徳島新聞
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徳島新聞(とくしましんぶん)は徳島県の県域新聞。新聞社としては珍しく公益法人の「社団法人徳島新聞社」が発行している。
目次 |
[編集] 概要
- 発行部数は約26万部。県内普及率は約87%と、長年に渡って普及率全国一の座を守り続けている。しかしこの為、徳島県では他県に比べて全国紙の普及率が極端に低くなっており「保守的な徳島の象徴」と揶揄される事も少なくない。
- 但し、紙面はジェンダーフリーを全面的に支持したり(2003年6月30日社説)、政府の政策に批判的な記事を載せるなどリベラル(左派的)なスタンスを持っているとされる。その一方、高速道路建設・道路特定財源見直しには一貫して反対していた。「青少年の保護」を理由とする表現規制に肯定的である(2006年1月18日社説)。ネットのニュース欄の広告では「小沢一郎政治塾の募集」などがあるように民主党を応援しているように思われる。
- 県内における通称は「とくしん」。
- ニコニコ動画に公式動画チャンネル「Ugoくん」を2008年12月に開設した。(地方新聞社では佐賀新聞社に次ぐ2社目。)
[編集] 沿革
- 1876年4月21日 益田永武らにより『普通新聞』創刊[1]
- 1888年 石田真二により『徳島新報』創刊
- 1889年 『普通新聞』が『徳島日日新聞』に改題
- 1898年 首藤貞吉により『徳島毎日新聞』創刊
- 1904年 『徳島日日新聞』と『徳島新報』が合併し『徳島日日新報』となる
- 1941年 新聞統制(新聞統合、1県1紙制)により「徳島日日新報社」と「徳島毎日社」が統合し「株式会社徳島新聞社」が発足、12月15日付夕刊より『徳島新聞』を発行
- 1944年 「株式会社徳島新聞社」が「社団法人徳島新聞社」に改組
- 1944年6月1日 「社団法人徳島新聞社」による『徳島新聞』第1号を発刊
- 1946年8月15日 『徳島民報』創刊
- 1954年10月30日 『徳島新聞』に『徳島民報』合併
- 1962年4月1日 徳島市幸町に徳島新聞会館を新築
- 1985年3月21日 徳島市中徳島町(徳島市民プール跡地)に新聞放送会館を新築、本社移転
- 1985年7月9日 朝夕刊のすべてのCTS(電算写真植字システム)化完了
- 1994年6月1日 創刊50周年(1944年の社団法人化から数えて)
- 2004年6月1日 創刊60周年
- 2006年4月21日 『普通新聞』創刊から数え130周年[2]
[編集] 紙面
[編集] テレビ欄
徳島新聞のテレビ欄は、他紙とは違い、最終面ではなく中面に掲載。(ただし夕刊では最終面に掲載)地方紙で中面にテレビ欄を掲載しているのは、他に静岡新聞、東京新聞、紀伊民報等の例がある。フルサイズの部分にはテレビ大阪を除く関西キー局+四国放送、NHK徳島が掲載され、ハーフサイズの部分にはテレビ大阪、サンテレビ、テレビ和歌山、放送大学に加え、県西部で視聴出来る香川・岡山地区の放送局(テレビせとうちは除く)が掲載されている。(衛星放送、BSデジタル放送はハーフサイズでの掲載)
フルサイズで掲載
- NHK徳島総合テレビジョン(3ch・D3)
- NHK徳島教育テレビジョン(チャンネル表示は大阪の12chと、徳島の38chを併記している。D2)
- 毎日放送(4ch・D4)
- 朝日放送(6ch・D6)
- 関西テレビ(8ch・D8)
- 読売テレビ(10ch・D10)
- 四国放送(1ch・D1)
ハーフサイズで掲載
- テレビ大阪(19ch・D7)
- サンテレビ(36ch・D3)
- テレビ和歌山(55ch=御坊局。親局は和歌山30ch・D5)
- 放送大学(CS205ch)
- 西日本放送(9ch・D4)
- 山陽放送(11ch・D6)
- 岡山放送(OHK)(35ch・D8)
- 瀬戸内海放送(57ch=小豆島局。親局は岡山25ch・D5)
[編集] ラジオ欄
テレビ・ラジオの番組情報もこの面にあわせて掲載されている。
※Kiss-FM KOBEは2006年限りで掲載されなくなった。またFM大阪もハーフサイズとなった。
[編集] 漫画
- 朝刊
