志村けんのだいじょうぶだぁ

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志村けんのだいじょうぶだぁ
ジャンル バラエティ番組
放送時間 毎週月曜 20:00 - 20:54(54分)
放送期間 1987年11月16日 - 1993年9月27日
放送国 日本
制作局 フジテレビ
プロデューサー 井澤健
出演者 志村けん
田代まさし
松本典子
桑野信義
渡辺美奈代
いしのようこ
松居直美 ほか

特記事項:
企画制作:イザワオフィス

志村けんのだいじょうぶだぁ』(しむらけんのだいじょうぶだぁ)とは、1987年11月16日から1993年9月27日までフジテレビ系列(FNNFNS)で放送されていたお笑いバラエティ番組志村けん冠番組である。

目次

[編集] 番組概要

  • 1987年11月にスタートした、志村にとって初めてのソロでのコントメイン番組にあたり、その後もタイトル・時間帯等の変更を続け、20年以上に渡り、志村のコント番組は継続中。また、最近でも単発でスペシャル(後述)が放送されている。
  • フジテレビが制作しているが、「ドリフ大爆笑」などと同様に、権利は志村が所属するイザワオフィス渡辺プロダクションの子会社)にあることとされ、クレジットも「制作著作 フジテレビ」ではなく「企画制作 イザワオフィス」と表記されている。
  • コンセプトは、志村本人が若かりしき頃や遊びに行ったなどにひらめいたシチュエーションをヒントにしたショートコントをメインとしている。
  • さらには、大物俳優をゲストに迎えたショートコントも目玉で、俳優陣もパイをぶつけられたり、派手な衣装やメイクをしたり、ずぶぬれになったり、プライドや恥を捨てたとも言える大胆な芝居を繰り広げていた。
  • 番組タイトルは当時TBS系で放送していた「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」で志村が扮していた「だいじょうぶだぁ教」から来ている。

[編集] 出演者

[編集] レギュラー

主に後半コーナーの出演

(以上のメンバーを総称して「だいじょうぶだぁファミリー」と呼んでいた)

[編集] 常連ゲスト

[編集] ゲスト(一部)

[編集] 主なコント・キャラクター

[編集] 変なおじさん

『だいじょうぶだぁ』発でもっとも有名と思われるキャラクターであり、コントである。

詳細は「変なおじさん」を参照

[編集] じいさんばあさん

番組開始当初はスタジオで収録されていたが、後に観客を入れた公開収録になった。開始時に「御存知!じいさんばあさん」というタイトルスーパーが表示され、舞台の幕が上がると3人が座っている段取りに。婆さん(志村)、爺さん(田代)、孫娘(松本)の3人がコタツに入り世間話をするが、婆さんが話を大きく脱線させるので爺さんがツッコミ(乗りツッコミの場合も)をする展開。このコントはお約束の宝庫で、志村と田代の「婆さんや!爺さんや!」の掛け合いに始まり、その後も隙あらば往年のヒット曲の一節や替え歌が飛び出す。一例を挙げるだけでも、

  • にっちもさっちもいかなくなると「ブルドッグ
  • うわさ話を話題になると「どうにもとまらない」後に志村の持っているウッドブロックの音に合わせ股を突き出す。
  • 「ボケてんじゃねぇよ!」「プレイバックPart2(ボケにしないでよ~ジャカジャン!)」後に右手を上にあげて下ろす時にフェイントをかけるようになった(後半のゲームコーナーのタイトルコールでも「ジャカジャン!」だけ使われていた)
  • 「とぼけてんじゃないよ!」のツッコミの後「バンバンバン
  • 「その話は置いといて…」志村または田代が荷物を持つふりをしてある所に置き、こたつに置くと前の話題になる。
  • 「甘えてんじゃないよ!」から「愛と死をみつめて(爺さん、甘えてばかりでごめんね)」
  • 「嘘ばっかついてんじゃねぇよ!」から「UFO(うっそ~!タカタタンタン…)と仏壇のCM(手と手を合わせて…)」(「手と手を…」の部分を、「合わせない!」とフェイントをかけるパターンや、この部分のネタを募集し、同コント内で披露する場合もあった)
  • 「だ~れのせいでもありゃしない~ みんなおいらが悪いのさ~ あ~チンポコチンポコリ~ン」(「やっぱりお前が悪いんじゃないか!」と突っ込まれて)「ベイベー、おれの負け~だ」(尾藤イサオ「悲しき願い」)
  • 「なんで○○なんだよ!」「なんでなんでなんでぇ~ どしてどしてどぉして そんなにトウキョがいいんだろぉ~ ぼーくは泣いちっち・・・」(守屋浩「僕は泣いちっち」)
  • 「ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘ー、嫌だよアハーン…」(谷啓「ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘」)
  • コントの最後は志村の「いっぱい笑ったな」と言い、3人はこたつの前に座りお笑い三人組の替え歌で「アハハ、ウフフ、エーヘヘのオーホホでダッフンダ!僕らの合言葉はダッフンダ!それでは皆さんまた来週(「またあとで」の場合もあり)、バイ!」と歌って締める

など多数あった。それ以前は植木等の「ハィそれまでヨ」や孫の松本が「お爺ちゃんとお婆ちゃんのお墓参りに行って来る」のオチで締めるパターンもあった。

  • 派生として、1993年に「婆様と爺様のセレナーデ」(吉幾三作詞作曲)なるCDが発売された。この曲を番組内で発表した回には吉幾三がゲスト出演した。初回出荷枚数は10万枚[1]を記録した。
  • 爺さんが毎回読んでいる新聞は、1988年に題字をリニューアルした産経新聞(フジサンケイグループ)だった。

