忠定王
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忠定王(ちゅうていおう、1338年 - 1351年)は高麗第30代国王(在位:1349年 - 1351年)。姓は王、名は駙または[日氐]。モンゴル名は迷思監朶児只。忠恵王の庶子。母は尹氏。忠穆王の死を受けて翌年に王位を継ぐ。
1350年には高麗国内に対する初めての倭寇の襲撃があったという。1351年、幼君が続く高麗の状況に不満を抱き、代わって恭愍王擁立を図る元の宮廷の意向を受けて江華島に移された。恭愍王の高麗への帰国後に鴆毒によって暗殺された。14歳であったという。
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