心的外傷後ストレス障害

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心的外傷後ストレス障害
分類及び外部参照情報
ICD-10 F43.1
ICD-9 309.81
DiseasesDB 33846
MedlinePlus 000925
eMedicine med/1900 
MeSH D013313

心的外傷後ストレス障害(しんてきがいしょうごストレスしょうがい)またはPTSDPost-traumatic stress disorder)とは、心に加えられた衝撃的な傷が元となり、後になって様々なストレス障害を引き起こす疾患のことである。

の傷は、心的外傷またはトラウマ(本来は単に「外傷」の意だが、日本では心的外傷として使用される場合がほとんどである)と呼ばれる。トラウマには事故・災害時の急性トラウマと、児童虐待など繰り返し加害される慢性の心理的外傷がある。

よって心的外傷後ストレス障害は、地震洪水火事のような災害、または事故戦争といった人災や、テロ監禁虐待強姦など犯罪など、多様な原因によって生じうる。

目次

[編集] 症状

以下の3つの症状が、PTSDと診断するための基本的症状であり、これらの症状が1ヶ月以上持続している場合にはPTSD、1ヶ月未満の場合にはASD(急性ストレス障害)と診断する(DSM-4 TR)。

  • 精神的不安定による不安、不眠などの過覚醒症状。
  • トラウマの原因になった障害、関連する事物に対しての回避傾向。
  • 事故・事件・犯罪の目撃体験等の一部や、全体に関わる追体験(フラッシュバック

患者が強い衝撃を受けると、精神機能はショック状態に陥り、パニックを起こす場合がある。そのため、その機能の一部を麻痺させることで一時的に現状に適応させようとする。そのため、事件前後の記憶の想起の回避・忘却する傾向、幸福感の喪失、感情鈍麻、物事に対する興味・関心の減退、建設的な未来像の喪失、身体性障害、身体運動性障害などが見られる。特に被虐待児には感情の麻痺などの症状が多く見られる。

精神の一部が麻痺したままでいると、精神統合性の問題から身体的、心理的に異常信号が発せられる。そのため、不安や頭痛・不眠・悪夢などの症状を引き起こす場合がある。とくに子供の場合は客観的な知識がないため、映像や感覚が取り込まれ、はっきり原因の分からない腹痛、頭痛、吐き気、悪夢が繰り返される。

[編集] 特徴と診断

主に以下のような症状の有無により、診断がなされる。

恐怖・無力感
自分や他人の身体の保全に迫る危険や事件その人が体験、目撃をし、その人の反応が強い恐怖、無力感または戦慄に関わるものである。
心的外傷関連の刺激の回避や麻痺
心的外傷体験の想起不能や、感情の萎縮、希望や関心がなくなる、外傷に関わる人物特徴を避ける等。
反復的かつ侵入的、苦痛である想起
悪夢(子供の場合はっきりしない混乱が多い)やフラッシュバック、外傷を象徴するきっかけによる強い苦痛
過度の覚醒
外傷体験以前になかった睡眠障害、怒りの爆発や混乱、集中困難、過度の警戒心や驚愕反応

これらの症状が1か月以上持続し、社会的、精神的機能障害を起こしている状態を指す。症状が3か月未満であれば急性、3か月以上であれば慢性と診断する。大半のケースはストレス因子になる重大なショックを受けてから6か月以内に発症するが、6か月以上遅れて発症する「遅延型」も存在する。

記憶

現在から過去にさかのぼる「出来事」に対する記憶が、診断に重要である。しかしながら、1)重大な「出来事」の記憶 2)それほど重大でなかったが事後的に記憶が再構成される 3)もともとなかった「出来事」が、あたかもあったかのように出来事の記憶となる このような3つの分類ができる点に留意する必要があろう。

[編集] 嗜癖行動との関連

PTSDを持つ人はしばしばアルコール依存症薬物中毒といった嗜癖行動を抱えるが、それらの状態は異常事態に対する心理的外傷の反応、もしくは無自覚なまま施していた自己治療的な試みであると考えられている。しかし、嗜癖行動を放置するわけにはいかないので、治療はたいがい、まずその嗜癖行動を止めることから始まる。

[編集] 脳への影響

PTSDは、内に永続的な変化をもたらす。とくに心的外傷が幼少期などの成長過程で起きると、脳の発育にダメージをあたえ、海馬の不発達や萎縮、扁桃体領域の血流障害、ブローカ中枢部の機能低下などを起こす。

