性別適合手術

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性別適合手術(せいべつてきごうしゅじゅつ)は「Sex Reassignment Surgery」(SRS)或いは「Gender Reassignment Surgery」の訳語で、以前は性転換手術の名前で呼ばれていたものである。直訳して「性別再設定手術」「性別再判定手術」「性別再割当手術」などの名称もあったが、2002年3月23日日本精神神経学会が手術の名称を「性別適合手術」に統一したため[1]、それ以降は「性転換手術」等の名称は俗称とされている。現在の医療技術では性自認の性別の一員としての生殖機能を与えることができないからである。この手術により「再適合」されるのは生物学的性(sex)ではなく人格的性(gender)のためイギリス英語では後者の表現が好まれる。

目次

[編集] 概要

1930年にデンマークの画家、リリー・エルベ(en:Lili Elbe)にまずベルリンにて性別移行のための睾丸摘出手術(去勢術)が性科学者のマグヌス・ヒルシュフェルトの保護監察下において実施された上、さらに翌年1931年には彼女に陰茎切断のみならず卵巣子宮の移植も伴った世界初の性別適合手術がクルト・ワルネクロス(de:Kurt Warnekros)によってドイツドレスデン州立婦人科病院で実施された。彼女は法的性別の変更も認められたが、間もなく拒絶反応により50歳で死去した。現在生殖器の移植が行われないの理由の一つには免疫抑制が極めて困難なことがある。その後1946年にニュージーランド生まれの英国人の耳鼻咽喉科学医にして形成外科学医であるハロルド・ジリエス卿(en:Harold Gillies)によって、FtMに対する世界初の陰茎形成術がロンドンにてローレンス・マイケル・ディロン(en:Michael Dillon)に対して実施された。ハロルド・ジリエスは又1951年にMtFのロベルタ・コウェル(en:Roberta Cowell)に対して、血管神経を残したまま海綿体を除去した陰茎を翻転させ小陰唇を形成することにも成功した。この術法は後のジョルジュ・ビュルー(de:Georges Burou)の陰茎会陰部皮膚翻転法の前までMtFの外陰部形成術として広く行われた。

現在の手術は基本的には揺るぎのない人格としての性自認に沿うように、そして肉体(性器)が精神に与える苦痛を緩和するため性器の外観を調整する手術と定義できる。ハリーベンジャミン国際性別違和協会の「治療の指針」第6版においては「性別適合にかかる手術は実験的でも、研究的でも、美容整形でも選択的でもなく性転換症或いは重度の性同一性障害治療として極めて有効で効果的である」と明記されている。これを根拠に2001年8月31日付けのカナダ人権裁判所(en:Canadian Human Rights Tribunal)の記録によれば、殺人罪で終身刑を宣告された囚人にこの手術を受けることを禁じかつ男性刑事施設に収監した刑務所当局の方針をカナダ人権法に定める「性別と障害による差別」として取り消すよう当局に命じる判決が下された。(外部リンク参照)これとは独立して2003年6月12日付けの欧州人権裁判所の記録(ファン・キュック対ドイツ事件)では、民間の保険会社が性別適合手術の費用を「正当な医療行為ではない」としてを負担しなかったことを容認したベルリン控訴審を欧州人権条約第8条の「私生活権」の蹂躙にあたるとしてドイツ政府に治療費と精神的苦痛に対する損害賠償を命じる判決が下された。(外部リンク参照)2007年にはブラジルにおいて、2008年にはキューバにおいて北欧諸国同様に、性別適合手術が無償で提供されることとなった。また同性愛を1979年のイラン革命以降、保守的なシャリーアの解釈により犯罪(同性間の性交は死刑、恋愛感情を伴う接吻だけでも60回の鞭打ち刑)とされるイランにおいても1980年代中頃以降、性別移行者の性別変更の権利は認められ性別適合手術はイラン政府により同国の当事者に無償で提供されている。しかし同国においては性別適合手術を望まないトランスジェンダーは身体の性別の一員として扱われ、迫害や(同性愛者として)刑事的処罰を受ける恐れがある。(en: LGBT rights in Iranの項目を参照)主として、男性型の性器外観を持つ人が女性型の性器外観に変更するか、逆に女性型の性器外観を持つ人が男性型の性器外観に変更するケースであるが、様々な事情や手術を受ける人の意志により微妙なバリエーションも存在する。また女性型から男性型への変更は技術的な理由により、何度かに分けて手術されることが多い。なお、多くは性別移行(性同一性障害)などの場合で、本人の強い意志にもとづくものであるが、周囲の人の勧めや法的性別変更のため手術に踏み切っている場合もあるものとみられる。