なお孫娘は松本降板以降、渡辺美奈代にバトンタッチした。

[編集] ケンちゃん・マーシー泥棒コンビ

志村と田代が泥棒に扮し、富豪宅やから金目のものを盗むコント。中には銀行金庫破りコントもある。その1からその7・8まで存在。

[編集] 「ご・ご・五時!?」の夫婦

志村と石野が夫婦という設定。毎回、志村のゴルフや出張などで早朝5時に起きなければならない設定。布団に入る際、夫役の志村が「明日5時起きなんだよ!」と呟き、妻役の石野が「ご!ご!ご!5時!?」と聞き返すパターンで始まり、様々な掛け合いが展開された。

  • 石野が「あたしのことを愛してないでしょ!!」と言うと、志村が「陽子、愛してるよ」と返し、石野が音楽に合わせて喜びの舞をする。
  • 志村に悪口を言われた石野が「そんなこと言う(そこまで言う)!」と言うと、二人で「早見優北天佑、醤油、ラー油、アイラブユー、(ハイタッチ風のポーズをして)んー、仲直り」「これが、たまらん!」の掛け合いで無事に収まるもの。"北天佑"の部分は彼の現役引退後に「北天佑、引退」となり、千代の富士引退後は「千代の富士も引退」が加わった。さらに大乃国旭富士も引退とともに名を連ねた。貴花田若花田舞の海が台頭後には続けて「貴花田がんばれ」「若花田がんばれ」「舞の海もがんばれ」が追加された。

この夫婦は寝言を連発し、志村→「小池バカタレが!」石野→「なんということを!」とムクリと起き上がって言う。時には5時起きではないバージョンもあり、このとき一度だけ夫役を矢崎滋が演じたことがある。

中期は、コントが始まってから5分~10分は石野と志村の雑談になることも多く、最後にはスタッフの内輪ネタも飛び出していた。このシチュエーションで「変なおじさん」が出てきたこともある。「五時夫婦」と「じいさんばあさん」は隔週で放送されていて、それぞれが同じ回で放送された事は少ない。

[編集] ボケ老人

爺さん(志村)と息子の嫁(石野)のコント。爺「陽子さんや、メシはまだか?」→嫁「おじいちゃん、さっき食べたでしょ?」、爺「バアさんの姿が見えないけど、バアさんどこ行った?」→嫁「何言ってるの!お婆ちゃんは3年前に死んだでしょ?」の会話が繰り返される。その嫁がふと姿を消すと、そこに「ただいまー」と本当の娘(松本)が帰宅し、さっきまでいた「嫁」は、家族の外出時に爺さんの世話を頼んだ近所の人で、この間、爺さんは本当にご飯を食べさせてもらっておらずヒドイ扱いを受け続けていた、また婆ちゃんも存命で「元気に温泉旅行に行ったでしょ!」というようなオチがつく。

[編集] シンクロナイズドスイミングコント

志村と田代が女性シンクロ選手に扮し、市民プールや銭湯、果ては街中やファッションショーでシンクロ的なダンスをする。当時ソウルオリンピックで銅メダルを獲得し、注目度が高かった小谷実可子田中京コンビをモデルにしたもの。

[編集] マーシーの正しい例とケンちゃんのギャグの例

志村・田代が正しい例とギャグの例をするコント。刑務所からの出所風景や、結婚式でのケーキ入刀場面など、田代は正しい例で1度で終わるが、志村はギャグ的演出が繰り広げられ、1度だけでなく3・4パターン展開される。また、志村以外の人物がギャグ的演出を担うことがあった(この場合志村はその相方として登場)。

[編集] ひとみ婆さん

志村演ずる"ひとみ婆さん"。ゴルフキャディや温泉宿のマッサージ師などで登場するひとみ婆さんのずれた言動や行動に、客の田代がさんざん振り回される。このコントのモデルは新宿の24時間営業の居酒屋「ひとみ」にいたお婆さんとのこと(1999年に死去しており、志村が自著「変なおじさん」(新潮文庫)や、志村自身がテレビ番組で語っている)。数あるコントキャラクターの中で、このひとみ婆さんが志村の一番のお気に入りであると語っている[2]

[編集] デシ男

逐一「箸の持つ方」と確認しないと左右もわからない男(志村)が、様々な職業に就き先輩(田代・石野)から指導を受けるが、やる事すべてが珍妙な失敗に終わり最後はクビになる展開のコント。緊張すると「デシッ」と言ってしまう癖がある。また、田代がデシ男のように失敗ばかりする役に扮したコントもあった(外見は「じいさんばあさんコーナー」の爺さんに似ている)。このデシ男コントは、後継番組『志村けんはいかがでしょう』でも続行された。

[編集] イエイエおじさん

気弱で度々ピンチに陥るが「イエイエ」と言っているうちにピンチを脱したり幸運が転がり込んでくるおじさんのコント。シチュエーションが限られるため放送回数は少ないが、志村は「捨てがたい雰囲気がある」と語ったことがある[3]

[編集] 好きになった人

1989年6月頃に登場。シリアス調のドラマと見せかけて、途中で突然BGMが変化し都はるみの「好きになった人」が流れてくると、だいじょうぶだぁファミリー全員が画面内に登場し、曲にあわせて盆踊りを踊るコント。踊りは「変なおじさん」のダンスにも似ているが、この踊りは志村がクラブのホステスらとカラオケに行った際、そこでホステスたちのその踊りを見た志村がコントに取り入れた。最後は画面全体にモザイクがかかりコントが終わる。中にはスタッフ(カメラマンとコントロール室のスタッフは除いて)も一緒に踊るパターンもある。1時間コントの回のエンディングはこれで締められる。なお1989年10月9日に放送された2時間スペシャルの際、関西テレビでは後述の通り1時間23分に短縮して放送されたため、ゲストの歌に続かずそこで番組が終了となってしまった。また、回によっては曲が流れる前に「誠にお名残惜しくはございますが、最後はこの曲でお別れ下さい。」のアナウンスもあった。

