戦車
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戦車(せんしゃ)は装甲戦闘車輌の一種である。履帯で走行し、火砲を搭載した旋回砲塔を持ち、なおかつ強固な装甲を持つ、走攻守の能力バランスに優れた兵器である。
目次 |
[編集] 概要
現代の戦車はほぼ主力戦車(Main battle tank、MBT)の事を指す。
敵の戦車を撃破する火力を持ち、自らは敵の戦車に破壊されない装甲を持つことが戦車の目標とされ、正確な砲撃による攻撃力を備え、対戦車兵器がなければ容易に破壊出来ない陸上戦闘の主役である。
戦車は戦う車の総称ではないため自走砲や装甲車などとは区別されるが、何をもって戦車と定義するかは曖昧な部分もあり、また時代や国、地域によって変化する。
21世紀初頭現在では大まかに
- 全周旋回砲塔を有すること
- 装甲化されていること
- 無限軌道(履帯)であること
- 主に敵の車両ないし陣地を砲撃によって破壊することが目的であること
などが挙げられる。
ただ上記に関わらず、保有する側が戦車と呼べば戦車扱いされる可能性もある[1]。歩兵戦闘車や自走砲の多くも上記に該当するが、戦車とは異なった兵器である。直射射撃によって敵の保有する(ほぼ)すべての装甲車輌を撃破するように設計された兵器であることも、上の条件に加えられるかも知れない。
[編集] 名称
[編集] 戦車(タンク)の語源
イギリスで作られた世界最初の戦車は、当初「水運搬車(Water Carrier)」という秘匿名称が付けられていた。イギリスでは委員会をその頭文字で呼ぶ風習があり、戦車開発のために委員会が設置されたが「W.C.(便所)委員会」では都合が悪い。そこで「T.S.(Tank Supply=水槽供給)委員会」と呼ぶことにした。これにより戦車は「タンク」と呼ばれるようになり、のちに正式名称になった。この語源については「戦車を前線に輸送する際に偽装として『ロシア向け水タンク』と呼称した」など諸説あるものの、以後戦車一般の名称として定着した。
日本においては「war cart」を直訳し「戦車」と呼ばれている。ただし、第二次世界大戦後の自衛隊は攻撃的名称を忌避して、「特車」と呼称していたが、昭和37年1月に従来の「戦車」に戻された。
中国語では「戰車」は古代戦車を意味し、近代戦車は tank を音写して「坦克」と呼んでいる。
ドイツ語では Panzerkampfwagen(装甲・戦闘・車輌)の略称として Panzer (パンツァー)が一般的である。本来 Panzer は英語の Armour と同様に中世騎士の金属製の甲冑・鎧を意味するが、現在ではこの意味では Panzer よりも Rüstung という表現が多く使用されている。英語でも Panzer という語は第二次世界大戦のドイツ軍戦車を指す一般名詞と化しており、また日本でも同名の戦車専門誌が発行されている。
[編集] 制式名称と愛称
戦車の名称は、兵器としての制式名称と、軍や兵士達によって付けられた愛称とに大別される。愛称については配備国により慣例が見られる。アメリカは軍人の名前から(もともとは供与先のイギリス軍による命名)、ドイツは動物の名前、ソ連・ロシアの対空戦車は河川名に因んでいる。イギリスの巡航(Cruiser)戦車や戦後の主力戦車では「C」で始まる単語が付けられている。日本は旧軍では皇紀、自衛隊では西暦からきた制式名で呼ばれ、前者の場合、カテゴリーや開発順を表す秘匿名称(例・チハ…チ=中戦車のハ=いろは順の三番目)もつけられており、各国の国民性も垣間見られる。
[編集] 戦車の歴史
第一次世界大戦時に塹壕戦の突破を目的とした兵器として開発された。戦間期から第二次世界大戦にかけて、武装、重量、装甲厚と機動性などの違いによる多種多様な形態の戦車が登場し、戦場で評価されていった。
第二次世界大戦によって機甲部隊による運用方法が確立されてくると、求められる任務の大半をこなせる主力戦車に集約されはじめ、主力戦車では重くて対応できない要求に応じて作られた軽戦車や空挺戦車、水陸両用戦車といったものが最後まで残ったが、それも徐々に姿を消し、21世紀初頭現在では1種類の主力戦車にほとんど統合されている。
[編集] 第一次世界大戦
[編集] 黎明期
近代工業化による内燃機関の発達にあわせて、第一次世界大戦前より各国でのちに戦車と呼ばれる車輌の構想が持たれるようになっていたが、技術的限界から実現されることはなかった。
第一次世界大戦で主戦場となったヨーロッパでは大陸を南北に縦断する形で塹壕が数多く掘られたが、初期の装甲車では巧妙に構築された塹壕線、機関銃陣地、有刺鉄線などを突破することが出来なかった。鉄条網と機関銃による防御側の絶対優位により生身で進撃する歩兵の損害は激しく、歩兵と機関銃を敵の塹壕の向こう側に送り込むための装甲車両が求められることとなった。
また第一次世界大戦では敵対する両軍が互いに激しい砲撃の応酬を行った為、両軍陣地間にある無人地帯は土がすき返され、砲弾跡があちらこちらに残る不整地と化して装輪式車両の前進を阻んでいた。これらの閉塞状況を打破するため、歩兵支援用の新兵器の研究が各国で開始された。このとき注目されたのが、1904年に実用化されたばかりのホルトトラクターであった。これはアメリカのホルト社、現在のキャタピラー社が世界で最初に実用化した履帯式のトラックで、前線での資材運搬や牽引に利用されていた。
ホルトトラクターを出発点に、イギリス、フランスなどが履帯によって不整地機動性を確保することを図って装軌式装甲車両の開発をスタートさせた。
イギリスでは、飛行場警備などに装甲車を運用していたイギリス海軍航空隊が陸上軍艦(Landship)の提案を行い、1915年3月、当時海軍大臣であったウィンストン・チャーチルの肝いりにより、海軍設営長官を長とする「陸上軍艦委員会」が設立され、装軌式装甲車の開発が開始された。陸上軍艦委員会による幾つかのプロジェクトののち、フォスター・ダイムラー重砲牽引車なども参考にしつつ、1915年9月にリトルウィリー(LittleWille)を試作した。リトルウィリー自体は、塹壕などを越える能力が低かったことから実戦には使われなかったが、改良を加えられたマザー(Mother)が1916年1月の公開試験で好成績を残し、マーク I 戦車(Mk.I戦車)の元となった。
Mk.I戦車が初めて実戦に投入されたのが1916年9月15日、ソンム会戦の中盤での事だった。
世界初の実戦参加であったソンム会戦でMK.I戦車は局地的には効果を発揮したものの、歩兵の協力が得られず、またドイツ軍の野戦砲の直接照準射撃を受けて損害を出した。当初想定されていた戦車の運用法では大量の戦車による集団戦を行う予定であったが、このソンムの戦いではイギリス軍が投入できる戦車の数は50輌弱と少なく、結局膠着状態を打破することは出来ずに連合国(協商国)側の戦線が11kmほど前進するにとどまった。
その後、1917年11月20日のカンブレーの戦いでは世界初となる大規模な戦車の投入を行い、300輌あまりの戦車による攻撃で成功を収めた。その後のドイツ軍の反撃で投入した戦車も半数以上が撃破されたが、戦車の有用性が示された攻撃であった。第一次世界大戦中にフランス、ドイツ等も戦車の実戦投入を行ったものの、全体として戦場の趨勢を動かす存在にはなり得なかった。
[編集] 発展
初めて「戦車」としての基本形を整えたのは第一次大戦中に登場したフランスのルノーFT-17という軽戦車であった。
FT-17は、それまでの車台に箱型の戦闘室を載せる形ではなく、直角に組み合わせた装甲板で車体を構成し、横材となる間仕切りで戦闘室とエンジン室を分離することでエンジンの騒音と熱気から乗員を解放した。小型軽量な車体と幅広の履帯、前方に突き出た誘導輪などによって優れた機動性を備えており、全周旋回砲塔は良好な視界と共に1つの砲で360度の射界を持っていた。
FT-17は3,000輛以上生産され、当時もっとも成功した戦車となった。第一次世界大戦後には世界各地に輸出され、輸出先の国々で最初の戦車部隊を構成し、また初期の戦車設計の参考資料となった。
第一次世界大戦から第二次世界大戦の間、各国は来るべき戦争での陸戦を研究し、その想定していた戦場と予算にあった戦車を開発することとなった。敗戦国ドイツも、ヴェルサイユ条約により戦車の開発は禁止されたものの、農業トラクターと称してスウェーデンで戦車の開発、研究を行い、また当時の国際社会の外れ者であるソ連と秘密軍事協力協定を結び、赤軍と一緒にヴォルガ河畔のカザンに戦車開発研究センターを設けた。
第一次世界大戦中から第二次世界大戦直前までに開発された戦車は、第一次大戦世界大戦において対歩兵戦闘に機関銃が大いに活躍したことから機関銃を主武装にするものが多く見られた。これは当初、想定された戦場が塹壕戦であったためであるが、第二次世界大戦初期には砲を主武装にした戦車に移行した。
[編集] 第二次世界大戦
第二次世界大戦中を含め、各国において開発されたものは巡航戦車、歩兵戦車、多砲塔戦車、豆戦車、軽戦車、中戦車、重戦車など多岐にわたった。これは戦車の運用に対する様々な戦術が新たに研究・提案された結果ではあったが、その多くは一長一短があり、最終的には武装・装甲・機動力でバランスの取れた主力戦車(MBT)としてほぼ統一されることとなるのは第二次世界大戦後である。第二次世界大戦では、戦術的に、戦車を中心に、それを支援する歩兵、砲兵など諸兵科を統合編成された機甲師団がその威力を証明し、戦車は陸戦における主力兵器としての地位を確立する事となった。