[編集] 男性型から女性型へ

男性型から女性型への変更(MTF-SRS)では、以下の2つの手法が一般的である。

陰茎会陰部皮膚翻転法
尿道直腸の間を切ってスペースを作り、そこに海綿体陰茎精巣を除去した陰嚢の皮膚を血流を残したまま移植して膣を形成する(これを造膣と呼ぶ)。性感を残すために、動脈と静脈と神経をつないだ亀頭の3分の1を移植して陰核を形成する。性感には個人差が大きく、また術後約1年間は、神経が未結線のために無感覚である。性腺も温存するため若干の体液が出るが、それはカウパー腺液であり、女性のバルトリン腺液およびスキーン腺液とは質・量が全く異なる。このことから、性交渉に必要な分泌液が十分でないことがこの手法の弱点である。また、術後3か月以上の長期間に渡って、1日2~3回程度定期的にプロテーゼ(スティック、ダイレーターとも呼ばれる)による拡張ケア(ダイレーション)を行い、膣の収縮を抑えることが必要である。長年の女性ホルモン投与による男性器の萎縮などの理由で陰茎や陰嚢の皮膚が不足する場合に、尿道を利用して造膣することも近年可能になった。この術法はモロッコ在住のフランス人医師のジョルジュ・ビュルー(de: Georges Burou)によって1960年代に考案され後の1973年に彼がスタンフォード大学医学部においてその術法を公開したことで世界に普及した。1966年にジョンズ・ホプキンス大学病院で行われた性別適合手術もこの技法を基に若干の変更を加えられたものであった。 現在タイなどアジア諸国も含めて世界的にこの手法が主流となった。ただし日本ではタイの場合とは異なり、術前に新しく形成したから毛が生えないよう電気脱毛を行う。
大腸法
性交渉を重視する場合に用いられる手法。尿道と直腸の間を切ってスペースを作り、下腹部を15cm程度開腹して、小腸と大腸を繋いでいるS字結腸を10数cm切り取り、造膣を行う。分泌される膵液がバルトリン腺液に似た効果をあたえるが、常に分泌し続けるためにナプキンなどで常時ケアをしなければならないという欠点がある。しかし、術後の膣収縮が少なく、ダイレーションが陰茎会陰部皮膚翻転法に比べて少ない回数で済むという利点がある。デンマークスウェーデンなど欧米圏ではかつて1950年代を中心にこの手法が行われていたが、現在では古典的な術法とされ陰茎会陰部皮膚翻転法がどうしても不可能な場合にしか行われない。

どちらの方法でも難しいのは血行の保持であり、うまくいかない場合はその皮膚に血が通わなくなるため、その皮膚組織が壊死して脱落する可能性がある。

外性器の形状にこだわり、数回の手術を希望する者もいる。

[編集] 女性型から男性型へ

女性型から男性型への変更(FTM-SRS)で性行為が可能になるまでには、6種類の手術を受ける必要がある。 第一のステージは小さい乳房の場合は乳輪のラインに沿ってU字状ラインで切開し、中の乳腺組織を摘出する。大きな乳腺の場合は、乳頭の下部から逆T字状に切開し、乳腺を摘出する方法が行われる。次の手術は子宮卵巣卵管の摘出が行われる。これらは同時に行う事が可能である。

次のステージではの内壁を切除し膣を閉じると同時に、尿道を新しく作り陰核の付け根まで移動する。元の尿道口は閉じられる。同時に新しい陰茎になる組織を養成するため、前腕部に臀部などの組織を切取り反転して移植し、シリコンチューブを入れて新しい陰茎尿道になる組織を約半年間かけて養成する。

次のステージではトンネル状に形成された前腕部の組織を切り取り、丸めて陰茎の形状にし、マイクロサージェリー(顕微鏡下での神経血管接続手術)で陰核の部分に接続する。同時に大陰唇の組織の内部にシリコン性の睾丸を挿入し陰嚢の形状に形成する。切り取られた前腕部には、臀部の表皮をはぎ取り前腕部組織の回復処置を行うが、完全にもとの状態には戻らない事が多い。

性交渉を望む場合は、陰茎形成時に内部にポケット状の空間を確保し、約1年後に特殊な折り曲げ可能なインプラントを挿入して完成する。この状態になるとほぼ通常の男性と変わらない機能が得られる。