[編集] 博士と助手

とんねるずも得意としたキャラクターコントのだいじょうぶだぁバージョン(当時とんねるずと志村は『オールナイトフジ』に酔った志村が乱入し一緒に歌った事があるなど非常に良好な関係だった)。博士(志村)が助手(田代)に新しい発明品ができたことを告げ実験を始めるが、マシーンに入れたものが予定とは別の物に変わるというオチ。最後は助手役の田代か松本らがマシーンに入れられて(志村自らも入る場合もある)大オチへと繋がる。なお、博士と助手コントは『みなさんのおかげです』開始以前に『コラーッ!とんねるず』内でとんねるずが『だいじょうぶだぁ』よりも古くからやっていた。

[編集] けんちゃんとクワマンのだるまさんがころんだ!

けんちゃんとクワマンがだるまさんがころんだをするコント。

[編集] ウンジャラゲ

元々はハナ肇とクレージーキャッツの曲のひとつ。だいじょうぶだぁファミリーがこの曲に合わせて踊る(3番の歌詞が原版とは多少違う)。毎回、会社員・医者・こども・力士・シンクロ・原始人・お祭り野郎などの様々なコスプレをして踊り、フレーズごとに違う衣装のカットが挿入されたバージョンもあった。また、ポニーキャニオンよりこの曲のシングルCDも発売され(アナログ盤カセットも)、『夜のヒットスタジオDELUXE』や『FNS歌謡祭』にファミリーで出演し、植木等の前で披露した事もあった。CD発売後には番組で視聴者からウンジャラゲダンスを家庭用ビデオで録ったVTRを募集し、知人や職場の仲間と曲に乗せて踊るVTRをスタジオで紹介していた。

当時の少年誌等によれば、この踊りの振付け考案は田代であるとされたが、ハナ肇とクレージーキャッツの原形と踊りとほぼ同じである。

ウンジャラゲに見せかけて途中から「好きになった人」のコントになるパターンも存在した。

[編集] パイのパイのパイ体操

ママとあそぼう!ピンポンパン』のパロディ。こども番組の体操コーナー風のセットと衣装でお兄さん(志村)とお姉さん(石野)が登場し、こども役は残りのレギュラー出演者が扮する。だいじょうぶだぁファミリーが男女ペアとなり、

  • 男:「パイのパイのパ~イ」(と言いながら相手の部を触るようなジェスチャーをする)
  • 女:「チンチロリ~ン」(と言いながら相手の股間を触るようなジェスチャーをする)

という体操をする。この体操は元々「じいさんばあさん」のコントで使われたギャグから派生したものである。回によってバカ殿様御一行、不良学生、老人などに扮したバージョンがある。なお、コーナー開始のBGMにはネタ元のピンポンパンの挿入歌「げんこつくん」(小林亜星作曲)の一部分が使われていた。

[編集] ベテラン芸者

柄本明をゲストに迎えたコント。売れないベテラン芸者の志村と柄本が愚痴(内容は時事ネタと決まっている)をこぼし合うが、そのうち貸した煙草銭を返せだの、立て替えた銭湯の湯上りの牛乳代返せだのと、せこい金銭(金額はたいてい100円と決まっている)の争いになる。時折、志村以上の狂気を見せる柄本との掛け合いは絶妙で、柄本は度々ゲスト出演している。

[編集] ヤクルトマン

松本典子が危険な目に会うと「ヤクルトマンだ!」とバットとヤクルトカラーのタイツでやってくるヒーロー。松本がプロ野球選手の笘篠賢治(当時ヤクルトの人気選手)との婚約を発表した事に起因し作られたコント。ヤクルトマンが去る時には桑野がトランペットで「東京音頭」(ヤクルト定番の応援曲)を奏でる。

[編集] DJコント

番組最初期のコント。志村と田代がDJに扮してミックスを演奏するコント。田代はまともに演奏するのだが、志村は演歌や民謡等のレコードを使って明らかにその場に不釣合いなミックス(レコードの早回し・遅回し)を演奏してしまう。なおその際に2人が歌の歌詞に合わせて振付をし、最後に片言で「だっふんだ」「サンキュー」等と言いコントを終えるのがオチ。パンプキンが振りまねで、しのざき美知が歌まねで登場するパターンもあった。

また、田代はこのキャラクターで「バカ殿」のエンディングに出たこともある。

[編集] SOUL DAFFUNDERS

バンドメンバーに扮したライオン等のマペットキャラが、ロックのリズムに合わせ番組内のギャグ(主にだっふんだやじいさんばあさんコント内のギャグ)メドレーを演奏する。このコントでは志村や田代は声だけの出演である。また、このコントが放送された回の番組ED曲には、このコーナーのギャグメドレーの曲が使用された。

[編集] 任侠コント

相手の組に殴り込みに行くヤクザ(志村)と、それを何とか止めようとする舎弟(田代)のコント。志村の行く先がラブホテルや公衆便所だったり、落とし穴に落ちてしまうオチ。

[編集] 恋人の会話

志村とその回の女性ゲストが酒場で別れ話などをするトレンディードラマ風コント。恋人同士と見せて、実は志村が人違いに気づかず別れ話を続けるというパターン。

[編集] 貧乏母子

萩尾みどりと田代が演じる貧乏な親子が毎回様々な出来事に遭遇し、一度はハッピーエンドかと思われるのだが、最後に大どんでん返しが待っている。

[編集] 団地のコント

ある団地が舞台となっており、志村と石野が様々なシチュエーションに応じ連続したコントを演じていく。最初は志村と石野の新婚生活コントで始まり、途中に志村のボケ老人コントを挟みつつ、最後に「ご・ご・五時!?」の夫婦で終わる。