なお、用途に応じた戦車として、偵察戦車、指揮戦車、駆逐戦車、火炎放射戦車、対空戦車、架橋戦車、回収戦車、水陸両用戦車、地雷処理戦車、空挺戦車などが存在する。これらの殆どは、既存の戦車の車体や走行装置を流用して製作された。
[編集] 戦後・現在
大戦後の戦車の開発には、東西の冷戦が大きく影響している。双方で主にヨーロッパにおける地上戦を想定した軍備拡張が行われ、その中心である戦車の能力は相手のそれを上回る事が必須条件であった。そのため、ソ連を中心とする東側諸国が新戦車を開発すると、その脅威に対抗すべく米欧の西側諸国も新戦車を開発するというサイクルが繰り返された。その結果、大きく下記の様に世代分類されている。米ソが直接交戦する事態こそ無かったものの、朝鮮、中東、ベトナムなどでの代理戦争において、双方の戦車が対峙する事となった。
また西側の戦後第一世代の中戦車は90 mm 砲が主装備であり、火力・装甲共に不十分と考えられた事からコンカラーやM103などの重戦車が並行配備されていたが、あまりの重量によりまともに運用できず、その後センチュリオン用に開発されたL7・105 mm 砲が十分な火力を持っていたことから存在意義を失い、中戦車をベースに攻守のバランスが最適な現代型の主力戦車へと集約されていった。
イスラエルとアラブ諸国が争った中東戦争ではしばしば大規模な戦車戦が繰り広げられた。特に1973年10月に勃発した第四次中東戦争ではアラブ側・イスラエル側併せて延べ6,000輌の戦車が投入され、複数の西側製戦車(イギリス製センチュリオンとアメリカ製M48 / M60)とソ連製戦車(T-54 / T-55 / T-62)が正規戦を行った。これは第二次世界大戦のクルスク大戦車戦以来の規模となり、また対戦車ミサイルが初めて大規模に投入されて大きな脅威となった事から、以後の戦車開発に戦訓を与えた。
なお、東側諸国がソ連・ロシア製戦車の調達で統一されていたのに対して、西側においても開発費・調達費削減などの目的で競作や共同開発による戦車の共通化が幾度か試みられたが(レオパルド1とAMX-30の競作、MBT-70の共同開発など)、各国の戦術思想の違いや自国への利益誘導などによる仕様要求の不一致からいずれも失敗に終わっており、主砲などの装備レベルでのデファクト・スタンダードに留まっている。
[編集] 第1世代主力戦車
- 第1世代
- M48、T-54/55、61式戦車、センチュリオンなど
- 90 mm 砲(西側)、100 mm 砲(東側)を搭載し、丸型の鋳造砲塔を持つ。基本的に第二次世界大戦時の戦車の後継、発展型がほとんどである。ジャイロ式砲身安定装置により走行中の射撃も可能である。
[編集] 第2世代主力戦車
- 第2世代
M60、T-62、T-64、レオパルド1、Strv 103、チーフテン、AMX-30など
- 西側はイギリス製のロイヤル・オードナンスL7などの105 mm ライフル砲を搭載(チーフテンのみ120 mm 砲)、東側は115 mm 滑腔砲を搭載し、より避弾経始に優れた亀甲型形状の鋳造砲塔と、アクティブ投光器による暗視装置を持ち、夜戦能力を得た。対戦車ミサイルが発達し、随伴歩兵による携帯用対戦車兵器を持つ敵歩兵部隊の掃討がより重要となったことは歩兵戦闘車の開発を加速し、戦車部隊と機械化歩兵部隊がともに行動する戦術がより重視されることとなった。実戦で、歩兵部隊の対戦車ミサイルが大きな威力を発揮したことから「戦車不要論」(機動を防御力とする考え方)が生まれるなど、戦車の防御力が攻撃力に対し立ち遅れていた時代でもあった。
- 第2.5世代
- T-72、74式戦車、レオパルド1A1、メルカバ、96式戦車など
- ソ連の新戦車T-72の登場は西側に脅威を与え、 第3世代戦車開発の起爆剤となった。一方、イスラエル初の国産戦車メルカバは中東戦争の教訓と乗員保護重視の思想を反映した独自の設計と、初陣でT-72を破った事で注目を集めた。
[編集] 第3世代主力戦車
- 第3世代
- M1、チャレンジャー1、レオパルド2、T-80、90式戦車、98式戦車、K1など
- 西側はドイツのラインメタル社製120 mm L44などの滑腔砲を搭載し、複合装甲の導入による平面的なスタイルが特徴。パッシブ型(投光器で光を照射するアクティブ型と違い、敵の発した光を受容する)の暗視装置を持つ。東側は125 mm 滑腔砲を搭載。車体表面に爆発反応装甲を取り付け、対戦車ミサイルに備えており、複合装甲を装着した物もある。
[編集] 第3.5世代主力戦車
- 第3.5世代
- ルクレール、レオパルド2A5、M1A2、チャレンジャー2、T-84、T-90、メルカバMk.4、99式戦車、K2、TK-Xなど
- 冷戦終結に伴う軍事的緊張の緩和と軍事費削減、重量の限界などで「第4世代戦車」の登場前に、第3世代戦車のアップグレードによる延命が図られた。モジュール装甲や衛星通信ネットワークによる情報システム(C4I:Command,Control,Communications, Computing. and. Intelligence)の導入などの技術が採り入れられている。
[編集] ポスト第3世代
- 世界的な非対称型戦闘の増加以前は140 mm 級の滑腔砲とそれに耐える装甲が「第4世代戦車」の基準として考えられてきたが、主力戦車同士が直接交戦するような可能性が減少しつつある21世紀現在では、非対称戦(ゲリラ戦)への対応やPKFなどに対応するための緊急展開能力の向上など、戦車に求められる能力が冷戦期のものとは全く異なったものになってきており、第4世代での基準が失われ、代わって最強の戦闘車両は何かという課題が問われている。
[編集] 構造
[編集] 主要な装備
- 走行装置:戦車は無限軌道(履帯、商標名でキャタピラ)で走行する。起動輪と誘導輪があるのは共通だが、転輪には様々な形が存在する。普通は1列に並べてあるが、かつてのドイツ重戦車の場合、転輪が千鳥型に2重になっていたり、3重に並べたり、荷重を分散するようにしていた。ただし保守が困難な上、手間の割に効果的とは言えなかったため第二次世界大戦後は、そのような形式は採用されていない。転輪には騒音と振動を軽減する目的で周辺にゴム製のソリッドタイヤを装着するが、ゴム資源が不足していた第二次世界大戦中のドイツ・ソ連では、転輪内部や車軸にゴムを内蔵したり、やむを得ず全くゴムを用いない鋼製転輪を使用する場合もあった(イスラエルの戦車は砂漠でゴムタイヤの破損が激しい為に一部に完全鋼製転輪を使用している)。
- 主砲:1970年代末以降の主力戦車では120 mm クラスの滑腔砲が採用されることが多い。加えて射撃統制に環境センサーとコンピュータの組み合わせを用いることで、あらゆる条件下での精密射撃を可能にしている。射撃時の反動を抑えると共に、砲身後退量を抑えて砲塔を小さく済ませるため、油圧により反動を吸収する駐退器が備えられている。以前は砲口にマズルブレーキを装備した物が多かったが、APFSDS弾の装弾筒が引っかかるため最近の車輌では見られない。先端近くに砲身の歪みをレーザー計測する反射体が取り付けられているものが多い。また中東・アフリカなどの高温地域で運用される車輌には、主砲身に熱による歪みを防ぐサーマル・ジャケット(遮熱カバー)の装着が見られる。戦車砲弾は発砲時に煙と一酸化炭素などの有毒ガスが発生するため、排莢時に砲身から戦闘室内へこの発射ガスが逆流しないようエバキュエータ(排煙器)と呼ばれる空洞部が砲身に取り付けられている。
- サスペンション:初めて実戦投入されたMk.I戦車にはサスペンションは存在しなかったが、その後におけるサスペンション形式はさまざまで、スプリングの種類も、リーフスプリング、コイルスプリング、渦巻きスプリング、クリスティー式(コイルスプリングと大型転輪の組み合わせ)、横置きトーションバー、縦置きトーションバーなどがある。現用戦車では主に横置きトーションバーが採用されている。スウェーデンのStrv.103は前後左右の油圧を変える事で車体の角度を変えられる油気圧(ハイドロニューマチック)式サスペンションを史上初めて実用装備した。陸上自衛隊の74式戦車も同様の油気圧式サスペンションを採用しているが、この機能は地形を利用した待ち伏せ砲撃に有利であり、専守防衛を旨とする両国の防衛策に適していたと言える。また、90式戦車や韓国のK1は横置きトーションバー式と油気圧式を混合装備している。いくらエンジン出力の大きな車両でも、サスペンションの性能が悪ければ車体や乗員の負担が大きくなり十分な機動性は発揮できず、逆にエンジンが非力であっても、サスペンションの改良により機動性を向上させる事が可能である。
- 発煙弾発射機(スモーク・ディスチャージャー):多くの戦車で見られ、防御戦闘時に敵の視界を遮ったり、随伴歩兵の進撃を支援したり、ミサイル防御に用いられたりと用途は様々である。一部の車輌には、エンジン排気に燃料を吹き付けて煙幕を発生させる機構を装備する物もある。詳細は発煙弾発射機を参照。
- 砲塔:第一次世界大戦で登場した極初期の戦車は、車体に火砲を直接搭載したり車体左右の張り出しに搭載していたが、第一次世界大戦末期にフランスで開発されたルノーFT戦車が、車体上部に360度旋回する砲塔を世界で最初に搭載した。死角を減らしたこの設計思想を持つ同戦車は、それ以降のほとんどの近代戦車の原型となった。第二次世界大戦に入るまでは複数の砲塔を持つ多砲塔戦車もあったが、非効率性や高コストが明らかとなり、360度旋廻可能な砲塔1基を持つものが主流となった。砲塔前部には主砲が装備され、後部は弾薬庫として使用されることも多い。砲塔内には車長、砲撃手、装填手の座席があることが多い。第二次世界大戦前半までは全てを車長一人が行うものや二人で行うものも存在したが、車長が戦闘指揮に専念できる三人用砲搭が一般化した。車体同様リベット留めの問題があり、現在では溶接式か鋳造式が用いられている。戦車の中で最も被弾率の高い部位であり、なるべく形状を低く抑える事が望ましいが、T-62ではそのために主砲の俯角がほとんど取れず、中東戦争では地形を利用した伏せ撃ち射撃ができず却って撃破されてしまった事例がある。
