我が闘争
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| 我が闘争 Mein Kampf |
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1934年フランス語版
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| 著者 | アドルフ・ヒトラー |
| 訳者 | 平野一郎、将積茂 |
| 発行日 | 1925年7月18日 |
| 発行元 | ナチス党 |
| ジャンル | 思想、哲学 |
| 国 | ドイツ |
| 言語 | ドイツ語 |
| 次作 | 続・我が闘争 |
| 上巻 ISBN 4-04-322401-X 下巻 ISBN 4-04-322402-8 |
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『我が闘争』(わがとうそう、Mein Kampf)とはヒトラーが1923年ミュンヒェン一揆の失敗後、獄中で著作を開始した本である。第1巻「Eine Abrechnung」(和解)は1925年7月18日に公表された。第2巻「Die Nationalsozialistische Bewegung」(国家社会主義的運動)は1926年に公表された。ヒトラーが選んだオリジナルタイトルは『Viereinhalb Jahre gegen Lüge, Dummheit und Feigheit』(嘘と臆病、愚かさに対する4年半)だったが、ナチス党の出版担当であるマックス・アマンはこのタイトルが複雑だということで『Mein Kampf』(我が闘争)に決定した。
目次 |
[編集] 執筆
ヒトラーは1924年、ランズベルク刑務所で収監されていたエミール・モーリスにのちにルドルフ・ヘスに対し口述した。ヘスに加えて数人が同書を編集したが、雑な著述と反復が多く読解するのが困難であったとされる。この本の中で自分の生い立ちを振り返りつつ、戦争や教育などさまざまな分野を論じ自らの政策を提言している。特に顕著なのは猛烈な反ユダヤ主義でエスペラント語はユダヤ人の陰謀であるといった主張、また生存圏(Lebensraum)獲得のための東方進出などが表された。群衆心理についての考察とプロパガンダのノウハウも記されている。自叙伝は他の自叙伝同様誇張と歪曲がなされたものであるが、全体としてヒトラー自身の幼年期と反ユダヤおよび軍国主義的になったウィーン時代が詳細に記述されている。
[編集] 出版
第一部は1925年7月18日にナチス党の出版局である「エーア・フェルラーグ」から出版された。価格は12マルクであり、当時の一般書の2倍値段になる。これはあまり売れないと判断したマックス・アマンが少部数でも元を取れるようにしたという[1]。1925年には9432部、1926年には6913部が売れた。1926年12月には第二部が出版されたが、1927年の売り上げは一部二部をあわせて5607部にとどまった。しかしナチス党は同書が大量に売れていると宣伝していた。
ナチス党の拡大と共に、本の売り上げは増大した。1930年には54080部が売れた。また、この年には一部と二部を合本した廉価版が8マルクで売り出されている。1931年には50808部が売れ、ヒトラーに多額の印税収入をもたらした。
ヒトラー政権下では本は巨大な人気を獲得し、事実上ナチのバイブルとなった。結婚している夫婦の全てが一冊の購入を要求され、同書の販売はヒトラーに何百万帝国マルクかの収入をもたらした。しかし購入者の大半が全てを読んだわけではなくヒトラーに対する忠誠、ナチス党内での地位、ゲシュタポの追及をかわすために購入した。戦争の終了まで約1,000万部がドイツ国内で出版された。
国外でも出版された。英訳版は第二次世界大戦前に出版されたが反ユダヤ主義と軍国主義的主張のいくつかが削除された。最初の日本語版は、1932年に内外社から刊行された『余の闘争』(坂井隆治訳)である。その後、戦争終了までに大久保康雄、室伏高信、真鍋良一、東亜研究所特別第一調査委員会が訳を手がけ、別々の会社から刊行されている[2]。
原書に掲載されたヒトラーの人種観、特に日本人を代表としてのアジア人に対する蔑視的表現は、日本語版では削除の上出版された[3]。
第二次世界大戦の終結後、連合国の解放令はナチス党幹部たちの財産すべてを沒収すると規定していた。アドルフ・ヒトラーの住所は最期の時までミュンヘンのプリンツレゲンテン広場16番地であったから、ヒトラー遺産の管理人はバイエルン州だった[4]。ヒトラーの親族が版権の所有を主張し、裁判所に訴えたこともあったが、認められなかった。
[編集] 評価
アルベルト・シュペーアはその回顧録で、ヒトラー自身が「我が闘争は古い本だ。私はあんな昔から多くのことを決め付けすぎていた」と語っていたとしている。 また、ヘルマン・ゲーリングは「総統は彼の理論、戦術等において変幻自在だった。その為、あの本から総統の目的を推測する事は不可能だ。総統は臨機応変に己の意見や見解を変えていた。あの本は総統の哲学思想の基本的な骨組みが著されているのだろう」と語っている。
幾人かの歴史家は同書がヒトラーがヨーロッパの平和を脅かすこととホロコーストの実行を警告していたと推測した。
[編集] 現在の扱い
ナチスを弁護する議論が法規制されているドイツでは出版が禁止されており、一般人は読むことができない(古本か外国版を入手するしかない)[5]。 ドイツの著作物の保護期間は著作者の死後70年間なので、2015年12月31日に終了する。ドイツ法に基づき、バイエルン州政府はドイツ連邦政府とドイツ国内で本書の複写あるいは印刷を不許可とすることで合意している。
またヒトラーの自殺後、彼の残した文書の中からその続編が見つかったという。これも『ヒトラー第二の書』、『続・我が闘争』と銘打たれて翻訳、刊行されている。
なお日本では、今日でも訳書が刊行されており誰でも入手することができる。
2005年にロンドンの古書類競売業者のオークションでヒトラーの署名入り初版本が2万3800ポンド(約472万円)で落札されている。
[編集] オンライン書店の対応
1999年にサイモン・ウィーゼンタール・センターは、Amazon.comやBarnes & Nobleのような大手インターネット書店が『我が闘争』を販売していることを報道した。公の抗議の後、両社は同書の販売停止に合意した。その後、2006年現在、Amazon.com、Barnes & Nobleともに英訳版『我が闘争』を購入することができるようになった。
[編集] 書誌情報
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[編集] 関連書籍
- 平野一郎 訳『続・わが闘争 生存圏と領土問題』(角川文庫、2004年) ISBN 4-04-322403-6
- 立木勝 訳『ヒトラー第二の書 自身が刊行を禁じた「続・わが闘争」』(成甲書房、2004年) ISBN 4-88086-165-0
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 児島襄 『第二次世界大戦 ヒトラーの戦い』
- ^ 大久保康雄訳『わが闘争』(三笠書房、1937)、室伏高信訳『我が闘争』(第一書房、1940)、真鍋良一訳『吾が闘争』(興風館、1942)、東亜研究所特別第一調査委員会訳『我が闘争』(東亜研究所、1942-44)
- ^ どの版を指すのかの明記が必要。現在は「完訳版」が出版されている。
- ^ ヴォルフガング・シュトラール 著\畔上司 訳『アドルフ・ヒトラーの一族 独裁者の隠された血筋』(草思社、2006年) ISBN 4-7942-1482-0 第7章 現在のヒトラー家 p290~p293
- ^ 「わが闘争」注釈本の発行求める声強まる (産経新聞、2008年9月29日付)
[編集] 外部リンク
mwl:Mein Kampf
最終更新 2009年11月8日 (日) 20:32 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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