[編集] お花坊

小学生の女の子・お花坊(石野)の行動に、父ちゃん(志村)が振り回されるコント。お花坊の家は母親が買い物に出て行ったきり帰ってこないという設定。基本的には屋内(家の中)を模したセットでコントが演じられるが、屋外を模したセットで行われる事もあった。 後に「志村けんのバカ殿様」で行われるバカ殿と優香姫(バカ姫)のコントは、このお花坊コントがほぼ踏襲されている。このコントは人権団体から抗議を受けたため途中から一切放映されなくなったが、次番組『いかがでしょう』で復活している。後述の2007年の20周年スペシャルでは、貧乏という設定を追加してリメイクされる。

[編集] パントマイムとサイレント見たいなコント

これはパントマイムサイレント見たいなコントです。 これはサラリーマン扮するマーシーが残業でどっか居酒屋で一杯しようとしました。その時二人組みの他のサラリーマンが出て行ったある居酒屋を見てそこに行きました。 その居酒屋はやお皿やビールなどの一部が透明でやってる居酒屋でした。 居酒屋は大将はケンちゃんで常連も入ました、それは土木作業員でベテラン扮するクワマンでした。常連だから慣れてた。でも電話がかかりクワマンから電話で電話も透明でした。その電話の相手は後輩からでどうして休んだかと聞き、その話は家に来て欲しいと言ってお金を払い帰った。でマーシーはほんの一部が透明だから分からなく困っていて、情が無くビールや日本酒や摘みを頼んだが・・・・場所が無く分からず大将に教えて、大将も一緒に一杯飲んで乾杯をした。音楽も聞く事にお願いしたが・・・・ラジカセも透明で流した。最後はマーシーはトイレに行ったが流してなかったので大将にレバーを教えて引っ張ったが・・・・なんと水がどっばとのように流れてびしょ濡れになり、マーシーは「どうして!!ここだけ透明じゃーねんだよー?!」と言ったオチでした。

[編集] いいよな~おじさん

「いいよな~おじさん」(志村)が「○○はいいよな~」と注目したものについて周りの人間に講釈をしたり、「いいよな~」と言いつつ人のものを横取りしてしまうコント。たいていは周囲で話を聞いている人間には気持ち悪がられてしまいに逃げられてしまう。2009年現在、ケーズデンキのコマーシャルにてバカ殿に扮した志村のオチのギャグとして使われている。

[編集] まさしと典子

このコントは大別して2種類あり、松本が田代の行動をHな方向に勘違いしてしまうパターンと、志村と石野扮する夫婦が、娘の部屋から洩れ聞こえてくる娘(松本)と男子同級生(田代)の会話をHな方向に勘違いしてしまうパターン。夫婦がその会話を勘違いし、慌てて娘の部屋に入ってみると、そこでは部屋の蛍光灯を交換している最中だった、というようなオチである。番組絶頂期を支えた人気コントの1つ。

[編集] 仕置人

必殺仕事人』のパロディコント。志村が中村主水三味線屋の勇次の必殺技を気取り、田代が念仏の鉄、ゲストの渡辺徹飾り職人の秀を演ずる。

[編集] 福笑い

オープニングとCM前に、志村・田代やだいじょうぶだぁファミリーが顔半分を鏡面に映して珍妙な顔を作り、福笑いのような顔になって「だいじょうぶだぁ」と言う。ゲストも同様の収録をして「だいじょうぶだぁ」と言うことがあった。

[編集] シリアス無言劇

コントではないシリアスなサイレントドラマ。これはスタッフと飲んでいた際に志村が「人を笑わせられるなら、人を泣かすぐらい簡単な話」と豪語したことが発端となった企画で、志村にとってはスタッフ・視聴者との「勝負」であった。志村は「コントの中に予告なく悲しいドラマを入れることで視聴者を驚かせたかった」と後に語っている。1本あたりの時間が他のコントに比べ長く、30分弱の作品もあったが、基本的にドラマ途中にCMは挿入されなかった。BGMには主に宗次郎の『悲しみの果て』が用いられた。番組後半のパートもしくはスペシャルで放送。番組内で異色の存在だったが、番組終了までに十数本放映された。以下に主な作品を挙げる(カッコ内は放映時間)。

  • 老人(志村)が亡き妻(石野)の遺体の前で自分の一生を振り返る。途中ホームコメディ風の笑いはあるものの、総じてシリアスな作り。最後は妻の遺体を背負い海に入り、妻の後を追うかのような場面で終わる(10分)。墓前でタバコを燻らせながら振り返るシーンもある。
  • 志村が片思いした女性(石野)が失明し、自分の目を犠牲にして助ける。健康になったその女性は、志村に助けられたと知らずに別の男性(田代)と結婚してしまう(9分)。
  • 老人(志村)が家に遊びに来た娘夫婦(石野・田代)と孫を眺めながら、非行に走っていた娘の少女時代や、結婚式の時の様子を回想する。そしてそのまま居間で倒れ、死を迎える(8分)。
  • 志村と石野の若夫婦は、貧乏暮らしにも負けず頑張って日々の生活を送っていた。その甲斐あってやがて生活にも余裕ができ、妻は子供を身篭ったが、それを知らない夫はクラブのホステス(河野景子)と浮気をしていることが発覚。家を飛び出す妻。残された夫は、部屋に残されたお産と育児の本を発見し自分に子供が出来たことを知り、急いで妻を追いかけるも、妻は雪の中で目を覚ますことはなかった(28分)。
  • 元妻(石野)とその息子が、元夫(志村)の墓参りへ行き、元妻が昔に想いを巡らす。2人の出会いから子供をもうけ、しかし石野は家を出て他の男(田代)の元へ。残された志村が一人息子を育てようと孤軍奮闘するも、アルコール依存症と過労の果てに吐血死。元妻とは存命中に再会を果たせないままであった(20分)。
  • 同じく志村と石野の若夫婦が、子供を身篭り、幸せの絶頂にいたが、出産時に石野が死去。悲しみに暮れながらも、生まれたばかりの娘を必死に育てる志村。十数年後、高校生になり、石野と瓜二つになった娘が、志村の為に朝食を作っている。志村はそんな娘の姿を、亡き妻を思いながら見つめる。唯一のハッピーエンド作品(12分)。なお、これがシリアス無言劇の一作目である。

