成田和也
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| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
| 男子 自転車競技 | ||
| UCIトラックワールドカップクラシックス | ||
| 銀 | 2004 モスクワ | チームスプリント |
| 銀 | 2005 シドニー | チームスプリント |
| 銀 | 2008 メルボルン | チームスプリント |
| 銅 | 2004 ロサンゼルス | スプリント |
| 銅 | 2005 マンチェスター | チームスプリント |
| アジア競技大会 | ||
| 金 | 2006 ドーハ | チームスプリント |
成田 和也(なりた かずや、1979年2月25日 - )は、競輪選手。日本競輪選手会福島支部所属。福島県須賀川市出身。
[編集] 経歴
福島県立須賀川高等学校時代までスキーの選手で、県内レベルでは上位の成績を収めていたが、全国レベルとなるとインターハイ出場程度のレベルでしかなく、スキー選手としては今後大成しないと自覚し、中央大学進学後、高校時代に夏のトレーニングの一環として取り組んでいた自転車競技に転身した。その間、師匠の佐藤一朗(63期)に師事しながら日本競輪学校入学を目指し、2002年、第88期に合格。そして、この期といえば、現在の競輪界及び日本の自転車競技界を牽引する錚々たる面々が揃っている。
ソルトレイクシティオリンピック代表であった武田豊樹(茨城)を筆頭に、同県である山崎芳仁、渡邉一成、金成和幸や、佐藤友和(岩手)に加え、武田がいなければ、同期一番の逸材と目された永井清史(岐阜)もまた同期であるが、それらの面々がいた中で、在校競走成績が全75生徒中66位でしかなかったにもかかわらず、卒業記念レースで優勝を果たしたことから、一躍注目されることになった。
デビュー戦は2003年7月5日、いわき平競輪場で迎え1着。2004年6月、岸和田競輪場で開催されたレインボーカップで優勝してS級特進を果たした。そして同年の秋、トラックレース日本代表に選出されるが、以後3年間、成田は自転車競技選手としての活動が主体となった。
当時の日本代表監督であった、ゲーリー・ウェストが4年後の北京オリンピックを睨んで、上記の渡邉や、内田慶ら当時の若手を大胆にも抜擢した策に出たわけだが、UCIトラックワールドカップクラシックス(トラックワールドカップ)第1戦のモスクワ大会のチームスプリントにおいて、渡邉、及川裕奨とのトリオ挑んで2位に入り、続く同第2戦のロサンゼルスのスプリントでは3位、さらに同第3戦のマンチェスター、同第4戦のシドニーのチームスプリントでは、渡邉、及川のトリオでそれぞれ3、2位に入る健闘を見せた。また2005年にロサンゼルスで開催された世界自転車選手権でも、渡邉、及川のトリオで挑んだチームスプリントで6位入賞を果たした。
2006年のアジア競技大会のチームスプリントでは、渡邉、新田祐大のトリオで挑み、決勝で中国を下し金メダルを獲得。また2007年の世界選手権のチームスプリントでは、渡邉、井上昌己のトリオで挑んで7位に入った。しかし、自身が目指していた北京オリンピック出場の夢は果たせなかった。
2008年、トラックワールドカップ第2戦のメルボルン大会のチームスプリントにおいて、2年前のアジア大会で金メダルを獲得した、渡邉、新田とのトリオで挑み、第1走として2位に貢献した。
競輪のほうに目を向けると、2007年(4着)、2008年(5着)に寛仁親王牌の決勝へ進出。デビュー時は自力主体だったが、最近では追い込みを主体とした脚質に転じている。
[編集] 外部リンク
[編集] 関連項目
最終更新 2009年9月23日 (水) 08:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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