恵比寿 (渋谷区)
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恵比寿(えびす)は東京都渋谷区の地名で、渋谷地域内である。現在の町名は恵比寿一丁目~四丁目。この地域の人口は12,905人(平成21年7月現在)。[1]
郵便番号 150-0013
目次 |
[編集] 概要
地名としての恵比寿は、JR恵比寿駅東部周辺の区域である。訛って「えべす」とも呼ばれることがある。サッポロホールディングスの中核企業であるサッポロビール本社や、同グループの複合型施設である恵比寿ガーデンプレイスなどが所在し、日本を代表するビールの街として発達した。 そのためビール広場・ビール坂・ビール橋などの名称が残っている。アメリカ橋(恵比寿南橋)も有名。なお、恵比寿駅西部周辺の町名は恵比寿西および恵比寿南となる。 ちなみに恵比寿という地名は、ヱビスビールから由来した。現在、JR恵比寿駅における発車メロディーにはヱビスビールのコマーシャルソングである第三の男のテーマソングが採用されている。
ローマ字表記は通常はEbisuだが、サッポロホールディングス関係の施設はYebisu(ヱビスビールと同じ)と表記される。
[編集] 地理
渋谷区・渋谷地域の最東・最南部に位置し、港区(白金・白金台・南麻布)・品川区(上大崎)・目黒区(三田)との区境にあたる。
[編集] 歴史
江戸時代は、下渋谷村・三田村と呼ばれており、渋谷川と三田用水に挟まれる農村で、大名の下屋敷が点在していた。1887年、現在のサッポロビールの前身となる日本麦酒醸造会社がこの地を工場建設用地として買収[1]。その地に建設された工場で造られて1890年に発売された「恵比寿麦酒」は発売直後から人気となり、東京を代表するビールブランドとなる[1]。1901年には、ビールの運搬のために日本鉄道品川線(2008年現在の山手線)に貨物駅「恵比寿停留所」が開設された[1]。1906年には、貨物駅のそばに同名の旅客駅が開始される[1]。そして、1928年には、恵比寿通という地名が制定された[1]。その後幾度かの地名改正を受け、他に隣接する町などを統合して現在の恵比寿という地名に至る。1959年、ヱビスビールの名にあやかって、兵庫の西宮神社の恵比寿様の分霊を受け、恵比寿神社ができた。なお工場は1988年に移転され(現千葉工場)、現在は恵比寿ガーデンプレイスとして再開発された。サッポロビール本社もここにある。
[編集] 旧地名
現在の恵比寿一丁目は山下町、同二丁目は新橋町および豊沢(とよさわ)町、同三丁目が伊達(だて)町、四丁目が景丘(かげおか)町であった。[2]伊達町は宇和島藩(伊予10万石。仙台藩(伊達藩)の支藩ではなく、新規に国主格大名として取り立てられた)の下屋敷があったことに由来する。景丘は、近代以前は欠塚(かけづか)と呼ばれていた地域で、現在は同地域にある加計塚(かけづか)小学校にその名残がある。その他にも旧地名は町会名として残っており(豊沢町会、伊達町会)、また、恵比寿二丁目交差点を頂上とする坂を「伊達坂」と呼び、恵比寿二丁目交差点の別称は「伊達坂上」である(都営バスの車内放送でも併せて放送される)。現在でも、児童遊園名、マンション名やビル名などに伊達町、豊沢町の名を散見することができる。)なお、三鷹市にある東京無線グループの伊達交通は伊達町で開業したことに由来する。
[編集] 観光
恵比寿ガーデンプレイス内の店舗ほかイベント等については同項目を参照。
[編集] 地域
- 恵比寿東公園
- アメリカ橋公園
- 景丘公園
- 豊沢児童公園
- 渋谷区立加計塚小学校
- サッポロホールディングス
- サッポロビール 本社
- サッポロ飲料 本社
- マーベラスエンターテイメント 本社
- ワニブックス 本社
- アトレ 本社
- エキサイト 本社
- セント・フォース 本社
- デジタルメディアマート 本社
[編集] 交通
- 首都高・出入口
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月8日 (木) 08:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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