その結果、成人の場合でも原因となった刺激があまりにも強すぎた場合、一生涯、食事も一人では取れなくなるなど生活に重度の支障を来す場合もある。

これら機能障害は、顕著な海馬の萎縮などの場合を除いて、CTスキャンやMRIなど、従来の撮影システムで発見されるなど器質的に判別できるものとは限らない。そのため「精神障害は必ず脳の器質異常が検出されるもの」などといった、旧来然とした精神医学観をいまだに持っている者に、PTSDを患う者が詐病扱いされるなどの外傷の二次災害が起こりやすい。
こうした病理的特徴を再帰性といい、このような経緯でPTSDが治らない、あるいは悪化することを再犠牲者化(revictimization)という。

上記のようなPTSDの脳への影響は、現代の脳科学ではたとえ器質的に検出できなくとも、機能的障害として残ることは多くの研究で証明されている。ときには、人格形成に破壊的な影響を及ぼす。こういう事例にあてはめて「本人の意思」云々を議論することは有害であっても益は少なく、少なくとも治療的ではない。

fMRI(functional MRI)など、2009年現在アメリカで実用化が進められている脳の画像撮影システムでは、CT scanやMRI、RIなど従来の方法では可視化できなかった、上述のような脳の(器質的ではない)機能障害も可視化できるのではないか、という期待も持たれている。

[編集] 治療法

PTSDは通常の処理能力を超えた極端なストレスが引き起こす生化学のメカニズムによるものとも考えられているため、深刻な過去の外傷からの回復を試みる患者にとっては、意識的なコントロールが及ばない領域の現象であるため、しばしばPTSDからの回復は困難を極める。

治療は通常、薬物治療精神療法の双方が用いられる。心理的外傷となる出来事への情緒的な反応を解決するには、薬物療法などの助けも借りながらも、ナラティブセラピーが最も有効だと考えられている。また、近年ではEMDRも効果的な治療方法として注目を集めている。

PTSDにおける回復とは、事件を繰り返し整理し、異常な状況や事件を思い出すことによる無力感や生々しい苦痛に襲われなくなる状況や、それに強く影響されず、最低限の生活ができるようになった状況を指す。

しかし、後遺症としてストレスホルモンによる海馬の萎縮、脳機能の低下が起きているので、この記憶処理作業には大変な困難がつきまとう。扁桃体の興奮によって「焼き付けられた異常」の処理は難しい。

[編集] 歴史

PTSDの研究には、大きく分けて三つの流れがある。「ヒステリー研究」「戦闘ストレス反応」「性的・家庭内暴力」の三つである。

[編集] ヒステリー研究

[編集] シャルコーによる研究

第一の流れは、19世紀後半から始まったヒステリー研究、女性の心的外傷の原型である。19世紀後半、フランスの神経学者ジャン=マルタン・シャルコーによってヒステリー研究がされる。シャルコーは患者の運動麻痺、感覚麻痺、痙攣、健忘に注目した。シャルコーはヒステリーを大神経症と呼び、患者を解説のため大衆の前に展示した。ヒステリー患者は、絶え間ない暴力やレイプを逃れてきた若い女性たちであった。シャルコー以前の時代にはヒステリー患者たちの訴えは疑われ、詐病とされていたが、この研究によって患者たちの訴えることは真正であり、客観的なものであるとの証明がなされ、新たな研究分野として確立されたのである。シャルコーは死後、「迫害されてきた人たちを解放したパトロン」と呼ばれる。

[編集] フロイト・ジャネ・ブロイアーによる研究

シャルコー後、この分野の研究をしたものは症状に注目したシャルコーに対し、原因に注目をした。中でもピエール・ジャネジークムント・フロイトのライバル意識は強く、彼等は患者との対話によって新しい発見者になろうとした。この研究法は大きな成果をもたらし、それぞれ近い結論に辿り着いた。外傷的な出来事に関する、耐え難い情動反応が一種の変成意識をひきおこし、この変成意識がヒステリー症状を生んでいるという結論である。ジャネはこれを「解離」と呼び、ヨーゼフ・ブロイアーとフロイトは「二重意識」と呼んだ。

[編集] ナラティブセラピーの発生

ヒステリーにおける身体症状は、強烈な心理的混乱をひきおこす事件が、不自然な形で記憶から追放されたために形を変えて現れたものだと分かった。1890年代半ばまでには、外傷記憶とそれに伴う強烈な感情を取り戻させ、言語化することによってヒステリー症状が軽快するという発見もされた。