マイクロサージェリーによる陰茎形成に対して、陰核陰茎形成術(Metaidoioplasty)という術法がある。これは長期間の男性ホルモン療法により肥大した陰核(クリトリス)の腹側の索条物を外して、上方に翻転させてミニペニスを形成する手術である。立位での排尿が可能となる上、陰茎形成手術に比べて合併症などのリスクが少なく、身体のほかの部分に組織提供部つまり傷を残さないため、この手術を希望し選択する当事者も多い。(外部リンクも参照)このミニペニスに満足できない場合、すでに延長した尿道をそのまま利用して、本格的な陰茎形成もできる。

なお女性形から男性型への手術のうち陰茎形成は費用が極めて高価なだけでなく、男性型から女性型の手術以上に危険性が高いため、ドイツの「性別移行法」においては法的性別変更に必須の条件とはされない。

[編集] 最後のステップとしての手術

このような手術を受ける前に多くの人は、生活習慣の変更に加え、性ホルモンの摂取や、乳房の手術(MTFの場合は豊胸手術、FTMの場合は乳房切除手術)、などにより、既に新しい性の外観を取得している場合が多く、「残るは性器だけ」という状態になってから、手術を受けに来る。日本精神神経学会のガイドライン[2]では手術前に一定期間の性ホルモンの投与や、新しい性での社会生活(RLE、Real Life Experience)を行う事を重要視しており、これを条件にしている病院も多い。

[編集] 日本での事情

2006年7月現在、日本で手術を施行した実績を持つ大学病院は埼玉医科大学岡山大学関西医科大学大阪医科大学札幌医科大学の5か所[3]。このほかの病院でも、手術の施行を視野に入れて各科の専門家で構成するジェンダークリニックを設置している。しかしこれらを合わせてもとても希望者が多いためにすべての患者をさばききれる状態ではなく、また技術的にも不安があるということで、性別適合手術を希望する人の多くが施術医療機関の数が多く技術も進んでいる タイで手術を受けている。日本国内で上記5か所以外にも手術をしている病院は存在するが、誰かの紹介がない限り行わない病院もある。少数ではあるが、外国からわざわざ日本に来てそういう所で手術を受けていく人たちもいる。このような病院は比較的小規模なことが多いがそのような場合でも全身麻酔下での手術であるため手術医に加え専門の麻酔医の参加が必須である。なお誤解無きよう記述しておくと、日本国内に於いて手術を行う事ができるのは上記5医療機関のみ、という訳ではない。日本精神神経学会の「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」から一学会の制定した指針に過ぎず、法的な拘束力は全くないことに留意しなければならない。医学的にも、精神科医から構成される学会であり、外科医や患者かなどからの認証は全く受けていないことから、遵守すべき根拠は乏しい。逆に、ガイドラインを守ったからといって、あらゆる刑事上、民事上、行政上等の法的責任からは何一つ免れ得ないことにも留意すべきである。

実体法上、国内法令には、同手術の規制は全くない。

  • 2007年4月末をもって埼玉医科大学において担当である原科孝雄教授の定年、スタッフの体調不良から性適合手術を中止した。
  • 2007年5月22日非ガイドラインルート性別適合手術の第一人者、和田耕治が死去。

さらに、諸事情で、関西医科大学大阪医科大学、などでも事実上ストップ状態となっている。

  • 2007年9月現在、ガイドラインルートにてコンスタントに性別適合手術を実施している医療機関は唯一、岡山大学病院(2007年1月1日、医療法上の病院名称を岡山大学医学部・歯学部附属病院より変更)で、FtMは木股敬裕教授、MtFはベルギーで研修を受けて帰国した難波祐三郎准教授、長谷川健二郎講師が担当して、週に1回のペースで行われている。

なお半陰陽のケースで性器を男女どちらかの形に合わせ付ける手術も以前は「性転換手術」の名前で呼ばれたこともあるが、性別移行(性同一性障害)の人を対象とする性別適合手術とは分けて考えるべきである。また半陰陽の人については、男女どちらかに見える性器に整形手術するべきかどうか、近年になって議論されることもある。

[編集] 脚注

  1. ^ 戸籍の性別変更と人権
  2. ^ 性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第三版)
  3. ^ ただし、札幌医科大学における手術についての新聞報道には7か所との記述がある。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月18日 (水) 08:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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