- エンジン:エンジン部は給排気と放熱の為に装甲によって閉鎖されるのには向かない為に脆弱となり、通常は被弾による損傷を防ぐために車体後部に収められる。現在では多くの戦車がターボチャージャーの付いたディーゼルエンジンを搭載し、2ストロークと4ストローク、空冷と水冷のいずれも形式も存在する。ディーゼルエンジンはガソリンエンジンより油種を選ばず、軽油以外でも灯油やジェット燃料などが使用できて運用が楽である。ディーゼル燃料である軽油はガソリンに比べると発火点や引火点が低いので比較的安全であるが、絶対に引火しない訳ではない。加速性に優れるガスタービンエンジン装備の戦車もあるが、燃費が非常に悪い上に技術的ハードルも高い。西側の戦車の多くは、現場でエンジンデッキを開放してエンジンや変速機を迅速交換できるパワーパック構造になっているが、東側の戦車ではそうした配慮は行われていない。かつてはガソリンエンジンが使われることも多かったが、被弾時に引火・爆発しやすいため、第二次世界大戦後は次第に使われなくなった。第二次世界大戦時には戦車用という大出力のエンジンは開発が難しかったため、航空機用エンジンで代替することもあった。大戦中の戦車の多くは車体後部のエンジンからドライブシャフトで前部の変速機に動力伝達する前輪駆動であったが、戦後はエンジンと変速機が直結した後輪駆動が主流となっている。一方でイスラエルのメルカバやスウェーデンのStrv.103の様に、乗員保護を優先してあえてエンジン・変速機を車体前方に配して装甲の一部としている例もある。
- キューポラ:従来から司令塔とも呼ばれ、車長や装填手の外部視認用に砲塔上面に設けられた半球状などの突起が備わっていたが、20世紀末以降の戦車では、旧来の突出した形状のキューポラは無くなった。防弾ガラスごしに直接覗くものや、鏡を使ったペリスコープがあった。キューポラには機関銃が備えられるものが多く、近接攻撃や対空攻撃用に搭載されていた。
- 同軸機銃:主砲の横にあって同じ方向を向くように装備された機関銃であり、歩兵や軽装甲車輌といったソフトターゲットに対して使用することで主砲砲弾の消費を抑えるよう計られた。[2]主砲発射に先んじて同軸機銃を射撃し、その着弾を見て照準を微調整する、スポッティングライフルとして利用されていた戦車もあった。
- 車体:強固な装甲で守られている。初期の戦車においては当時の溶接技術が低かったため、装甲板がリベット留めされた車体が大半であった。しかし、被弾時に千切れたリベットが車内を跳ね回り、乗員が死傷する事故が相次いだ。また、近くでの爆発による衝撃波にももろく、装甲板がバラバラになることもあった。第二次大戦前のフランス戦車には分割された溶接車体をボルトで接合した物もあったが、貫通しなくても被弾の衝撃でボルトが折損し装甲が脱落することがあった。そのため点ではなく線で接合される溶接式か一体鋳造式、または鋳造部品の溶接接合で製造されるようになった。現代の主力戦闘戦車においては、複数の装甲材をサンドウィッチ状に重ね、防御力の向上を狙った複合装甲が主流である。これは車体や砲塔の前面等の主要部に用いられるが重量があり、1990年代以降の主力戦闘戦車の総重量は50-70 t 程度であることが多く、これに対して1000-1500馬力級のエンジンで機動性を確保している。
- 操縦席:車体前部にあり、普通の自動車同様、アクセル・ブレーキ・クラッチで操縦する。車体の操行は左右のレバーを引く古い方式(乾式クラッチ式からシンクロメッシュ方式まで様々)と、自動車やバイクのようなハンドルを用いるオートマチック式がある。戦闘中の視界は、かつては小さな覗視孔付きの小窓から直接覗くしかなかったが、その後ペリスコープや最近ではTVカメラによる間接視認法が用いられている。
[編集] その他
- 弾薬庫:初期の戦車では砲弾は車体側面・砲塔後部・床下・砲塔バスケット周囲など、詰め込めるだけ詰め込まれ、被弾時の砲弾の誘爆に関してあまり考慮されていなかったが、第二次世界大戦時のM4中戦車は誘爆が問題となり、ウェット(湿式)弾薬庫を採用した。しかし、誘爆を根絶するには至らなかった。現代の西側戦車は砲塔後部に砲弾を格納することが多いが、これは被弾によって内部の弾薬が誘爆した際に爆圧で上面の装甲が比較的早期に吹き飛ぶことで内部への被害を最小にするように開発された「ブローオフパネル方式」になっていて、弾薬庫と戦闘室とは隔壁で仕切られ、1発の砲弾装填ごとに小さなドアが開け閉めされるものが多い。ソ連戦車は自動装填装置が装填し易い様に砲弾を砲塔基部を取り囲むように配置しているが、被弾時の誘爆で被害が拡大する場合が多く、チョールヌィイ・オリョールのように西側同様の方式に改造された試作車もある。
- 自動装填装置:射手の選択指示に従って、装填手に代わり自動装填装置が砲弾を弾薬庫から受け取り、主砲へ自動的に装填する。人間の占有スペースが削減出来、人的損耗や給餌等の補給、人件費や教育訓練の負担等が軽く出来るが、故障リスク増大や人的冗長性の低下、戦闘時以外での保守整備と警備人員の減員が問題となるため、早計に機械化が有利とは決められない。一方で、装填速度も錬度の高い装填手であれば数発までは同等の速度が可能だが、荒地での走行間射撃や長い連続発射時には差が生まれる。1人の装填手が扱える一体化砲弾カートリッジは現用の120 mm 弾や125 mm 弾までが上限であるといわれており、これを越える140 mm や152 mm といった砲弾は発射薬が分離されるか、完全に自動装填装置によって扱われる必要がある。現代型の戦車では完全自動の装填装置でなくとも半自動で装填手の負担を軽減する装置が搭載される。被弾時の火災の延焼を避けるため、従来の油圧は避けて電動になる傾向がある[出典 1]。
- ペリスコープ:砲塔上でハッチから頭部を出して目視視察するのが危険な戦闘中は、鏡を組み合わせたペリスコープを通じて安全な位置から視認する。固定式のものを複数を環状に配置してほぼ全方位を監視できる物や、それ自体が回転する物もある。砲塔上では車長用の物が必須であり、装填手用の物も備わるものがある。また、操縦手用の物も前方向きに備わっている。20世紀末からは可視光や赤外線によるTVカメラの映像取得や、21世紀の現在では車体各部のカメラ映像を統合処理して全周の外景を映し出す画像システムも開発されている。
- ハッチ:厚い乗降ハッチにペリスコープが付いているだけのものが多い。ハッチ脇に機関銃用マウントが備えられるものがあり、運用形態に応じて機銃が搭載される。肉眼や直に耳で周囲警戒することが見直され、ハッチを水平に少しだけ開けた状態で保持する機構を持つものが登場している。
- 近接防御兵器:近接する敵歩兵などを攻撃するために、従来の車長用機銃に代わって砲塔上部にRWS(Remote Weapon System)と呼ばれる遠隔操作式の機関銃座、または迫撃ロケットポッドを備え、車内からは映像装置によって操作する兵器を備えるものがある。また、車内から装填できる擲弾筒を砲塔などに装備ものがある。イスラエルのメルカバは砲塔に迫撃砲を装備しており、特にMk.II以降は車内からの装填が可能になった。また第二次世界大戦時の独軍戦車の一部には、Sマインと呼ばれる対人攻撃用の跳躍地雷を備えるものがあった。
- ヴェトロニクス:20世紀末からは戦車にも、航空機搭載の電子機器であるアビオニクス(Aviation+electronics=Avionics)にならってヴェトロニクス(Vehicle+Electronics=Vetronics)と呼ばれる高度な電子機器が装備されるようになっている。ヴェトロニクスには、火器管制装置や通信情報共有システム、GPS、敵味方識別装置、車外監視システム、攻撃警戒システム、動力系制御装置などが連動されており、必要に応じて切替可能な表示装置によって乗員の意思決定を助け迅速な操作を可能としている。
- 砲塔バスケット:砲塔下に吊り下げられた「かご」状の構造。これがあると、床(プラットフォーム)に装填手が立つことで砲塔の回転に煩わされることなく装填作業が可能になる。しかし戦車長や砲手は、砲塔に付いた座席に座っているので関係ない。T-34のように床下に砲弾が収納されている戦車や、自動装填装置を備えた戦車には付いていない。またT-64、T-72、T-80などはここに弾薬が環状に置かれており、やはり自動装填なので装填手が立つためのプラットフォームは無い。
- 換気装置:核兵器や化学兵器に対する生残性向上のため、放射性物質や有毒ガス類を除去できる空気清浄装置を備えた換気装置を装備している。第二次世界大戦までの戦車は単に換気扇で排気するだけであった。
- 自動消火装置:戦闘室やエンジン室に取り付けられ、被弾時の延焼拡大を防ぐ。
- トラベリング・ロック:移動・輸送中に主砲身を固定して、振動による破損・故障を防ぐ為の支持架。一般に車体後部に位置しており、砲塔を後ろ向きにして固定する形式の車両が多い。
- ウインカー:戦後の日本・ドイツ・イギリス・フランスなどの戦車には、一般道路走行用のウインカーが装備されている。
