思川 (栃木県)

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思川
思川 2009年1月16日撮影
東武日光線東武金崎~楡木間にて西望
水系 一級水系 利根川
種別 一級河川
延長 78 km
水源の標高 -- m
平均流量 -- /s
流域面積 -- km²
水源 前日光山地(鹿沼市
河口(合流先) 渡良瀬川野木町
流域 栃木県
思川緑地(小山市)
2005年6月3日撮影

思川(おもいがわ)は、栃木県を西から南へと流れる利根川水系渡良瀬川支流の一級河川。思川の由来は、寒川郡胸形神社の主祭神である田心の媛にちなみ田心川となっていたものが、いつのまにか思川になったと伝えられる。

目次

[編集] 流路

栃木県鹿沼市粕尾地区の北西部、前日光山地(足尾山地)に源を発し、山間を南東に流れる。粕尾地区中部からは幅300から500メートルの平地を両岸に作り、東に向かう。粟野川との合流点を過ぎるあたりから山地を出て、再び南東に向きを変えて南摩川、大芦川を合わせて流量を増す。上都賀郡西方町からは広い平野を南に流れていく。鹿沼市、栃木市などの市町村の境界を流れて小山市に入り市街地を抜ける。南西に向いて小山市と野木町の境で渡良瀬遊水地に入り、渡良瀬川に合流する。

[編集] 歴史

現在は渡良瀬川の支流となっているが、かつては利根川に直接注ぐ川であった。思川は他の利根川水系、渡良瀬川水系にもみられるように、流路が蛇行しており、一定したものではなかった。小山市付近にはかつての流路が現思川の西1kmにあり旧思川として残っている。徳川家康が小山から関ヶ原に向かう際、多数の兵馬を思川乙女河岸を通じて運搬したことから、その恩により、江戸時代から流路を改良する工事が進められ、現在の合流点から小山市粟の宮付近までは人工の高堤防式の河川となっている。中世から江戸川と通じた舟運の盛んな川で、明治時代までその面影を残した。明治期には小山付近では舟遊びが盛んで屋形船がたくさんあったという。

[編集] 治水

台風でしばしば氾濫する。2002年には小山市南西部の乙女地区で水が溢れたほか、間中橋と小宅橋が流された。その一方で、思川の水は産業用・飲料水用に流域を越えて広く利用され、恩沢は栃木県、埼玉県茨城県千葉県に及ぶ。支流の南摩川で南摩ダムの建設計画が進んでいる。

[編集] 自然

小山市役所付近の堤防には、思川の河岸段丘で発見されたオモイガワザクラが植えられている。関東有数の「の川」としても有名で、自然遡上のほか毎年7,000匹にもなる稚魚の放流をしている。

[編集] 支流

[編集] 橋梁

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月9日 (月) 14:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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