ただし、シリアス無言劇と見せかけて、途中から「変なおじさん」や「好きになった人」になる引っかけ的なコントになることもある(総集編でも放映された)。

  • 田舎から都会に出た娘(石野)が父(志村)の訃報を受け実家に駆けつける。実家に向かう電車の中でそれまでの思い出を回想する。家に戻り、遺体の顔にかかっている布を取ると、そこには変なおじさんがいた。

なお、1992年10月に放送された太地喜和子追悼特集のエンディングも「シリアス無言劇」風に製作された。

[編集] 主なコーナー

クイズなんだろな
クイズコーナー。オープニングは、志村の「なんだろうな」の掛け声に観客が「なんでもねぇよ」と返してから、進行役の3人(志村けん・田代まさし・松本典子。松本卒業後は、渡辺美奈代が務めた)が登場し、最後は音楽に合わせて一礼。
解答者は基本的に、石野陽子・渡辺美奈代(松本卒業前)・桑野信義にゲストを加えた4人。ただし、回によってはゲストや出題側に回った桑野(後述)の代わりに、松本や田代が解答側になる事もあった。田代まさしが解答者のときは田代のみわざと紹介し忘れたりなどしていた。
クイズの内容は、ドッキリを仕掛けてそのリアクションを当てるクイズ、ある曲のイメージ映像を見て曲名を当てるクイズ、方言の意味を当てるクイズ(この際、〝まさし〟という響きに似た方言が出てきたことがあり、それがの意味と知って田代がショックを受け憤慨、以後しばらく〝アブ=田代〟という構図で弄られていた)、合唱団5人が別々の歌を歌い、何を歌っていたのかを当てるクイズがあった。なお、歌当てクイズのときは、桑野信義が合唱団5人のうちの一人として出ていた。
出題された後、ゲストは司会者に質問してヒントを探っていく。一通り質問が終わったら、志村が「残り10秒です!」と質問を締め切って、ゲストに解答を書かせる。このラスト10秒の間、シンキングタイムのBGM(TVプレイバックのババ抜きショックでも使われていたジングルを10秒したもの)に合わせて、進行役(歌当てクイズでは、出題側の桑野や合唱団も一緒に)が両腕を前後に動かし、最後のチャイムの音に合わせて股間を突き出す変なダンスをしていた。
クイズの正解者には、週替わりの賞品(主にココ山岡のダイヤモンド)が贈られた。中盤からは赤・青のボックスを用意、ダイヤモンドと毬栗というように賞品にランク付けがされている。正解者はボックスを指名して中の賞品を獲得。指名されなかった賞品は会場の客に抽選でプレゼントされた。正解者多数の場合はジャンケン。正解者なしの場合は司会者が箱を選んで会場プレゼントを決定した。
人間ルーレット
観客から抽選で選ばれた人が挑戦者になり、巨大人間ルーレットを回す。タイトルコールは志村・田代・松本が「人間ルーレット!ジャカジャン!!」と言い、抽選では志村がボックスが無い所に手を突っ込むマネをして田代に突っ込まれ、番号を読み上げる際は「(当選番号は)三桁です(実際はそんなにいない)」「2万飛んで…」とボケをかまして、田代が突っ込むという流れがあった。内側でルーレットマン、外側で賞品の書かれたリングが回転するような形になっており、田代が「人間、ルーレット!」の掛け声で外側のリングを回した後、挑戦者がスイッチ操作でルーレットマン(演じたのは志村の弟子のえちご純平)を回転させる。
暫くしてからスイッチ操作でルーレットマンをストップさせる(大抵逆さにされる)と、外側のリングの回転が遅くなり、完全に止まった時点でルーレットマンの頭が示した賞品を獲得する。初期は、挑戦者が実際の舞台でレギュラーキャストが実演する間違いクイズを行ってその正解数(最高4問)によってルーレットの回数が来まる、しかし4つのうち1つは非常にわかりにくかったりマニアックなものであり、みつけられない場合が多い代わりに3箇所は判定を甘くしており、うろ覚えな回答でも正解にするケースがあり大抵3回できることが多い。その後クイズが撤廃、更に豪華商品の獲得が乱発した事もあって、無条件に3回→1回に縮小に至る。また賞品は、けんちゃん賞(金色のプレートに志村の似顔絵で2箇所、賞品は国際ロータリー旅行主催の海外旅行、ハワイ、シンガポールなど)、マーシー賞(銀色のプレートに田代の似顔絵で2箇所、賞品は国内旅行、北海道、沖縄など。1989年1月9日から登場の予定だったが、昭和天皇の崩御による特別編成になったため中止となり、1週間後の1月16日放送となった)、ココ山岡のダイヤモンド、カメラ、高級ブランドグッズ、ウォークマン、ビデオカメラ、ステレオコンポ、腕時計、トイレットペーパー1年分など。
また、末期に入ってからは外側のリングの賞品エリアにそれぞれ赤・青・緑のラインが引いてあり、観客にそれぞれの色を割り振り、止まった賞品のラインによって観客にも番組グッズが贈られた。回転中は「だいじょうぶだぁ」のボイスがラップ調で流れ、回転が遅くなるとラップも遅回しになった。
最後に視聴者から届いたハガキから抽選で1枚を引き、出た目と同じ賞品を視聴者プレゼントしていた。その際志村が「フジテレビの志村さん」と宛名の方を読み、田代に突っ込まれる事もあった。けんちゃん賞、マーシー賞の場合、旅行はペア御招待となる。
ルーレットマンの頭が賞品と賞品の境に止まったりした事も数回あったが判定は甘かった。稀にけんちゃん賞(海外旅行)、マーシー賞(国内旅行)が出そうな時点でルーレットマンの頭がその賞品と賞品の境に止まった事もあり、志村の裁量でけんちゃん賞かマーシー賞のマスの所へルーレットマンの頭を持って行って旅行を獲得させたことがあった。
このコーナーは1991年秋の『FNS番組対抗!なるほど!ザ・秋の祭典スペシャル』でも行われ、予選各ブロック最終問題終了時に4番席に座ったチームが挑戦した。進行は志村・田代の2人で通常のルーレットマンではなくルーレットマン役として各番組の出演者が役を務めた。賞品は、新高輪プリンスホテルの宿泊券、松茸、柿の種、フジテレビのマーク「大目玉」をあしらったお菓子だった。また、アーケードゲームやおもちゃにも登場した。ちなみに「なるほど!ザ・春秋の祭典」で一番優勝回数の多かったチームがこの番組である。