- 迷彩塗装:初期の戦車はその存在を誇示して敵兵に脅威を与えるのも大きな目的だったが、対戦車兵器の登場と共に隠密性が求められるようになり迷彩が施される様になった。現地の風土や植生に適合した色やパターンが求められるため、塗装が不適合だった場合は現地であり合わせの材料で応急的に迷彩が施される事もある。また冬期には石灰や水性塗料などを用いて一時的に白色迷彩が施される事が多い。近年は低強度紛争(LIC)の増加を受けて、市街地戦闘で有効な迷彩の研究が進められており、可視光域だけでなく赤外線探知を回避する為に、赤外線波長域まで迷彩塗装が考慮されている。
- 車外装備品:OVMとも呼ばれ、予備の覆帯や牽引用のシャックル・ワイアー、ハンマー、ピッケル、シャベル、消火器、雨よけシート、テントなどを車体外部に付けていることが多い。整備・修理に用いるジャッキや履帯張度調節器、工具も重要である。21世紀の現在では、HEAT対策として用いられる籠状の防護フェンスと同様の効果が期待されるために、砲塔周囲に搭載されることが多い。第二次世界大戦時のドイツ戦車の砲塔後部にはゲペックカステン(Gepäk Kasten)と呼ばれる用具箱がつけられており、中に工具などが入れられていた。ソ連/ロシア戦車では悪路脱出用の丸太と多用途の防水シートが標準装備されている。予備履帯は防御上の効果を狙って、車体前面や砲塔側面にびっしりと取り付けられる場合があった。
- プラウ:車体先端に取り付けられた大きな鋤(すき、plough)で車輌幅全体や履帯が通過する幅の地面を掘り起こし、対戦車地雷を排除してゆく。実際にプラウを装備するのは数台に1台で良いが、現代の戦車には必須の装備となっている。
[編集] 過去の装備
- ピストルポート:戦車の各部に拳銃やサブマシンガンを撃つための穴が設けられ、撃つとき以外は閉められた。
- 床下脱出口:戦闘時に車体上のハッチから脱出するのは極めて危険である。この為、車体底面に脱出口が設けられる場合があった。ただし、これには車体底面と地面との間に十分なクリアランスがあることが必要である。また、トーションバー・サスペンションを採用している車輌では床下に横棒が通る構造上、脱出口の設置位置に制限がある。近年の戦車では地雷に対する下部の装甲強化の為に持たないものが多い。イスラエルのメルカバ戦車では車体後部に乗降ハッチが設けられており、乗員の脱出や弾薬補給に有利である。
- バイザー:ドイツ戦車では「クラッペ」と呼ばれる、外部を視察するための直接視認型の覗き窓。単なる小ハッチである物や、銃弾や弾片が飛び込まないように細く空いたスリットから覗く物や、そこに防弾ガラスをはめ込んだ物がある。構造上被弾に弱いため、第二次大戦中には多くが間接視認型のペリスコープへと移行し、現在では軽装甲車輌にのみ使われている。
- 補助燃料タンク:21世紀現在では行なわれないが、航続距離を伸ばすために車内搭載の燃料タンク以外に補助の燃料タンクを車内に搭載される事があった。また、車体の側面や後部に専用の補助燃料タンクが備えられる物もあった。たとえ引火点の高いディーゼル燃料であっても、榴弾の爆発の高温では引火して延焼の危険があったため、非常時や戦闘時のために車内から操作して投棄可能なものが多かった。第二次大戦中に燃料補給の利便にジェリカンが発明され、補助タンクとして車体外部に大量に搭載している例も見られた。戦後のソ連製戦車の場合、フェンダー上などにも露出した固定式の燃料タンクが搭載された物が多いが、中東戦争では実際これらに着火してしまう事が多かった。
- 潜水筒:74式戦車やレオパルド1、T-62など一部の戦車は、河川を潜水して渡るために、キューポラや吸排気口に装着する潜水筒が用意されていたが、装脱着に時間がかかる事や浸水などのトラブルが多かった。すべての車輌に使用頻度の少ない渡河器材を装備することの非効率性もあり、現在では架橋車両を用いる事が多い。
- てすり:第二次世界大戦中のソ連軍では不足していた装甲兵員輸送車の代わりに戦車や自走砲の車体や砲塔側面に手すりを付けることで、タンクデサントと呼ばれる跨乗歩兵を輸送した。敵からの攻撃目標とされる戦車の外面に取り付いた無防備の歩兵達は死傷率が高く、跨乗歩兵への配属は実質懲罰であった。見た目が勇ましいので、戦後も東側のプロパガンダ映像によく登場した。これ以外にも戦車への乗降用に設置された手すりもあり、現地改造で追加されたものも見られる。
- ツィメリット・コーティング:第二次世界大戦時に戦車攻撃用の磁力吸着地雷を開発したドイツ軍は、同様の兵器への対策として、硫酸バリウムにおがくずや黄土顔料を混ぜた、「ツィメリット剤」を自軍の戦車へ塗布していた。だが連合軍は磁力吸着地雷を使用せず、生産の手間や重量を増加させるだけだったので大戦末期には中止された。大戦後期のドイツ戦車には重量軽減や剥離防止の為に独特のパターンが刻まれており、車体表面がギザギザして見えるのはこのためである。「セメントコーティング」とも云われ、「ツィンメリット」と表記される場合もある。「ツィメリット」又は「ツィンメリット」とは、この塗料を開発した会社名である。
[編集] 火力
「戦車の敵は戦車」という考えから、最大の火力は敵の主力となる戦車を撃破するための滑腔砲が主砲として装備され、対人用や対軽車輌用といった軟目標には機関銃などの副火器を装備し、対航空機用の火器はそれほど有効なものを備えず[3]、主砲と機関銃で攻撃することが想定されている。
また補助として対戦車ミサイルが使用される場合もあり、車内から砲口を通して対戦車ミサイルが発射可能なガン・ランチャーも用いられたが、21世紀の現在は通常の戦車砲から発射可能な対戦車ミサイルも開発されている。
[編集] 主砲砲弾
主砲の砲弾は攻撃する対象により弾種が選択される。
戦車のような硬目標に対しては、多くが運動エネルギーによって装甲を貫徹する徹甲弾(AP)の中でも細長い弾芯を持ち貫通力を高めたAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)が使用され、モンロー/ノイマン効果を狙った成形炸薬弾(HEAT)も使用されることがある。21世紀の現在ではあまり使用されない傾向があるが炸裂時の衝撃によって目標の内部を破壊する粘着榴弾(HESH)も存在する。
兵員装甲車のような軽微な装甲を備えた軟目標や陣地のような目標に対しては、もし保有すれば榴弾が使われ、多くの場合は榴弾の特性も備えた成形炸薬弾が使用される。対人用としては、主砲同軸機銃や砲塔の上に搭載された機関銃が使用され、主砲砲弾を節約する。
砲を撃ちあう状況では、地形条件により変化するが砲戦距離は、一般に、1,000から3,000mの距離で敵戦車と対峙した場合、3発以内で命中させないと相手に撃破されると言われているが[要出典]、そのためには主砲の発射速度は毎分15発程度が求められる。
装填は今なお人の手で行われることが多いが、人力で円滑な装填動作を行うには砲弾重量は20kg程度が限界とされており、自動装填装置により装填が自動化されている戦車もある。また車内への砲弾の搬入は多くは砲塔上の装填手用ハッチから行われるが、労力軽減のため砲塔側面や車体に搬入口や自動装填装置の給弾口を設けている車輌もある。
一時期は火炎放射機能を有する戦車も存在したが、被弾した際の引火のリスクが高い為に採用されなくなった。
[編集] 乗員
通常は車輌を指揮する車長、操縦を行う操縦手、主砲を照準し射撃を行う砲手、砲弾の装填を行う装填手の4名である。
自動装填装置が導入されれば装填手は不要となるが、随伴歩兵の協力が得られなければ、整備や周囲警戒、防御陣地の構築などの非乗務作業を3人だけで行なうには負担が大きすぎるという考えや、戦闘によって1名でも負傷すれば直ちに有効な戦闘が行なえなくなるという冗長性の不足を指摘する声もある。イスラエル陸軍では戦訓により「戦車を守るには最低4人必要」としている。
初期の戦車には現在の4名に加えて、通信を担当する無線手がいたが、無線機が進歩して車長が自分で扱える様になると廃された。また車体に前方機銃を備えた車輌では、操縦手の隣に副操縦手(または無線手)兼機銃手が配置されていた。また第一次世界大戦の戦車などでは、エンジンルームとの仕切りが無く走行中でも点検できたこともあり、機関手も乗っていた。
[編集] 車内での状態
車外活動や脱出後のために乗員全員が拳銃を持つことが多い。また、車内にサブマシンガンやアサルトカービン、手榴弾が装備されている。通常これらは標準装備として内壁に固定されている。第二次世界大戦において車輌放棄時に余裕があれば、車体据え付けの機関銃を外して出ることもあった。アメリカ軍などは戦車に三脚を装備していた。日本でも、車輌放棄後は機関銃を持ち出し、臨時機関銃隊として歩兵戦闘に加入することもあった。また、旧日本陸軍では士官などが個人的に軍刀を持ち込むこともあった。
戦車兵の軍服は狭い車内で活動するため、他の兵科より裾を短くするなど、引っかからないように工夫されている。第二次世界大戦後になるとつなぎタイプの軍服を採用する軍隊が多数を占めるようになる。さらに破片などから身を護るために上から防弾チョッキを着用する事も多い。また戦闘帽は、単なるベレー帽や略帽を着用する場合も多かったが、頭部を保護するためのパットが内蔵されているものも多い。またヘルメットの場合、車内装備やヘッドホンに引っかからないように、縁が切り落とされているものもあった。車内はエンジン音や履帯の走行音などで騒がしいため、耳の保護と通話のためのヘッドホンを装着していることが多い。通話用には手持ち式のマイクや、ヘッドホンと一体化したインターコム式、喉に当て振動を拾って音声化するタコホーン式などがある。第二次大戦後の戦車では、車体後部に外付けされた通話器で、随伴歩兵が乗員と通話できる様になっているものも多い。
