折田至

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折田 至(おりた いたる、1934年1月3日 - 2006年9月27日)は、映画監督、演出家、テレビプロデューサーUFO研究家、発明家。アイデア開発研究所代表、発明協会会員。

目次

[編集] 略歴

  • 昭和9年1月3日 - 鹿児島県鹿児島市生まれ。
  • 昭和27年3月 - 佐賀県立佐賀高等学校卒業。
  • 昭和33年3月 - 千葉大学工学部工業化学化写真映画専攻卒業。
  • 昭和33年4月 - 東映入社(7期)京都撮影所技術部配属(7年8ヶ月)。
  • 昭和40年 - 東映東京制作所に移る(12年10ヶ月)。
  • 昭和41年 - NTV『丸出だめ夫』で監督昇進。
  • 昭和53年10月 - 東映本社テレビ事業部プロデューサー(15年2ヶ月)。
  • 平成6年1月 - 東映定年退社、東映アカデミー(演技学校)非常勤講師、尚美学園大学映像クリエーターゼミ講師。
  • 平成9年10月 - 千葉大学工学部画像工学科非常勤講師、ビデオ撮影・編集スタジオ「アイデア開発研究所」設立。
  • 平成11年4月 - プロダクション創映児童部・青年部講師、東京ビジュアルアーツ映像学科非常勤講師。
  • 平成18年9月27日 - 腎不全のため逝去。享年72歳。

[編集] 人物

東映に籍を置き、『丸出だめ夫』『悪魔くん』『仮面ライダー』シリーズの監督として活躍。戦隊シリーズの『バトルフィーバーJ』からはプロデューサーとして東映キャラクター路線を支える。

その後東映のアニメ作品をプロデュースした後、宇宙刑事シリーズをはじめとする東映メタルヒーローシリーズのプロデューサーを『宇宙刑事ギャバン』から『機動刑事ジバン』まで吉川進と共にすべて歴任。

平行して『超人機メタルダー』『世界忍者戦ジライヤ』などで監督を務める。 『ブルースワット』の36話監督を務めた後、東映を定年退職東映アカデミーで講師を務める。

UFO研究家としても活動しており、UFO探知機の発明家としても知られる。

1970年代のUFOブームの際には『3時のあなた』などのワイドショーにも度々出演した。

仮面ライダーシリーズの演出のベースになっているものは、ジョン・ウェインの西部劇であると語っていた。馬をバイクに置き換え演出したという。「子供に伏線は通用しない」とのメモも残していた。ショッカーの戦闘員にマスクを被らせたのは、折田監督のアイディアである。

最も思い出深い作品は、助監督時代の『柔道一直線』『丸出だめ夫』だったという。

ペットとして猫を可愛がっていた。晩年にインタビューを受けた『アマゾンから帰ってきた男 別冊』の書籍には、その愛猫の写真が掲載されている。

2006年9月27日午後10時33分、腎不全のため他界。享年72。

[編集] 主な監督・脚本作品

  • 監督作品:205本
  • プロデューサー作品:589本(内アニメ作品147本)
  • 出演作品:12ch・TBS・KTV・千葉テレビのUFO番組、東映ビデオの『仮面ライダー・メモリアル』『ジャイアントロボ・メモリアル』、『仮面ライダーV3』DVD-BOX映像特典(座談会)

[編集] テレビシリーズ(実写)

[編集] テレビシリーズ(アニメ)

[編集] テレビスペシャル

  • 全員集合!7人の仮面ライダー!!(1976年1月3日 毎日放送)監督
  • 東映スーパーヒーロー・スペシャル(1992年)監督
  • 仮面ライダー・スペシャル(1993年)監督

[編集] 映画

[編集] ビデオ

[編集] アイデア開発研究所作品

  • 父母の想い出 <OV> 製作
  • 君のエンブレムが輝く時(中央自動車技術専門学校) <OV> 製作
  • 結城市観光PR <OV> 製作
  • 結城市ゴミ処理 <OV> 製作
  • 大網白里病院 <OV> 製作
  • 桐華流着物の着付け <OV> 製作
  • 日本女子体育大学・フィギュアスケート発表会 <OV> 製作
  • ドレミコンサート'95 <OV> 製作
  • 目黒の思い出 (金属材料技術研究所 <OV> 製作
  • その他、結婚式・公演・音楽・演劇・舞踊発表会の記録等

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月28日 (金) 08:37 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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