20日 : 南御殿場駅開業[5]。
- 1968年(昭和43年)4月27日 : 国府津 - 御殿場間が電化。
- 7月1日 : 御殿場 - 沼津間が電化。小田急電鉄からの乗り入れ車両がキハ5000形気動車から3000形電車「SSE」に置き換えられる。
- 1979年(昭和54年)10月16日-18日 : 72系電車のさよなら運転実施。以後線内運転列車は115系に置換えられる。
- 1982年(昭和57年)11月15日 : 下曽我 - 沼津間の貨物営業を廃止[4]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 : 国鉄分割民営化により東海旅客鉄道が承継[4]。日本貨物鉄道が全線の第二種鉄道事業者となる(下曽我 - 沼津間の貨物営業再開)[4]。
- 1989年(平成元年)12月16日 : 全線に列車集中制御装置 (CTC) 導入[6]。
- 1990年(平成2年)3月10日 : 自動進路制御装置 (PRC) 使用開始[6]。
- 1991年(平成3年)3月16日 : 小田急電鉄からの乗り入れ急行「あさぎり」を特急へ格上げ、運転区間を新宿 - 沼津間に拡大してJR東海との相互乗り入れに(松田駅で乗務員を交代)。JR東海は371系電車を新造、小田急電鉄は3000形電車「SSE」から20000形電車「RSE」に置き換え。
- 1994年(平成6年)11月27日 : 御殿場線60周年記念でキハ80系気動車を使用した「御殿場線60周年記念号」を、沼津 - 下曽我間で運転。
- 1999年(平成11年)6月1日 : 313系の定期運用を開始。
- 12月4日 : 一部列車でワンマン運転開始。
- 2002年(平成14年)9月7日 : 長泉なめり駅開業[6]。
- 2004年(平成16年)10月16日 : ダイヤ改正で東京駅直通列車が1往復のみとなる。
- 2007年(平成19年)2月14日 : 115系の定期運用を終了。
- 2010年(平成22年) : TOICAが御殿場駅 - 沼津駅間で導入予定。
[編集] 駅一覧
| 駅名 | 駅間営業キロ | 累計営業キロ | 接続路線 | 列車交換 | 所在地 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 国府津駅 | - | 0.0 | 東日本旅客鉄道:東海道本線[* 1] | ∨ | 神奈川県 | 小田原市 |
| 下曽我駅◇ | 3.8 | 3.8 | ◇ | |||
| 上大井駅 | 2.7 | 6.5 | ◇ | 足柄上郡 大井町 |
||
| 相模金子駅 | 1.8 | 8.3 | | | |||
| 松田駅◇ | 1.9 | 10.2 | 小田急電鉄:小田原線(新松田駅) | ◇ | 足柄上郡 松田町 |
|
| 東山北駅 | 2.9 | 13.1 | | | 足柄上郡 山北町 |
||
| 山北駅 | 2.8 | 15.9 | ◇ | |||
| 谷峨駅 | 4.1 | 20.0 | ◇ | |||
| 駿河小山駅 | 4.6 | 24.6 | ◇ | 静岡県 | 駿東郡 小山町 |
|
| 足柄駅 | 4.3 | 28.9 | ◇ | |||
| 御殿場駅 | 6.6 | 35.5 | ◇ | 御殿場市 | ||
| 南御殿場駅 | 2.7 | 38.2 | | | |||
| 富士岡駅 | 2.4 | 40.6 | ◇ | |||
| 岩波駅 | 4.7 | 45.3 | ◇ | 裾野市 | ||
| 裾野駅 | 5.4 | 50.7 | ◇ | |||
| 長泉なめり駅 | 2.8 | 53.5 | | | 駿東郡 長泉町 |
||
| 下土狩駅 | 2.1 | 55.6 | ◇ | |||
| 大岡駅 | 2.2 | 57.8 | | | 沼津市 | ||
| 沼津駅◆ | 2.4 | 60.2 | 東海旅客鉄道:東海道本線 | ∧ | ||
[編集] 廃止信号場
括弧内は国府津駅起点の営業キロ。
- 酒匂仮信号所 : 1916年廃止、山北 - 谷峨間(約18.4km)
- 酒匂仮信号場 : 廃止日不詳、山北 - 谷峨間(約18.7km)
- 相沢仮信号所 : 1915年廃止、山北 - 谷峨間(約22.2km)
- 松沢仮信号所 : 1915年廃止、駿河小山 - 足柄間(約26.4km)
- 竹ノ下仮信号所 : 1915年廃止、駿河小山 - 足柄間(約28.3km)
- 神山信号所 : 1911年廃止、富士岡 - 岩波間(約42.4km)
[編集] 過去の接続路線
[編集] 関連項目
[編集] 出典
- ^ い ろ 「新版まるごとJR東海ぶらり沿線の旅」 七賢出版、1998年
- ^ JR時刻表 2009年3月号(交通新聞社)、東部地方ダイヤ改正のご案内PDF - 東海旅客鉄道。2009年4月28日閲覧
- ^ 「湯沢平公園のSL」2009年4月10日 静岡新聞(朝刊)P18
- ^ い ろ は に ほ へ と ち 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 1』 JTB、1998年、155頁
- ^ い ろ は に ほ へ と ち り ぬ る を わ か よ た れ そ つ ね な ら む う ゐ の お く や ま け 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 2』 JTB、1998年、84-87頁
- ^ い ろ は 『東海旅客鉄道20年史』 東海旅客鉄道、2007年
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年9月14日 (月) 17:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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