[編集] 装甲
詳細は「装甲」を参照
戦車がその能力を発揮し続けるためには、外部からの攻撃に対して内部の乗員や火砲、機動力を守る必要がある。防護性という点では、秘匿性を維持するための低姿勢設計や隠密設計、被弾時の人員の脱出効率なども評価対象となるが、通常は対弾防御能力でもってその性能を評価される。
現在の主力戦車の正面装甲は、対抗する主力戦車が搭載する火砲に対し1,000mで攻撃を受けても耐えることが求められているとされるが、実際には常に競争を続ける盾と矛の関係であり、防護性能より火力性能が上回ることが多い。
[編集] 装甲の歴史
出現した当初の戦車は、対人用の銃器に耐えられる程度の装甲しか持たなかったが、対戦車用の火砲が出現し、戦車自身もそれらを搭載するようになると、戦車は重装甲化への道を走る事になる。無論、厚くて重い装甲は機動性の妨げとなるため、両者のバランスが戦車開発の永遠の命題となった。
第一次世界大戦や戦間期の戦車は圧延鋼板をリベットまたはボルト留めした構造であった。しかし敵弾が命中した時の衝撃でリベットが飛んで車内にいる搭乗員や随伴歩兵を殺傷する危険があった。溶接技術が進歩すると共に、圧延鋼や鋳造鋼を溶接組みする製法が採り入れられた。
第二次世界大戦中には、ソ連が避弾経始に優れた曲面形状の鋳造砲塔と傾斜装甲を装備したT-34戦車を投入、独ソ戦初期のドイツ側の攻撃を寄せ付けなかった。この後、いわゆる戦後第2世代戦車まで、各国で避弾経始を意識した戦車設計が行われた。
1970年代には、従来の圧延鋼や鋳造鋼ではほとんど阻止不可能なAPFSDS弾が登場して、それまでの傾斜装甲による避弾経始の有効性に疑問が生じた。APFSDS弾を防ぐために、装甲板にセラミック板などの異素材を挟み込んだ複合装甲が1970年代後半から採用されはじめ、その後、世界中の第3世代戦車では装甲技術の主流となった。それらの戦車の中には傾斜装甲を捨てて垂直面の多い車体とするものも現れたが、21世紀初頭現在の第3.5世代戦車でも傾斜装甲が主流であり、あまりに傾斜角が強い為に砲塔の張り出しに引っ掛かってパワーパック交換に支障が出る物もある[4]。
[編集] 増加装甲
戦車には防護力を高めるために増加装甲が取り付けられる場合もある。
はじめからその用途に開発されたものから、戦地にある部隊が独自に取り付けたものまである。素材も先進装甲から土嚢、セメントの類まで幅広い。工具箱や予備履帯の配置を工夫して増加装甲としての効果を期待する事もある。ただ、これらの事をすると当然車体重量が増え、機動性能が落ち、足回り装置に負担がかかる事になる。
第二次世界大戦では増加装甲の取り付けが積極的に行われた。
現代では車種ごとに車体にフィットするような専用の装甲ブロックが供給される。最近では、装甲の一部を取り外し可能にして、破損時の交換や新型装甲素材への換装を容易にしたモジュール装甲(外装式と内装式がある)も一部で導入されている。
中でも人的資源が限られているイスラエル国防軍が運用するメルカバでは、乗員の生存性を高めるために戦車の防御力強化に力を注いでおり、爆発反応装甲や中空装甲をいち早く導入し、エンジンを車体前部に配置して乗員を護る装甲の一部としている。
[編集] 対成形炸薬弾(HEAT弾)対策
第二次世界大戦後期には、成形炸薬によるモンロー効果を用いた成形炸薬弾(HEAT弾)が戦車の脅威となった。運動エネルギーに頼らずに砲弾自体が発生させる超高速噴流によって装甲を貫くため、発射装置を簡略化することが出来た。この原理を用いたバズーカやパンツァーファウストなどの携帯可能なロケットランチャーや無反動砲により、歩兵の対戦車戦闘力が向上した。第二次世界大戦後はソ連製のRPG-7などが、歩兵用の対戦車擲弾発射器として広く用いられている。
第二次世界大戦時にドイツ軍戦車が用いた「シュルツェン」は、車体から離して薄い鋼板を張った増加装甲である。これはもともとソ連軍の対戦車ライフル対策であったが、HEAT弾に対し効果があることも判明した。HEAT弾を車体からできるだけ離れたところで起爆させ、ジェット噴流が車体に及ぼす効果を極力抑えようとしたもので、後にそれ専用として軽量化を意図した金網製の物も作られた。ソ連軍でもベルリン攻防戦時、ドイツ歩兵のパンツァーファウストへの対策として、砲塔の外側に金網やベッドスプリングを貼っている。
初期にはHEAT弾に対して装甲内に空洞を待たせることで対応するスペースドアーマーも登場し、燃料タンクとして利用する試みもなされ[5]、21世紀の現在でもプラスチックやディーゼル燃料を充填する試みが行なわれている[6]が、対HEAT装甲の主役は鋼鉄製の装甲板にセラミック材や重金属を積層した複合装甲に移っている。
イラク戦争後、米英を主体とした駐留軍の車両も対HEAT装甲である鳥籠状の構造物で車体を覆っているが、これは前述のように独軍が採用した防御方法であったもので、その後に同じ着想のものが世界中で採用された[出典 2]。これがRPGの弾頭を数十%の確率で不発、または著しく効果を削ぐと云われている。
また対戦車ミサイル対策として、箱状の爆発反応装甲を主装甲の上に追加する事もある。初期にはHEAT弾にしか効果がなかったが、現代の爆発反応装甲はAPFSDS弾にも効果がある[7]。爆発反応装甲の作動時にはその爆発によって車体周囲の随行歩兵や自車の装甲に損傷を与える恐れがあり、作動後はその箇所の防御力は低下してしまう。新世代のミサイルに対する装甲防御力が弱い旧世代戦車に、爆発反応装甲を全周に貼り付ける事で兵器寿命の延命を計ることがある。
[編集] 弱点
重量と防御力を最適化するため、戦車の装甲厚は敵と向き合う前面が最も厚く、上面や底面が薄く造られている。
対地攻撃機や対戦車ヘリコプター、地上の兵士が放つある種のミサイルでは装甲車輌の上面に攻撃を加えるトップアタック能力を持つものがあり、これらの兵器に対しては戦車の装甲も脆弱である。乗員が車内に出入りするためのハッチ、キューポラ、また外部を観察するためのスリット、あるいはエンジン部などは装甲を厚くできない箇所で、履帯や転輪のような駆動系も攻撃に弱い。また砲塔の形状によって、砲塔下部で跳弾した敵弾が車体上面を直撃してしまう「ショットトラップ」と呼ばれる現象を生じる事もある。
車体下面も装甲は薄く、対戦車地雷によって損傷を受けることが多い。
敵への警戒という面で一番の弱点は狭い視界である。装甲の防御力を高めるために良好な視界が得られる開口部は減らされる。戦車は視界とともに外部音も遮蔽され一層周囲警戒が困難になる。敵歩兵からは1km以上先から戦車の走行音が聞かれてしまう。「戦車だけの部隊」は歩兵や隠蔽された車両に対して脆弱となる。戦車は登場した当初から歩兵の手榴弾や地雷による肉薄攻撃によって容易に撃破されてきたが、個人携行が可能な対戦車ミサイルによって離れた位置から戦車への攻撃が可能になると、戦車兵や同行の歩兵は徒歩によって周囲警戒する必要に迫られている。市街地戦闘では建物により戦車の車高より高い箇所が多く敵兵の潜伏箇所が多い上、その視界の狭さや音の遮蔽がさらに不利となる。
[編集] 戦車の運動性
[編集] 履帯
「無限軌道」を参照
戦車はキャタピラ、または無限軌道と呼ばれる走行装置によって、車体を支え走行する。
車体の左右2列に並んだキャタピラの履板(りばん)を備えた無限軌道は、その広い面積によって荷重が分散されるために泥濘のような多少の不整地でも走行でき、これは「不整地走破能力」と呼ばれる。また、履板が連続して履帯(りたい)となっているために多少の壕も越えて行け、これは「越壕能力」と呼ばれる。段や堤も通常のタイヤ方式(装輪式)よりは高いものまで越えられ、「越堤能力」と呼ばれる。キャタピラによる操行は左右起動輪の回転数の差によって行なわれる。単純な進行方向の変更では左右回転数の小さな差で行なわれるが、片側のキャタピラを停止したまま逆側のキャタピラを動かすことで「信地旋回」と呼ばれる停止側のキャタピラを中心とするほぼそのままの位置での旋回が行なえる。また、左右のキャタピラを互いに逆回転させることで「超信地旋回」と呼ばれるその場で旋回が行なえる。履帯は接地している地面と大きな摩擦を生むため、「登坂能力」にも優れる。
上記のようにキャタピラは多くの長所を備えるが、短所も多い。キャタピラによる走行はエネルギーロスが大きく、速度や燃費が犠牲になっており、装輪式のようにパンクはしないが、片方の履帯が切れたり外れればその場で旋回する以上の動きは出来なくなる。騒音と振動も大きく、騒音は戦場での行動において容易に発見されることを意味し、振動は車載する装置の故障の原因となり乗員を疲労させる。路面の状況によっては砂塵を巻き上げて自ら位置を露呈してしまう。またキャタピラと転輪類そのものが重く場所も占めている。
ブレーキは起動輪と呼ばれるエンジンの駆動力を履帯に伝える回転部にのみ備わっていて、走行中の減速に使用される油圧多板ディスクブレーキと停車中のパーキング・ブレーキがある。一部の戦車ではディスク・ブレーキに加えてオイル式のリターダを備える。
走行速度の調整は、操行操作となる左右の起動輪の回転差の調整を含めてトルクコンバータ式のオートマチックトランスミッションによって実現されており、操縦手は、ステアリングハンドルとアクセルペダル、前進・後進を選ぶセレクター・レバーの操作によって、比較的簡単に操縦できる[出典 2]。
