戒厳
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戒厳について辞書では「地方行政・司法・裁判権を軍が行うこと」とあるが、その態様は国家権力の連続性、主権の所在により様々である。
クーデター・革命により新政権ができた場合、国家権力としての連続性は無いため前国家体制の憲法等を廃止・停止し、軍が行政・司法・裁判権を執行することはありうる。クーデターの根拠として「国家緊急権(国家が本質的に持つ自己保存の権能)」、革命の根拠として「革命権(人民が本質的に持つ国家体制を選択する権利、抵抗権)」という、「憲法を越えた権利・権能」の法理が使われることがある。「法令である戒厳令により国家緊急権を定めれば、憲法も停止できる」という「憲法が国家の基本法であること」を理解していない間違った考えが散見されるが、「国家緊急権」は「憲法の下位の法令による権能」ではなく、「憲法を越えた権能」の概念である。
また、大日本帝国においてのように君主が主権者で憲法に規制されない君主の大権が存在する場合、君主の命令により憲法を越えて軍が行政・司法・裁判権を執行することはありうる。
しかしながら、現在の日本や欧米などのような国民主権の三権分立をとる民主国家において、国家の基本法である憲法の規定に反して「市民に対する司法・裁判権を軍が行うこと」は法理論上ありえないし、「憲法に定められた基本的人権」が否定されることはありえない。
また、地方行政を軍が行うにしても、地方行政のどの部分を軍が行うのか、戒厳に関する法律・命令によることになる。
戒厳がいかなる根拠によるものなのか、憲法・法律・命令と戒厳との関係を十分考えて論議することが必要である。以下の記述は、主に戒厳が国家緊急権や天皇の大権など「憲法を越えた権利・権能」に基づく場合についてである。
戒厳(かいげん、英語:martial law)とは、戦時において兵力をもって一地域あるいは全国を警備する場合において、国民の権利を保障した法律の一部の効力を停止し、行政権・司法権の一部ないし全部を軍隊の権力下に移行すること及びそれについて規定した法令をいう。
規定がある国ではしばしば、非常事態宣言と共に、軍部によるクーデターで活用される。
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[編集] 戒厳の種類
戒厳を宣告するには、その地域が定められなければならない(全国の場合も理論的にはありうるが)。日本の戒厳令においては、以下の2種類の戒厳地域区分が存在した。
- 臨戦地境
- 戦時にあって警備を要する地域。軍事に関する事件に限り、地方行政・司法事務が当該地域軍司令官の管掌となる。
- 合囲地境
- 敵に包囲されている、または攻撃を受けている地域。一切の地方行政・司法事務が当該地域軍司令官の管掌となる。
[編集] 日本における戒厳
大日本帝国憲法下の法体系においてこの戒厳の態様を規定していたのが1882年(明治15年)8月5日太政官布告第36号「戒厳令」であったことより、戒厳の宣告を行うこと自体をしばしば「戒厳令をしく」「戒厳令下に置く」というが、やや正確さに欠ける表現である。また、東京周辺が騒乱状態に陥った際、例えば二・二六事件時にとられた行政措置(後述)を「戒厳令」ということもあるが、これも厳密さに欠ける。なお日本の現行の法体系にあっては、戒厳令に相当する法令は存在しない。
[編集] 戒厳の実例
臨戦地境戒厳は、日清戦争中の広島市、宇品、日露戦争中の長崎市、佐世保市、対馬、函館市、台湾全域、澎湖島、馬公要港に布かれた。
一方合囲地境戒厳の実例は存在しない。1945年の日本列島全域、あるいは少なくとも同時期の沖縄本島、またソ連対日参戦後の樺太や千島列島は外形的には敵国に包囲され攻撃されているという合囲地の条件を満たしており、陸軍参謀本部では宣告を検討したともいわれるが、一説には戒厳の宣告は敵に弱みをみせるとして取止めになったともいう。
[編集] 勅令による行政戒厳
以上、「戒厳令」で規定された戒厳の他に、東京周辺にて緊急勅令に基づくいわゆる「行政戒厳」が宣告された例が3例ある(日付は勅令の公布日)。
いずれの場合も、戒厳令で想定する臨戦・合囲の地域には該当しない。そこで緊急勅令では「一定ノ地域ニ戒厳令中必要ノ規定ヲ適用スル」として戒厳令の規定を準用したのである(「必要ノ規定」に該当する条文はあらためて後続する緊急勅令で限定的に列挙されている)。つまり、これらの戒厳措置は戒厳令に根拠を有するのでなく、あくまで緊急勅令による騒乱鎮圧を目的とした行政措置だったと考えられる。
[編集] 現行法制下における「戒厳」類似の規定
日本国憲法下の現行の法体系には「戒厳」に関する規定はないが、武力攻撃事態対処関連三法(いわゆる有事法制)中の武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(以下有事関連法)がこれに近似した効力を持つとされる。但し、同法に見られる「戒厳」類似の規定はあくまで国会の事前承認に基づく「非常事態権」に類するものであると考えられ、現行の法制下においては日本国憲法との整合性等の問題もあり、本格的な国家緊急権は認められていない。
また大規模地震対策特別措置法を根拠とする「地震災害に関する警戒宣言」が発されると、強化地域内で鉄道や高速道路が不通となり、多くの官庁・企業・教育施設等も日常の業務を停止するため、一部マスコミ等において同法および同宣言を比喩的に「戒厳令」と称することがある。
[編集] 台湾における戒厳令
台湾では1947年2月28日に勃発した二・二八事件以降、蒋介石率いる台湾国民政府によって言論弾圧が強化され、1949年から蒋経国が五一九緑色運動の高まりを受けて1987年に解除するまで38年間もの長期に亘り戒厳令が施行され続けた。
戒厳令がきっかけで、台湾は戦後の高度経済成長期を迎えた[要出典]。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 太政官布告「戒厳令」全文 - 松山大学法文学部田村譲教授研究室

