摩耶観光ホテル

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摩耶観光ホテル(まやかんこうホテル)は、かつて神戸市灘区摩耶山中腹に存在したホテル。現在は廃業し、そのアールデコ風のユニークな建築は廃墟となっており、近代遺跡として廃墟マニアの間で注目されているが、内部への立ち入りは禁止されている。 ファイル:MAYASANHOTEL.JPG


目次

[編集] 概要

摩耶鋼索鉄道(現・神戸市都市整備公社摩耶ケーブル線)により1929年5月から建設され、同年11月に営業を開始。鉄筋コンクリート造で、軍艦を連想される外見から「軍艦ホテル」と呼ばれた。しかし1944年第二次世界大戦の激化により、摩耶鋼索鉄道摩耶ケーブル線が不要不急線として運行が停止されたため、ホテルの営業も翌1945年に休止となった。

戦時中の空襲により大きな被害を受けたため復旧が遅れ、その後ケーブル会社から民間業者に売却されて、1961年に全面改装の上で再オープン。内装は1959年春に大阪解体された豪華客船「ふらんす丸」(元フレンチ・ライン「イル・ド・フランス」)より装飾品などを買収し改装された。しかし台風等による被害で、1967年頃にホテルの営業を休止。その後1974年頃より学生のゼミ合宿やサークル合宿専用の「摩耶学生センター」として転用されたが、震災前の1994年に学生の合宿所としての使用も停止された。

その後の阪神・淡路大震災で倒壊こそしなかったものの、建物自体に大きな損傷がでており、現在はホテルの脇を通っていた登山道共々立ち入り禁止となっている。

[編集] 補足

一説に、1929年11月の完成直後はケーブル会社の福利厚生施設として営業開始し、1932年にホテルとしてオープンしたとの説が存在するが、当時の新聞記事およびケーブル会社作成の観光リーフレット(*摩耶観光ホテルについて)によると、明らかに29年の完成直後からホテルとして営業を開始していることが確認される。

[編集] 関連項目

2002年2月時点でのホテル跡。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月23日 (月) 05:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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