愛知県立国府高等学校

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愛知県立国府高等学校
過去の名称 宝飯郡高等女学校
愛知県国府高等女学校
国公私立の別 公立学校
設置者 愛知県
学区 三河第2群Aグループ
併合学校 豊川市立高等学校
校訓 学学術 為当為
(学ぶ術を学び 当に為すべきを為す)
設立年月日 1920年3月
(宝飯郡高等女学校)
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科・商業科
学期 3学期制
高校コード 23211E
所在地 442-8586
愛知県豊川市国府町下坊入10-1
電話番号 0533-87-3141
FAX番号 0533-87-3123
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
  

愛知県立国府高等学校(あいちけんりつ こう こうとうがっこう)は、愛知県豊川市国府町にある公立高校。

普通科は2006年の秋に3年生理系において必修科目である世界史の履修不足が発覚し、学校の初期の対応が問題となった。

通称「こうこうこう」または「こう」と呼ばれる。

目次

[編集] 学科

  • 普通科
  • 商業科

商業科を最多時3クラス抱えたため、普通科は、最多でも7クラスしか設置できず、豊川市の公立普通科クラス数は人口10万を越えるで全国最少であった。かつては、国府高普通科に進学できない豊川市宝飯郡の県立普通科高志望者は、必然的に蒲郡高校普通科や新城高校普通科(現:新城東高校)に流出せざるを得ない状況にあったため、1970年代には、旧豊川市立高校復活を狙う豊川市蒲郡高校分校消滅以来の中等教育機関新設を狙う小坂井町で新設高校誘致を争い、小坂井町に小坂井高校が設置された。

さらに、1990年代には、商業科を蒲郡高校商業科と統合させ、高校誘致を目指す御津町に商業高校を設置する計画もあったが実現しなかった。この結果、国府高の普通科クラス増は夢と終わった。

[編集] 沿革

  • 1920年大正9年)3月 - 宝飯郡高等女学校設立。
  • 1923年(大正12年)3月 - 愛知県国府高等女学校と改称する。
  • 1923年(大正12年)4月 - 郡制廃止により県立に移管。
  • 1948年昭和23年)4月 - 学校教育法施行により愛知県立国府高等学校と改称。
  • 1950年(昭和25年)4月 - 豊川市立高等学校(前身:豊川市立高等女学校)を統合。
  • 1961年(昭和36年)11月 - 本館新築完成。
  • 1963年(昭和38年)9月 - 新校舎(現在第2棟)第一期工事完成。
  • 1968年(昭和43年)3月 - 新校舎(現在第2棟)第二期工事完成。
  • 1972年(昭和47年)3月 - 同窓会館(光風会館)完工。
  • 1975年(昭和50年)8月 - 第57回全国高等学校野球選手権大会(甲子園)に出場。
  • 1991年平成3年)3月 - 武道場(499.97m²)および弓道場(126.72m²)工事完工。

[編集] 入学

普通科は三河第2群のAグループに属する高校の中では、岡崎高校のように県下トップクラスの学校もあるものの、東三河の受験者がその選択をすることは少ない。また、豊丘高校と並ぶハイレベルの難易度なので、Bグループに属する東三河トップの進学校である時習館高校を第1志望校とする生徒の第2志望校となることが多い。また、同校普通科を第1志望とする生徒は難易度から小坂井高校を第2志望校とする傾向が強い。

[編集] 学校の特色

授業は1時限55分の6時間授業で行っている。 売店は同窓会が運営している。

[編集] 主な部活動

[編集] 現況

通学圏は、普通科は豊川市豊橋市宝飯郡を主とし、岡崎市東部や蒲郡市からの進学も若干ある。

商業科は、豊川市宝飯郡蒲郡市東部が主。

[編集] 主な卒業生

  • 渡辺いっけい - 俳優
  • 石川緑 - 元プロ野球投手(中日、阪神、東映)。
  • 上林成行-元プロ野球選手
  • 青山久人 - 元プロ野球投手(中日、南海)。1975年甲子園出場時のエース。プロでは伸び悩んだ。
  • 市川和正 - 元プロ野球捕手(大洋)。青山久人とバッテリーを組み甲子園出場。東海大では原辰徳とチームメイトになる。
  • 伊藤寿文 - 元プロ野球投手(広島、ダイエー)

[編集] アクセス

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月21日 (土) 13:31 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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