なお、レギュラー放送末期の1992年頃からはこれらの公開収録コーナーを廃止、代わりに志村がゲスト出演者とのトークを行うコーナーを設けていた。

[編集] 視聴率で見る番組の歴史

[編集] 放送開始当初~全盛期

当番組は、1983年1987年10月にかけて放送された単発ドラマ枠月曜ドラマランド』の後を受け、1987年11月16日にスタート。志村曰く開始当初は思うように視聴率が取れず、初回も一桁台からのスタートであった。しかしショートコントを連続してテンポ良く流すスタイルがうけ、視聴率は徐々に上昇。開始から半年経たないうちに毎週20%を超える人気番組へと成長した。当番組の人気により裏番組日本テレビ系『トップテンシリーズ』は衰退し、終了に至った。1988年4月からフジテレビにて当番組のあと21時から放映だった、田原俊彦主演のドラマ教師びんびん物語』が大ヒット作となり、主演の田原が「志村さんの番組(=だいじょうぶだぁ)のおかげで、視聴者がそのまま僕のドラマを続けて見てくれている」と志村の楽屋まで挨拶に訪れ、志村が快く迎え入れたという、番組の好調を裏付ける出来事もあった(田原は当番組へのゲスト出演もある)。志村自身もTBS系『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』と当番組の2大高視聴率番組を抱え、ソロとしての全盛期を迎えることとなった。

[編集] 過渡期

月曜20時の裏番組には、常に高視聴率のTBS『水戸黄門』をかかえている『ナショナル劇場』が存在したが、視聴率は肩を並べ続けた。同じフジテレビで放映の『とんねるずのみなさんのおかげです』『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』等のお笑いバラエティ番組と共に1988年1991年の視聴率上位番組の常連となっていたが、1992年から視聴率が苦戦する週が存在し始める。この1992年は、3月にTBS『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』が終了となるなど、志村にとっても過渡期を迎えていた。そして番組は若干のリニューアルを余儀なくされた。

[編集] 晩期・レギュラー放送としての終焉

視聴率で苦戦の原因となったのは、日本テレビの裏番組『世界まる見え!テレビ特捜部』の人気が上昇した事が挙げられる。『世界まる見え!』は当初つなぎ番組として作られた番組だったが、ビートたけしも加わりレギュラー化され視聴率が上昇しており、『だいじょうぶだぁ』は逆転される事が多くなった。1992年末をもって、開始時からのレギュラーだった石野陽子と松本典子が番組から卒業した影響も大きく、二人が演じた人気キャラクターのコントも終了。以後、新作のコントの代わりに過去の総集編を乱発する傾向が強まるなど、人気回復策に苦慮。1993年9月27日にレギュラー放送は終了となった。なお、当番組終了後はリニューアル版といえる『志村けんはいかがでしょう』が新番組として開始された。

レギュラー放送の最終回ではこれまでのコント総集編を放送、出演者一同で「スペシャルでお会いしましょう」と言い残した。当番組も含めた、以降のフジテレビでの志村単独の冠番組に共通し、出演者の「卒業セレモニー」はあっても「番組自体の終焉」を告げる挨拶は行われていない。

[編集] レギュラー放送終了後のスペシャル

レギュラー放送終了後も、数ヶ月に一回の割合でスペシャル版が放送された。これは1996年まで続き、『志村けんはいかがでしょう』と同時進行で放送された事になる。内容は「爆笑決定版」や「大同窓会」という名目で放送され、全てが旧作の総集編としての回や、オール新作コントの回など内容はその都度まちまちであった。1995年4月には当時放送していた『志村けんはいかがでしょう』、『志村けんのバカ殿様』との合同総集編としてスペシャル放送した事もある。同年9月27日に「10周年スペシャル」を放送し、1996年には「こんなにみせていいの?スペシャル」と題した総集編が放送された。