- 中日新聞、西日本新聞などブロック紙3社連合の新聞に連載していた佃公彦の4コマ漫画(実際は3コマ漫画)『ほのぼの君』を掲載していたが、2007年3月8日付で作者がパーキンソン病で絵筆が握れなくなったことから降板を申し入れ、終了した。作者が少年時代を徳島県で過ごしたという縁もあり、時折インタビュー記事などが載る事もあった。
- 2007年7月1日からは後継作品としてさくらももこの『ちびまる子ちゃん』が連載開始(ブロック紙3社連合や神戸新聞、中国新聞、河北新報でも掲載)。同作品が4コマで新聞連載されるのは初のことである。連載当初は日曜・祝日のみカラーでそれ以外の日はモノクロで掲載されていたが、2008年4月1日以降は連日カラーで掲載されている。
- 夕刊
[編集] 徳島新聞社
『徳島新聞』は、新聞社としては珍しく、公益法人の「社団法人徳島新聞社」が発行している(社団法人には他に名古屋タイムス=夕刊専売があったが、2008年事実上廃刊。法人も清算・解散されたため、現状社団法人格の運営は当新聞のみとなっている)。法人の所管官庁は徳島県教育委員会。社団法人化は、第二次世界大戦中の1944年に行われ[3]、終戦後も株式会社化されず、社団法人のままである。「公共の福祉を守る」「社会に先駆する」「文化の灯となる」「県民と共に行く」「まず自らを試す」[4]を信条としている。ただ、法人の定款や事業報告書など、公益法人として積極的に公開することが望ましいとされる情報[5]を、自社のウェブサイトには公開していない(徳島県教育委員会での閲覧は可能)。
[編集] 拠点一覧
[編集] 本社
- 徳島市中徳島町二丁目5番地2 郵便番号770-8572
[編集] 支社
[編集] 支局
- 鳴門支局:鳴門市撫養町南浜字東浜
- 松茂支局:板野郡松茂町笹木野
- 板野支局:板野郡板野町大寺字大向
- 小松島支局:小松島市小松島町新港
- 阿南支局:阿南市学原町烏帽子池
- 石井支局:名西郡石井町石井
- 吉野川支局:吉野川市鴨島町西麻植
- 阿波支局:阿波市香美
- 美馬支局:美馬市脇町拝原
- 池田支局:三好市池田町マチ
- 那賀支局:那賀郡那賀町土佐
- 日和佐支局:海部郡美波町奥河内
- 牟岐支局:海部郡牟岐町中村
[編集] 関連会社
- 徳島新聞販売所
- JRT四国放送
- 四国放送サービス(JRT-s)
- エフエム徳島(FM TOKUSHIMA)
- 徳島興発(吉野川遊園地、徳島ホール(映画劇場),新聞放送会館他を運営)
- 徳島ヴォルティス(大塚FCの運営会社 徳島新聞販売所が出資)
- スタッフクリエイト(旧:徳島テレメッセージ(KTT))
- 徳島出版
- テック情報(旧:徳島電算センター)
- 四国システム開発(日本IBM、阿波銀行,伊予銀行,四国銀行,百十四銀行,讃州製紙他と出資)
[編集] 脚注
- ^ 「新聞で見るとくしま 20世紀こぼれ話」(『徳島新聞』1999年5月1日から2001年2月10日まで連載)
- ^ 「21日創刊130周年 徳島新聞、前身の普通新聞から」(『徳島新聞』2006年4月21日)
- ^ 吉田則昭「戦時期メディア界再編成の理論と実際 −資本・権力の相剋する場としての新聞新体制」(『立教大学大学院社会学年報』No.9、2002年)は、情報局の方針、戦時における「公益性」の発揚として、社団法人化があったと考察している。
- ^ 「われらの信条」 徳島新聞社案内
- ^ 「インターネットによる公益法人のディスクロージャーについて」(2001年8月28日 公益法人等の指導監督等に関する関係閣僚会議幹事会申合せ)は、公益法人の定款や役員名簿、社員名簿(出資者の名簿)、事業報告書、収支計算書、正味財産増減計算書、貸借対照表、財産目録、事業計画書、収支予算書をインターネット上に公開することが望ましいとしている。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月26日 (木) 16:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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