戦車の機動に適した場所としては開けた土地が良くこういった開闊地(Open terrain)や多少凹凸のある波状地(Rolling terrain)では戦車は本来の機動力を発揮できるが、反対に密林地帯や森林地帯のような錯雑地(Closed terrain)や都市部、急峻な山岳地帯、あるいは沼沢地のような車両の進入を拒む場所は戦車の機動が阻害されるので不適な場所とされる。溜まり水のない泥土も履帯に絡みつくので不適である[出典 1]。
[編集] 渡河
橋梁による河川の通過は橋の強度が求められ、橋に頼れば移動経路が制約されて、戦争時には意図的に破壊されることもあり作戦上は好ましくない。履帯が隠れる程度の浅い河川では多くの戦車が渡河が可能である。車体を水密にすることで、エンジンの給排気だけ確保すれば水中でも[8]短距離であれば川底を走行することで渡河できる可能性が高く、給排気管や給排気塔と呼ばれる専用装備が用意される戦車もある。主に強襲上陸時に使用することを想定して開発された水陸両用戦車は水上航行が可能であるため、渡河でも有効である。
戦車だけでなく車両全般の渡河を行なうため、専用車両や舟艇が存在する。比較的狭い幅の川では、架橋戦車と呼ばれる戦車相当の車台上に折り畳んだ橋梁構造を固定運搬し川辺からす早く展開設置する機能を持った装甲車両が使用される。また、幅の広い河に対しては架橋戦車の数両分で橋脚を備え連結出来るものも存在する。ポンツーンやポンツーン橋と呼ばれる小型艇を数艇以上を川面に並べることで応急・簡易に戦車等が渡河可能とするものもあり、さらに広い河ではこれを橋ではなく艀として使用することもある。この専用運搬車両も存在する。
[編集] 兵器産業
詳細は「兵器」を参照
[編集] 工業製品
多くの現代兵器と同様に、戦車は製造に高度な工業技術が要求される工業製品である。強力なエンジンと走行装置、強靱な装甲板、高い加工精度を要する戦車砲と砲弾、それを正確に操る精密な火器管制用の光学電子機器と通信機器、そして乗員を護る空調換気装置。こうした数多くの要素の1つでも欠けていれば優秀な戦車は産み出せない。自国のみで近代的な戦車を開発し生産まで行なえるのは先進工業国に限られているが、21世紀に入ってからは、戦車は1両の陸上車両単体での戦闘能力だけでなく複数の同種・異種の車両や航空機、人工衛星とも連携した戦闘が求められるようになっており、先進工業国の中でもさらに限られた数ヶ国だけが開発と生産を行なえるようになっている。
そのために戦車配備を欲しながらも工業力に乏しい国は他国から戦車を輸入せざるを得ず、戦車生産国はこういった国々へ輸出することによって経済的利益や量産効果による調達価格の低減と共に、軍事・政治的影響力の確保を図ろうとする。兵器メーカーが輸出専用の車輌開発を行う場合もある。[9] [10]
[編集] 近代化改修
現代型の最新戦車は、鋼鉄の塊であると同時に高度情報機器や精密機器の塊でもあるため高価であり、ある程度の台数を購入するにはかなりの軍事予算を必要とする。
東西冷戦期には、ヨーロッパで対峙していた東側と西側の陣営各国だけでなく世界中の多くの国々が陸上戦闘での主戦力となる戦車を百台単位から千台単位で保有していたが、冷戦終結後は脅威の減少[11]に伴う軍事費の削減によって、徐々に旧式化する大量の保有戦車を次世代型の新たな戦車に置き換えるだけの予算は与えられなくなった。
先進国の軍隊が限られた軍事予算を有効利用するには、それまで、アフリカ諸国のような軍事予算の限られた国の軍隊が、旧式化した先進国の中古の陸上兵器を小さな改修によって実用的な兵器として購入していたように[12]、先進各国が保有している多くの戦車に対して、車体はそのままに追加の装甲や最新電子装置などの付加や交換による能力向上と寿命延長措置が計られることも行なわれている。こういった改修は「近代化改修」と呼ばれる[13]。
[編集] 戦車相当の戦闘車両の開発
先進国では、近代化改修による旧型戦車の延命処置によって重く遅い戦車を保有し続けるのとは別に、冷戦終結によって大規模戦争の可能性が小さくなると共に、低脅威度地域紛争への派兵と云う新たな戦闘車両への要求が大きくなり、敵主砲弾に対する防護より肩撃ち式対戦車ミサイルへの防護が求められ、輸送に適した小型軽量、そしてできれば高速走行できる軍用車両の必要性の高まり応じて、従来の重厚長大へと進んだ戦車の開発方向とは全く異なった戦車類似の兵器体系の模索が開始された。それまでにも戦車以外の中軽量級の戦闘車両の開発では、モジュール化やコンポーネントの共用化によって開発、生産、運用といった面での経費節減と運用効率向上を図ることがあったが、これらの戦闘車両ファミリーに戦車類似、又は戦車相当の車両を含めて作れないか検討され開発が進められている。[14]
こういった戦車類似車両を含む新たな戦闘車両体系は、いずれも味方側との無線ネットワークを使って情報化された高度に有機的な運用方法を想定しているため、戦闘車両単体での購入では能力は発揮できず、導入時には戦闘ファミリー全体の保有が求められる。このような戦闘車両が海外へ輸出販売される場合には、兵器技術の拡散という負の側面もあるが、兵器メーカーでは広範な兵器システムの売り込みが図れ、輸出国では購入国への軍事的影響力がこれまでの単体兵器以上に大きくなると考えられる。
[編集] 歩兵による対戦車戦闘
戦車は敵の戦闘車両と戦うだけではなく、敵歩兵とも戦う必要がある。戦車は厚い装甲に守られているが視界は狭いため死角からの攻撃に遭いやすく、視界の広い歩兵を随伴させる。大きく重いことから交通路には制限があり、防御側はこれを利用して対戦車壕や対戦車用バリケード、対戦車地雷等の障害物によって自由な移動を阻害する。対戦車兵器がない場合は爆薬などを使用して肉薄攻撃や即席爆発装置による待ち伏せなどで対抗できる。また戦車に随伴する歩兵は、榴弾砲や機関銃による攻撃によって戦車に随伴し続けることが困難となり、この間には歩兵による対戦車攻撃が行いやすくなる。
[編集] 歩兵による対戦車戦闘の歴史
第二次世界大戦中に成形炸薬によるモンロー効果を利用した物が登場すると吸着地雷から対戦車手榴弾・銃砲利用の対戦車擲弾と続き、やがて個人携行可能な対戦車ロケット弾、対戦車無反動砲、携帯式対戦車用擲弾発射器(パンツァーファウスト)が登場した。またロケットランチャーと組み合わせたものはバズーカとして知られる。これら小型軽量の対戦車兵器は比較的安価で使用法も単純である事から対戦車兵器の主流となった。また戦後になると誘導装置を備えた対戦車ミサイルが開発された。
1970年代には、この対戦車ミサイルにより歩兵の対戦車戦闘力が大きく強化された。第四次中東戦争中の1973年10月8日に発生したエジプト軍第二歩兵師団とイスラエル軍第190機甲旅団の戦闘では、エジプト軍が大量装備したRPG-7やAT-3「サガー」により、イスラエル軍戦車約120輌のうち100輌近い戦車が約4分間で撃破された。
このような携帯式の対戦車火器の発達が、ゲリラやテロリストなど重装備を持たない武装勢力に対戦車攻撃能力を与えたため、いわゆる低強度紛争(LIC = Low Intensity Conflict)を増長させる要因となった。例えばソ連製のRPG-7は簡単な作りで途上国でもコピー生産できるため、紛争地帯で多く使用されている。
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RPG-7対戦車擲弾 |
TOW対戦車ミサイル |
RPG-29対戦車擲弾 |
対戦車兵器一覧
[編集] 戦車の未来
[編集] 主砲
火力の強化については、ドイツのラインメタル社などが140 mm 砲を開発しており、「第4世代戦車」の主武装になると期待している。ただし140 mm 級の砲を純粋に搭載すると、反動を抑えるのに必要な重量は70-80 t に達すると想像され、現在の技術で取り扱える重量限界を超えてしまう。その為、ラインメタル社では反動低減のための研究が進行中である。
砲弾の大きさ及び重量も同時に増加することで、砲への装填や戦車への搭載が人力で行なうには戦車兵に対して過度の負担になると考えられる。前者については自動装填装置の採用で解決できると思われるが、後者は砲側給弾車といった新たな機械的搭載装置の必要性が検討される。更に、砲弾の大型化で携行弾数が少なくなる可能性があり、これを解決するためには砲弾そのものを改良する必要があると考えられる。既にドイツではレオパルド2の強化案として同140 mm 砲の搭載テストを行ったが採用は見送られ、現在は120 mm 径のままで砲身長の延長や弾薬の改良などによる火力強化を図っており、他国もこれに追従する動きを見せている。なおTK-Xでは、主砲の反動を計算して圧力を調整し反動を吸収するアクティブ・サスペンションの導入により40t級の車体に120 mm 砲の搭載を実現しており、今後同様の手法で重量を抑えつつ140 mm 級主砲を搭載した車輌が出現する可能性も考えられる。
主砲の新技術として、液体装薬も期待されたが、実用化にはまだ遠い[出典 2]。また、リニアモーターの原理で弾体を磁気の力で加速して打ち出す電磁砲(リニアガン)やレールガンも、まだ実験の域を出ていない。
[編集] 防護