[編集] エピソード

  • 番組内で流れる笑い声はドリフ大爆笑の中年女性の笑い声に対して若い女性のものを使用し、あらかじめ収録しておいた笑い声を繰り返し使っていた。尚、初期の回では実際にコントを視聴した上での笑い声が使用されていたため、変なおじさんの場面で笑い声ではなく悲鳴が聞こえるなどのリアルな反応があった。
  • コント内で流れるBGMは、同局放送のアニメキテレツ大百科及びらんま1/2のものや、日本テレビ放送の機動警察パトレイバーのものもよく使われていた。
  • レギュラー放送期間中には番組改編期を中心に、19:00~20:54に2時間のスペシャル版も放送されていたが、その中で関西テレビでは19:00~19:30に自社制作番組(当時は「さんまのまんま」)の放送を優先していた為、1時間30分の短縮版として放送され、コーナーによっては見られない部分が発生する事態となってしまった(遅れネット局でもこのバージョンを放送した局もある)。
  • テレビ高知では事実上の「必殺シリーズ」(ABCテレビ制作)の後番組として、土佐鶴筆頭提供枠(『そこが知りたい』差し替え枠)で放送された。同局での打ち切り後は月9ドラマ(同時ネット地区では直後枠に当たる)が後番組となった。
  • 番組後半に『クイズなんだろな』『人間ルーレット』などコントとは無関係なものを入れているのは、志村自身による視聴者への配慮。放送時間丸々コント一辺倒では、視聴者はすぐに飽きて見向きもされなくなるため(志村曰く「悪いマンネリ」)、言わばコント以外のお遊び要素を取り入れたのが、番組後半の諸コーナーである。ちなみに『カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ』や後続の志村の冠番組にも共通する。
  • 大まかな流れは台本で決まっているものの、間違い等があってもそのままアドリブとして使われる事がほとんどである。
  • だいじょうぶだぁファミリーは過去4度コントの舞台公演を行っている(1989年本多劇場1990年前進座1991年1992年)。
  • 現在、志村番組のレギュラーである優香の実の姉が「人間ルーレット」に会場の抽選で当選し出演した事があった。このことは『志村けんのだいじょうぶだぁII』の過去の傑作コントを流すコーナーで優香が初めて告白したことにより放送された。
  • 吉本興業お笑いコンビコンマニセンチがこの番組のコントのオチの効果音をネタのブリッジに使用している。
  • この番組が始まる前の1987年8月、日本テレビにて『志村けんスペシャル』(『志村けんの失礼しまぁーす!』の拡大スペシャル)という番組が放送され、コントコーナーでは『だいじょうぶだぁ』の一部の出演者がコントを演じ、パイロット番組的な内容であった。一部のコントは『だいじょうぶだぁ』の総集編でも放送されていた。

[編集] 主題歌

歴代エンディングテーマ
  • 今夜はパラダイス 松本典子(1988.1.25~1988.5.9)
  • ちょっとFallin' Love 渡辺美奈代(1988.5.16~6.13)
  • SOUL DAFFUNDERS(1988.6.20~9.26)
  • 雨と水曜日 松本典子(1988.10.17~10.24)
  • いいじゃない 渡辺美奈代(1988.10.31~12.19)
  • 愛がなくちゃ、ネッ! 渡辺美奈代(1989.1.9~2.20)
  • 輝きの描写(スケッチ) 河田純子(1989.2.27~4.24)
  • プライベートはデンジャラス 我妻佳代(1989.4.10)
  • 君の夢のために 河田純子(1989.5.1~5.15)
  • WinterスプリングSummerフォール 渡辺美奈代(1989.5.22~6.12)
  • KISSまで待てない -My World- 石野陽子(1989.6.19~8.27)
  • 天使が棲む島 松本典子(1989.9.3~xx.xx)
  • 初恋十二単 松本典子(1989.xx.xx~)
  • 感じるんです パンプキン(1990.5.xx~)
  • 恋はタチヒでアレアレア! 森口博子(1990.8.xx~)

[編集] スタッフ

  • 作・構成松岡孝、柊達雄、鈴木桂、朝長浩之、島崎伸一、岩船俊夫、海老原靖芳
  • 音楽:たかしまあきひこ
  • アニメイラスト:マンガ太郎
  • アニメ:エイケン
  • 技術:岩沢忠夫
  • カメラマン:藤江雅和
  • 音声:松本政利
  • 映像調整:高瀬義美
  • 照明:宮川斌、長川博
  • 音響効果:戸辺豊
  • VTR編集:大林敏明、轟貞治
  • MA:大塚大
  • 美術:一色隆弘
  • 美術デザイン:根本研二
  • 美術進行:山根安雄
  • 大道具:林光明、樋口謙一
  • 装飾:望月富夫、小林茂夫、加川功
  • 持道具:山本健史、栗原美智代
  • 衣裳:土田清、佐藤孝二
  • スタイリスト:うすいゆうこ
  • メイク:田川達郎、小島百合子
  • かつら:牧野勇、石川享一
  • 視覚効果:中山信男
  • 特殊小道具:光子館
  • アクリル装飾:村瀬敏彦、右内鷹元、三浦繁
  • 生花装飾:佐伯孝夫
  • 植木装飾:須田信治
  • 電飾:桐ヶ谷幸雄、宇塚敏明
  • タイトル:古川広己
  • TK:丸山和子、刑部利恵子
  • 制作担当:島崎章、川田洋二、山形和久
  • 演出補:相沢雅浩、西村英二郎、小池正英、羽根田孝一、小倉肇
  • 演出:戸上浩(エクシーズ)、川口誠(フジテレビ)、米谷裕輔
  • プロデューサー:井澤健、本居幸治
  • 技術協力:ニユーテレスIMAGICA
  • 制作協力:ゼブラカンパニー、ワールドミュージック、エクシーズ
  • 企画制作(制作著作):イザワオフィス