どんな薬物療法も精神療法技法も用いない、素朴ともいえるこの治療法は、フロイトによって除反応(Abreaktion)またはお話し療法、ブロイアーによってカタルシス療法と呼ばれたが、これが現在のナラティブセラピーNarative Therapy)の原型であり、なおかつ精神分析療法の基礎ともなっている。

現在ではPTSD患者やアダルトサヴァイヴァーの治療の全行程は、ここに始まりここに終わるといっても過言ではなく、今日では「嘆きの作業(グリーフワーク)」(Grief Work)ともいう。

[編集] 戦闘ストレス反応

第二の流れは、砲弾神経症(シェルショックともいう)、戦闘ストレス反応である。この研究は、第一次世界大戦における塹壕戦の経験を踏まえ、戦後米国と英国から始まり、ベトナム戦争後に頂点を極めた。戦闘ストレス反応は、戦争において精神的に崩壊する兵士が驚くべき多数に上ったことから認知されはじめた。

友人たちの手足が一瞬にして吹き千切れるのを見、閉じ込められ孤立無援状態におかれたり、一瞬にして吹き飛ばされ殺されるという恐怖から気を緩める暇もないという状況が、驚くべき現象を生み出したのである。兵士たちはヒステリー患者と同じ行動をし始めた。金切り声ですすりなき、金縛りで動けなくなった。感情が麻痺し、無言、無反応となった。健忘が激しくなった。

軍の伝統的な立場のものは、この現象を臆病者であるからだと結論し、処罰と脅迫による電気ショック治療を提唱した。進歩的なものは、これを士気の高い兵士にも起こりうるれっきとした精神障害であると人道的治療を進めた。その後の調査の過程で、これらの一部の状態に対してASDやPTSDという名称がつけられたのである。

しかし、戦争のときに使われた化学兵器などの影響があるかもしれないと考えられている。

[編集] 性的・家庭内暴力

第三の流れは、ごく最近認知されてきた性的暴力家庭内暴力の外傷である。19世紀後半のヒステリー研究は、性的暴力の研究でつまづいてしまった。当時は、家庭内に性的暴力が多く存在するといった概念がなかったため、フロイトがその研究を退けたのである。

[編集] PTSDの疾病概念を批判的に再検討する流れ

ここまで、PTSDの歴史を述べてきた。“The Harmony of Illusions: Inventing Post-Traumatic Stress Disorder”(『PTSDの医療人類学』)[1]は、その疾病概念がいかに構成され現実化してきたのかを批判的に問うている。

PTSDに関する多くの研究や発展は戦闘帰還兵を対象にしたものであった。最も頻度の多いPTSDは、戦争における極限状態が生み出す外傷より、市民生活の中での性的暴力や家庭内暴力であるといった認識がなかったのである[2]

家族という密室を隠れ蓑にして、幼少時から長期にわたり、親をはじめとした大人たちから受けるさまざまな形の児童虐待が、はるか後年、成人してから多様な症状を生じさせることが発見され、PTSDの一種として検討されるようになった。ジュディス・ハーマンJudith Herman)は「複雑性トラウマ(complex trauma)」[2]、ヴァン・デル・コルクは「複合型トラウマ」(combined-type trauma)[3]という概念を提示している。

[編集] 現状

犯罪の被害者や交通事故や自然災害の被災者などにも同様の診断が示されることとなり、PTSDの診断名は広く一般的に使用されるに至った。

日本では阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件新潟少女監禁事件JR福知山線脱線事故の時に広く病名が知られるようになった。また、1996年TBSテレビドラマ真昼の月』も用語の普及を促したと考えられる。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  1. ^ Young, A.:"The Harmony of Illusions: Inventing Post-Traumatic Stress Disorder", Princeton University Press,1995 ISBN 0-691-01723-9(邦訳 A.ヤング著 中井 久夫・大月 康義・下地 明友・ 辰野 剛・内藤 あかね訳 『PTSDの医療人類学』 みすず書房,2001年 ISBN 4-622-04118-9)
  2. ^ Harman, J.L.:"Trauma and Recovery", Basic Books, New York, 1992(邦訳 J.L.ハーマン著 中井久夫訳『心的外傷と回復』みすず書房, 2004年,第6版,第1章 ISBN 4-622-04113-8
  3. ^ van der Kolk, B.A.:"Trauma and Memory", Psychiatry and Clinical Neurosciences, 1998年, 52 (Suppl.), pp97-109

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月22日 (日) 10:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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