防護性能の向上では、被弾する可能性が最も高い砲塔の露暴面積を縮小する努力が払われている。これまでも、主砲の操作に関わる乗員を車体側の固定座席に座らせることで砲塔を小さくした無人砲塔戦車や、自動装填・遠隔操作の頭上砲(Overhead Gun)をほとんど無装甲で搭載した無砲塔戦車が構想された。こういった設計も、米国が開発中のMCSやロシアが開発中と言われるT-95など以前から情報は伝わってくるが実用化には至っていない模様である。主砲を操作する乗員を砲塔リングより下の砲塔バスケット内に配置して砲塔を小型化する低姿勢砲塔(Low Profile Turret:LPT)については、ヨルダン陸軍の主力戦車「アルフセイン」(輸出されたチャレンジャー1)の最新改良型に、南アフリカの企業と共同開発した「ファルコン2」砲塔[15]を搭載した事が発表され、今後の運用が注目されているほか、装甲車ではM1128ストライカーMGSで先んじて実用化されている。即応弾の搭載場所は、ファルコン2が主砲の後方、MGSは砲塔バスケット内である。
電磁装甲も、未来技術であり実用化の目処はたっていない。
[編集] アクティブ防護システム
装甲の強化に代わる新しいタイプの防御方法も模索されている。そのひとつに、対戦車ミサイルなどの接近をレーダーやセンサー類で探知し、自動的にジャミングで無力化したり飛翔体やミサイルで迎撃するアクティブ防護システム(Active Protection System:APS)がある。旧ソ連・ロシアは既に1980年代に一部で導入しており、最近ではイスラエルのラファエル社の開発したトロフィーAPSのメルカバMk.4への採用が公表され、欧米でも同種のシステムの開発・採用を進めている。
[編集] 重量
現在の西側各国の主力戦車の重量は55-65t程度あるが、これ以上の重量増加は戦車の行動力を著しく損なう上、輸送や架橋、車輌回収も困難になってしまう。 陸上自衛隊の90式戦車は50 t だが、長距離輸送を考えた場合、大型のタンクトランスポーター(戦車輸送車輌)や大型RO-RO船が不足しており、北海道以外での平時における運用が難しいとされている。
[編集] 対抗兵器
対戦車ヘリコプターの出現により、一時は「戦車不要論」も唱えられていたが、湾岸戦争・イラク戦争は戦車が依然として陸上戦の主役であることを見せつけた。ヘリは機動性と攻撃力は優れているため攻撃的運用には適しても、飛行時間に制限があり装甲も脆弱なため、敵の攻撃を受けてもなお留まる防御的な運用には適していないという偏った能力を備えるためである。戦車は攻守両面でバランスが良いとしてその有用性が認められ、「戦車不要論」は勢いを失っている。
[編集] 第4世代戦車
20世紀の内にも登場する筈であった「戦後第4世代戦車」は未だに出現せず、今世紀に入っても各国の新戦車開発は進展が見られない。これは東西冷戦の終結によって軍縮が進み、双方の新型戦車の脅威が低下した事が主因であるが、同時に、主砲の大口径化と装甲強化によってすでに限界に達した車両重量の問題があり、新世代戦車の条件の1つであるサイズの拡大が望めなくなっていることも原因である。「第4世代戦車」は、重量を大幅に増すこと無く攻撃力と防御力を強化するという難題をクリアする必要があるほか、非対称戦やネットワーク中心の戦いに対応した戦車の柔軟な運用が求められるため、高度な情報指揮統制能力が求められる。
[編集] 情報の即時共有化
複数の戦闘車両や戦闘用航空機、艦船や兵員1人1人までもが情報技術の利用によって互いの情報を共有し、戦闘現場での状況が実時間で上級司令部にまで届き、逆に上級司令部の命令が遅れることなく戦闘現場まで届けられ、戦闘現場内においても相互の情報連結によって意思疎通が行なえるようにする。こういった情報共有の能力を持った戦闘部隊はその戦闘力を何倍にも高められるという考え方がある。戦車でいえば、攻撃力より機動性を優先して、複数の戦闘車両を互いに連携させる事で、敵部隊に対してより柔軟に対応できるとするものである。
[編集] ロボット化
陸上兵器のロボット化は、航空兵器などに比べて技術的ハードルが大きく、本格的な実用化はまだ先の話である。
詳細は「軍事用ロボット」を参照
[編集] 遠隔操作
遠隔操作であれば無人偵察機や無人攻撃機が実戦に投入されたように、遠隔操作の無人戦車も研究されている。現在取り入れられているものは戦車と言うより治安維持用の装置と言うほうが正確だが、即席爆発装置(IED)の除去や無力化に、遠隔操作される小型ロボットが一部で使われている。
アメリカ軍では現在Armed Robotic Vehicle(ARV)として、試作車両の製作と実験にまでこぎつけている[1]。アメリカ以外の国での開発は不明だが、中国やロシアが開発しているとの噂はある。
[編集] 低強度紛争への対応
近年、戦車に新たに求められているのが、低強度紛争(Low Intensity Conflict:LIC)への対応能力である。テロリストやゲリラの対戦車火器に対する防御と、それを駆逐制圧する火器システムを備えた騎兵車輌としての能力も同時に求められており、この事がさらに開発を困難な物にしている。逆に、冷戦終結により戦車同士が撃ち合う従来の戦車戦の機会自体が失われつつあり、こうした時勢を反映して、今後の陸軍戦力の整備のあり方として、戦車と歩兵戦闘車や装甲車にヘリコプターなどを密接に統合運用する、近代的な緒兵科連合戦術に対応した戦車が求められている。
[編集] 機動砲
各国の軍事費削減や戦争形態の対テロ戦争への変化に伴い、アメリカ軍のストライカー装甲車の様に従来は装軌式車両が担当していた戦術的地位を装輪装甲車が代替する動きが活発になっている。
詳細は「装輪装甲車」を参照
戦車に外観が似た装輪装甲車としては、戦車砲をベースに低反動化した同クラスの火砲を搭載した機動砲(MGS)と呼ばれるカテゴリーの車両が現れている。ストライカー装甲車のMGS仕様やイタリアのチェンタウロ戦闘偵察車などがあるが、他にも各国で多くの車両の開発・配備が進められており、日本の防衛省もTK-Xと並行して機動戦闘車と呼ばれる105 mm 砲搭載装甲車の開発を進めている。
その外見から戦車相当として語られる事もあり、経済的に主力戦車を導入できない国がその代替として機動砲を導入する場合や、空輸での利便性が評価されて導入が進む場合が多いが、装輪装甲車が対戦車用に備える火力としては、軽量・無反動で射程が長く破壊力も大きい対戦車ミサイルの方が有効であり、機動砲はむしろ陣地破壊や狙撃手の掃討といった、高価なミサイルを使っていては費用対効果の悪い任務にも対応できる多用途性が求められている。
一方で装甲防御力が圧倒的に不足している事から真っ向な対戦車戦は望めず戦車の完全な代替には成り得ないという意見が強いが、相手が旧世代の戦車しか配備していない国、または戦車を所有しないゲリラやテロリストの様な非正規勢力である様な場合はその限りでは無く、今後の推移が注目される[出典 3]。
[編集] 日本の戦車開発
第一次世界大戦ののち、他の列強諸国同様、日本もまた登場した新兵器・戦車に注目し、Mk.IV戦車やホイペット、ルノーFTなどを試験的に購入している。陸軍では当時(大正後期)の日本の不況経済や工業力では戦車の国産化は困難と考えられ、ルノーFTの大量調達が計画されていたが、陸軍技術本部所属で後に「日本戦車の父」とも呼ばれた原乙未生大尉(後に中将)が国産化を強く主張、輸入計画は中止され国産戦車開発が開始される事となった。
原を中心とする開発スタッフにより、独自のシーソーバネ式サスペンションやディーゼル・エンジン採用など独創性・先見性に富んだ技術開発が行われ、それらは民間にもフィードバックされて日本の自動車製造などの工業力発展にも寄与している。こうして1927年に完成した試製1号戦車を経て、八九式中戦車、九五式軽戦車 、九七式中戦車などの車輌は登場当時は世界最高水準の物であったが、その後は国力の限界と軍上層部の無見識により戦車開発は停滞、太平洋戦争において日本戦車はアメリカ軍戦車との対戦車戦闘で一方的に屠られる結果となった。幸いにも本土決戦用に温存されていた車輌と共に、原中将はじめ開発・運用要員の多くは終戦まで生き延び、戦後の戦車開発にも寄与する事となった。
戦後、共産主義勢力の台頭と朝鮮戦争の勃発により日本に自衛力の必要性が認められて警察予備隊(後の自衛隊)が組織され、アメリカより「特車」としてM4中戦車などが供給された。また朝鮮で破損した車輌の改修整備を請け負った事などで、新戦車開発・運用のためのノウハウが蓄積されていった。戦後初の国産戦車となった61式戦車は、当時の工業生産技術の限界もあり他国の水準からはやや遅れていたが、続く74式戦車、90式戦車は、世界有数の工業国に成長した日本の面目躍如といえる世界一級水準の主力戦車であった。[16]
現在は、74式戦車の後継と北方防衛に特化した90式戦車の補完として、本土防衛用に対ゲリラコマンド戦闘能力と情報共有能力を高めた次期主力戦車・「TK-X」の開発が進められている。全国的な配備を考慮して開発中の新戦車(TK-X)の試作車は約44 t とされ、全体の性能も90式戦車を超えると見られている。
[編集] 戦車に関連する車輌
- タンクトランスポーター(戦車運搬車):履帯を備え重い戦車は、不整地走行には向いても舗装路を長距離走行するのには向かず、長距離の自走移動は故障を招き乗員の疲労も増す。このため、長距離移動には「タンクトランスポーター」と呼ばれる専用の大型トレーラーで輸送される事が多い。また可能であれば鉄道による輸送も行われる。
- 戦車回収車:装甲回収車とも呼ばれる戦車回収車は、戦闘による故障などで動けなくなった戦車等を後方の修理可能な場所までレッカー車のように移動させる。パワーパックや主砲の交換などの保守やその他の修理作業でも、搭載する強力なクレーンが活躍する。