[編集] ネット局

フジテレビ系列で放送されていた局
フジテレビ系列以外で放送されていた局

[編集] 再放送

[編集] CS

CS放送では1998年フジテレビ721で(終了)、2006年10月から「ファミリー劇場」で再放送中。本放送当時のオリジナルを基本的に尊重し、田代まさしの出演分や放送当時に流れていた募集告知(一部の回ではボカシ処理されている場合がある)も含んで作品を放送している。この為、2009年途中までは本編開始前に「この番組は制作された当時のまま放送しております。テロップなどの表記は制作当時のものです」という一枚画テロップを付加して放送していた(後述)。

2009年途中より個人情報保護の観点から、前述の通りオリジナルを尊重しつつ、以下のように本編の一部を加工して放送。一枚画テロップも変更されている。

  • 「人間ルーレット」でのはがき抽選当選者を松本がはがきを持ってカメラに向かって写していた場面でのモザイク処理。
  • スタッフロールの後にあった「視聴者プレゼント当選者発表」部分のカット。

また、2009年8月に発生した酒井法子の逮捕を受け(放送期は酒井のアイドルとしての全盛期であり、「クイズなんだろな」のゲストとして度々出演していた)、同年10月以降一部放送回が欠番扱いとなっている。

放送時間
  • 毎週日曜日 22:00~24:00(サンデー志村けん劇場内にて2本連続放送)
  • 毎週月曜日 27:00~29:00(上記放送の再放送)

日曜日の20:30~は『ドリフ大爆笑』が放送されているため、20:30~24:00まで3時間半に渡り志村の番組を楽しめる。また、サンデー志村けん劇場枠前半は2009年10月以降、毎日放送となりのマエストロ』と志村の番組が重なっている。

[編集] 地上波

2000年大晦日に放送されたフジテレビのこれまでのコントを扱った特別番組にて当番組も1コーナーとして放送され、こちらでは田代の登場シーンはカットされていた。 「志村けんのだいじょうぶだぁII」では一部の傑作コントが放送されており、こちらでも上記同様田代の出演分はカットされていた。 このことから田代の出演シーンは地上波でNGと言うことを知らしめていた。 晩年は様々な諸事情によって流せるコントが減少し自然消滅にする形となった。

[編集] 番組の変遷

[編集] 近年のスペシャル

1996年のスペシャルを最後に、田代まさしの不祥事発覚などにより、番組の復活は絶望的と思われていたが、2005年に水曜深夜枠で『志村けんのだいじょうぶだぁII』が放送を開始してからまもなく、実に約12年ぶりとなる2007年8月14日に「カスペ!」枠にて、同番組のレギュラーメンバーによるゲストを交えてのリメイクしたコントなどを完全新作で『志村けんのだいじょうぶだぁ 20周年記念スペシャル』と称して放送された。実質的には『志村けんのだいじょうぶだぁII』ゴールデンスペシャル版であり、同番組のメイン企画である「志村運送物語」も放送された(ただし実際は過去に放映された一部の再放送)。

この回が好評を博した為、2008年3月25日に再度「カスペ!」枠にて『志村けんのだいじょうぶだぁ 笑い一番!春一番!!SP』が放送された。このスペシャルでは、同年翌4月から放送開始した水曜深夜番組『志村屋です。』に先駆けて、同番組のメインである「だんごのしむら屋」を初放送した。

その後、同年10月28日に「カスペ!」枠3度目の放送となる『志村けんのだいじょうぶだぁ 秋の豪華爆笑SP』が放送された。内容は、新作及び水曜深夜で放送されたショートコントの他、小泉孝太郎上地雄輔が志村けんと優香とトークをしながら料理を振舞うコーナーも放送されたが、これは以前同系列で放送されていた同じくイザワオフィス制作の深夜番組「孝太郎Wキッチン」とほぼ同じである。

2009年6月2日には「カスペ!」枠4度目の放送となる『志村けんのだいじょうぶだぁスペシャル バラエティー50周年記念』が放送された。今回はオールコントで構成され、ハイビジョン制作ステレオ放送へと切り替わった。

[編集] 出演者

[編集] 『だいじょうぶだぁII』『志村屋です。』レギュラー

準レギュラー

[編集] 『20周年スペシャル』のゲスト

[編集] 『笑い一番!春一番!!SP』のゲスト

[編集] 『秋の豪華爆笑SP』のゲスト

[編集] 『バラエティー50周年記念』のゲスト

[編集] 初登場のコント

志村が扮する「変なおじさん」「ひとみ婆さん」「デシ男」「いいよな~おじさん」などの人気コントが復活し、さらに以下の新作コントも登場した。

[編集] 志村社長とキャバ嬢優香

もともとは、深夜の志村のレギュラー番組の『変なおじさんTV』『志村流』などで不定期に放送していたコントで、志村扮する社長と優香扮するキャバ嬢の2人が中心のコント。優香が社長の志村に甘い声でねだってオチに繋げているパターンで定着している。

[編集] 志村運送物語

2007年の『20周年スペシャル』で放送されたコメディコント。詳細は志村けんのだいじょうぶだぁII#志村運送物語を参照。

[編集] だんごのしむら屋

2008年の『笑い一番!春一番!!SP』で放送されたコメディコント。詳細は志村屋です。#だんごのしむら屋を参照。

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] DVD

  • 2009年12月16日に初のDVD化となる「志村けんのだいじょうぶだぁ BOXI」、2010年1月6日に「BOXII」が発売される。

[編集] 脚注

  1. ^産経新聞』1993年12月7日付東京夕刊
  2. ^ 志村けんの著書「変なおじさん 完全版」(新潮文庫、2002年)102ページ
  3. ^ 志村けんの著書「変なおじさん 完全版」(新潮文庫、2002年)113ページ

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月24日 (火) 13:00 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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