- 架橋戦車:架橋戦車は戦車を渡河させるための橋を数分程度の短時間に展開設置する特殊車輌である。戦闘能力は無く、戦車の車体によって大きな橋桁を運搬するために存在する。
[編集] 戦車の博物館
各国において戦争に関する博物館が存在する中でも、戦車を中心にした博物館がいくつか存在する。連合軍の博物館は自国の戦車はもとより、捕獲した枢軸国の戦車の展示においても充実しており、戦車の変遷を理解する上においては重要な資料を提供している。
- 陸上自衛隊武器学校(日本)
- 陸上自衛隊広報センター(日本)
- 戦争紀念館(韓国)
- アバディーン陸軍兵器展示場(アメリカ)
- パットン戦車博物館(アメリカ)
- ボービントン戦車博物館(イギリス)
- ダックスフォード王立戦争博物館(イギリス)
- ソミュール戦車博物館(フランス)
- クビンカ戦車博物館(ロシア)
- ロシア中央軍事博物館(ロシア)
- ムンスター戦車博物館(ドイツ)
- コブレンツ国防技術博物館(ドイツ)
- 国立オーバールーン歴史博物館(オランダ)
- ブリュッセル戦車博物館(ベルギー)
- パロラ戦車博物館(フィンランド)
- 陸軍戦車博物館(オーストラリア)
[編集] 戦車の一覧
戦車一覧を参照
[編集] フィクション
陸上戦の花形とも言える戦車だが、なぜかフィクション作品における扱いは芳しくない。特に漫画・アニメなどのビジュアル系では、無限軌道の描写や独特の重量感の表現などが大きな障害となっており、SF作品などでは安易に「有脚戦車」や「ホバー戦車」などの他の移動手段に置換されてしまうケースが大半である。また機動戦は行わず複数で隊列を組んで一斉射撃を行うシーンが多い。また、ネットアニメとして戦車の定義にまるで当て嵌まらない『やわらか戦車』というキャラクターも存在する。
そんな中、戦車本来の魅力にこだわりを見せるクリエーターの一人が、スタジオジブリ作品で知られる宮崎駿監督である。模型雑誌に連載した『宮崎駿の雑想ノート(妄想ノート)』で現実や架空の戦車をつぶさに描写し、そのうち架空の多砲塔戦車「悪役一号」は後にプラモデル化され、ミリタリーモデラーにも高い評価を受けた。またアニメ作品でも『ルパン三世』や『風の谷のナウシカ』などでリアルな戦車描写(後者は自走砲)に挑んでいる。また押井守監督も、『天使のたまご』『機動警察パトレイバー』『Avalon』などの作品で無限軌道を履いた戦車を登場させている。他に戦車が主役の漫画作品として士郎正宗の『ドミニオン』、小林源文の『ハッピータイガー』、野上武志の『セーラー服と重戦車』など、ライトノベルに伊吹秀明の『猫耳戦車隊』シリーズなどがある。
なお架空の戦車で有名な物として、『機動戦士ガンダム』に登場したジオン公国軍の主力戦車マゼラアタックが挙げられるが、元々が巨大ロボット兵器(モビルスーツ)が跋扈する世界観だけに、重量が95トンと戦車の運用限界を遙かに超える代物であると共に、砲塔部が分離して航空機となるという破天荒な機構を持ち、戦車としての描写は(当時のアニメ作品としてはともかく今日では)厳しいところがある。但し、近年ではOVA作品であるMS IGLOOシリーズでフル3DCGによって描かれた61式戦車が主役として活躍をしている。
戦車をモチーフとした以外の作品では、特撮や現実世界を舞台としたロボットアニメ等に、脇役的ではあるが戦車はそれなりに登場する。しかしながらたとえば巨大人型戦闘ロボットが登場するアニメ・漫画作品では、ほとんどの場合の戦闘ロボットは「既存の兵器よりも強い兵器」というスタンスであるため、戦車は人型ロボット兵器の当て馬的存在である。また『ガンパレード・マーチ』など、人型ロボット兵器を従来の戦車の延長線上にあるものとして「人型戦車」と呼称する作品も存在する。ゲーム『フロントミッション』や『リングオブレッド』などに登場する人型ロボット兵器も、戦車から発達したものであるという設定を色濃く反映したデザインとなっている。
ゲームにおいては、実戦における位置付けを反映した陸上戦闘ユニットとしてウォー・シミュレーション(ボードゲーム・コンピュータゲーム共に)に登場する他、戦車戦自体をモチーフとしたボードゲームも存在する。コンピュータゲームでは、リアルタイムシミュレーションゲームあるいはアクションゲームとして戦車(ホバー戦車であったりもするが)を操るものも、古くからマイナーながら根強い人気があり、アタリの『バトルゾーン』(en:Battle zone)、初期パソコン用の『ステラー7』(en:Stellar 7)、マイクロプローズ(en:MicroProse)の『M1タンクプラトゥーン』(en:M1 Tank Platoon)、セガの『デザートタンク』、ナムコの『トーキョーウォーズ』、『パンツァーフロント』、『Steel Beasts』(en:Steel Beasts)などがある。また、戦車を主役としたロールプレイングゲーム『メタルマックス』シリーズといった変り種も存在する。
[編集] 脚注
- ^ 戦車の定義でもめている例を示せば、陸上自衛隊が導入を予定している機動戦闘車は装輪式でありながら運用方法が類似し、105 mm という戦車砲並みの大口径砲を有することから、財務省はこれを戦車と定義しようとして、それに反対する防衛省と議論が続いている。
- ^ フランスのルクレールでは12.7 mm 機関銃を、日本の90式戦車と米M1エイブラムスでは7.62 mm 機関銃を主砲と同軸に備えている。
- ^ 対空戦車という特殊な戦闘車両も存在する。
- ^ M1戦車は砲塔を90度横に向けても、パワーパックがそのまま垂直には引き上げられず、斜めに傾ける作業が必要となっている。
- ^ Strv 103では増加燃料タンクを足回りを覆うように並べ、HEAT弾の威力を減衰させる装甲としての役割を兼ねさせた。これに対する射撃実験の映像でも確認できるように、当然HEAT弾によって燃料に着火してしまうが、着弾時に飛び散ったり空いた穴から地面に流れるため、そのまま走り抜けてしまえば車体が炎上することは無いようである。さらに同車は車体前面に柵型の対HEAT装甲を設けたが、これは後述する鳥籠装甲と同じ原理によるものである。
- ^ スェーデンではHEAT弾の爆発的な加熱ではディーゼル燃料に着火しないことが実射実験で確かめられている(現代戦車のテクノロジー)
- ^ コンタクト5やFY-5など。
- ^ 川底が厚い泥であったり、特に急流であれば水中渡河は困難だと考えられる。
- ^ 兵器輸出入の実例を挙げれば、国内の企業が開発した車輌と他国の車輌とを比較検討した結果、他国製の輸入に決まる場合もあれば、逆にイランへの輸出用に開発したものの革命でキャンセルされ、開発企業救済のために本国イギリス陸軍に採用されたチャレンジャーの例もある。一方で日本やイスラエルの様に、防衛上の方針や政治的制約からコスト面での不利を覚悟で輸出を行わずに国内での生産と運用に限定する国もある。また西側標準となったL7ライフル砲やラインメタル120 mm 滑腔砲のように、一部装備のみの輸出入やライセンス生産が行われる事も多い。
- ^ 戦車の性能は、開発国の工業力を推し量る指針となる。第二次世界大戦中、ドイツは同国ならではの優れた機械技術でティーガー、パンターなどの強力な戦車を開発したが、あまりに複雑な構造故に生産性が非常に悪く、戦場でも稼働率が上げられずに当初見込んだ戦果を得る事が出来なかった。対するアメリカはM4シャーマン戦車のような単純な構造で生産性と信頼性、可用性の高い戦車の大量生産を行い、物量でドイツ軍戦車を圧倒する事で連合国の勝利に大きく貢献した。
- ^ 冷戦終結による「脅威の減少」とは、戦車同士が大規模に砲火を交える可能性が小さくなったという事を指す。
- ^ こういった発展途上国の陸軍向けの兵器販売としては、旧ソビエト時代などに輸出された世界中に多く存在する旧型戦車へのアップデートキットや中古戦車の輸出などが代表的である。
- ^ 先進国や発展地上国でも、近代化改修に似て非なるものに、旧式化した戦車の車体や走行装置などを自走砲や工兵戦闘車両のような派生車輌として活用することも以前からよく行なわれた。
- ^ 軽量化に伴い防護性能の低下は避けられず、あるものは装軌(キャタピラ)式を止めて装輪(タイヤ)式とすることで路外走行性能も低下するが、空輸性を含めた輸送の利便性と単一ファミリー化によるコスト低減を優先した設計が行なわれている。
- ^ KADDB - Projects - Falcon Turret - 写真1 - 写真2 - 写真3
- ^ ストライクアンドタクティカルマガジン別冊「戦後の日本戦車」古是三春、一戸祟 カマド社
[編集] 参考文献
- 林 磐男 『タンクテクノロジー』 山海堂、1992年、ISBN 4-381-10051-4
- ピーター チェンバレン、クリス エリス『世界の戦車 1915~1945』大日本絵画、1996年、ISBN 4-499-22616-3
[編集] 出典
- ^ い ろ 高井三郎著 『国土防衛と陸上作戦における戦車の役割(下)』 軍事研究2008年10月号 (株)ジャパン・ミリタリー・レビュー 2008年10月1日発行 ISSN 0533-6716
- ^ い ろ は 日本兵器研究会編 『現代戦車のテクノロジー』 アリアドネ企画 2001年5月10日第2刷発行 ISBN 4-384-02592-0
- ^ 参考文献:PANZER誌2007年1月号特集「第4世代MBTは実現するか?」
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
















