支那の夜

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支那の夜しなのよる)は、東宝・中華電影公司合作、昭和15年(1940年)公開の国策映画、およびその主題歌。映画の主演は長谷川一夫李香蘭。主題歌「支那の夜」は作詞:西條八十、作曲:竹岡信幸、歌唱:渡辺はま子。この映画は、昭和13年(1938年)に発売された同曲のヒットを受けて製作されたものである。

[編集] 映画

支那の夜
監督 伏水修
製作 滝村和男
脚本 小国英雄
出演者 長谷川一夫李香蘭ほか
音楽 服部良一
撮影 三村明
公開 1940年6月5日(前篇)
1940年6月15日(後篇)
製作国 日本 中華民国
  

昭和15年(1940年)、東宝映画(現在の東宝)と中華電影公司の合作で制作された国策映画であったが、表向きは日華親善映画であった。東宝の看板スター・長谷川一夫と満映(満洲映画協会)の看板スター・李香蘭との共演による「大陸三部作」(「白蘭の歌」、「支那の夜」、「熱砂の誓ひ」)の2作目。上海を舞台に、長谷川一夫扮する日本人貨物船船員・長谷哲夫が李香蘭扮する中国娘・桂蘭を救い、二人の間に恋が芽生えるというストーリー。劇中、長谷が桂蘭を平手打ちにし、それをきっかけに桂蘭が長谷を深く慕うようになるという場面があり、中国人にとっては甚だ屈辱的なものであった。また自国のスターが、敵国・日本の映画に出演したことを訝しがる中国人も多かったのである。そして中国人は「支那」という呼称を好まないので、中国では「上海之夜」として上映され、戦後の日本では、表現上、問題のあるシーンなどがカットされ「蘇州夜曲」と改題され、再公開された。

最近は、劇の内容からか、公共の電波で放送される機会はなかったが、2009年2月に数回に亘りCS放送で放送される予定である。 

  • 監督:伏水修
  • 出演
    • 長谷哲夫:長谷川一夫
    • 桂蘭:李香蘭
    • 山下仙吉:藤原鶏太(釜足)
    • 三浦とし子:服部富子
    • 張子仙:汐見洋
    • 山崎文之助:御橋公
    • 池田(船員):嵯峨善兵
    • 荒田:藤輪欣司
    • 船長:鬼頭善一郎
    • 柳井:長島武夫
    • 荒田正男:小高たかし
    • 山崎なつ:清川玉枝
    • 荒田のおばさん:三條利喜江
    • 桂蘭の母:藤間房子
    • 桂蘭の婆や:小峰千代子
    • 壮士風の男:今成平九郎

[編集] ストーリー


注意以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。


船員長谷哲夫と山下仙吉は、上海の雑踏で中年日本人男性と口論になっていた桂蘭という中国娘を救う。実は桂蘭は抗日の中国人で、日本人に恩を受けることを非常に嫌っており、助けてもらった借りを働いて返すと言って長谷と山下の住むハウス(日本人専用のホテル)に付いてくる。住む家もなく上海の街を放浪していた桂蘭がその汚れを風呂で落とすと、その美しさに長谷は驚き、桂蘭の日本人に対する誤解を解くことを決意する。実は桂蘭は上海の資産家の娘で、日本の攻撃によって両親も家も失ったことで、日本人を相当憎んでいたのだった。ある日高熱を出した桂蘭をホテルに住む日本人や、長谷を慕うとし子らが懸命に看病して治すが、桂蘭はその親切を素直に受けようとしないので長谷は思わずその頬を打ってしまう。桂蘭は自分のひねくれた心を反省し、また長谷への想いにも気付く。

ある夜、桂蘭が、かつて属していた抗日組織に誘拐される。目的は長谷から軍需物資の輸送計画を聞き出すことだったが、呼び出された長谷は断固として応じない。長谷が撃たれようとしたその時、桂蘭の機転で事態は一転し、駆けつけた警察によって長谷は救出される。このことで長谷と桂蘭の仲は一気に深まり、二人は結婚することになる。

結婚式の夜、長谷に軍需物資の輸送の指揮をとれという命令が下り、長谷は新婚の妻を置いて出動する。果たして輸送船は抗日組織の攻撃を受ける。帰りを待つ桂蘭のもとに、長谷が亡くなったという知らせが届く。桂蘭はかつて二人で楽しい時を過ごした蘇州に馬車を走らせ、虎丘で長谷を偲び泣き崩れ、やがて運河の辺で入水自殺を図る。するとそこに実は助かっていた長谷が馬車で駆けつけ、長谷に気づいた桂蘭と運河に架かる石橋の上で抱き合うのであった。

[編集] 主題歌・挿入歌

「支那の夜」は、渡辺はま子が歌い、松平晃の歌った「上海航路」とのカップリングで昭和13年(1938年)12月に発売されたが、発売当時は、しばらく全く売れなかった。ところが、半年ぐらい経った頃から売れ出し、1年後には戦線の将兵の間でも大流行し、太平洋戦争中には海外放送にも使われて、ドイツの「リリー・マルレーン」のように、これを聞いたアメリカ兵達に親しまれ、「China baby in my arms」(チャイナ・ナイト)として大いに愛唱されたそうである。敗戦後には、進駐軍の兵士が競ってレコードを求めたという。その後、この曲はアメリカに接収され16年間返還されなかった。

「零号作戦」の音楽監督であったビクター・ヤングは、このメロディを好んで、この映画内でアン・ブライス、ロバート・ミッチャムに「ゴールデン・ムーン」というタイトルで歌わせている。

渡辺はま子はその頃ビクターに移籍していた為、日本コロムビアでは胡美芳の歌唱で同じ番号のレコード盤を製作し、需要に応えた。

海外ではChina nightの題で親しまれているが、日本では現在支那という言葉が差別用語に当たるとされていることから、テレビやラジオで放送されることは非常に少ない。

同映画の挿入歌として「蘇州夜曲」、「想兄譜」がある。「蘇州夜曲」は情緒纏綿とした名曲であり、今日でも歌われることがある。映画の中では「支那の夜」と共に李香蘭が歌っているが、レコード会社の関係(当時、作曲家と同じ会社に所属する歌手しか吹き込めなかった)で、レコード盤の歌唱は渡辺はま子である。坂本九1963年にアメリカでの第二弾レコードとしてこの曲を吹き込んだ際にも上述のレコード会社の関係及び「支那」という言葉がネックになり2004年まで日本発売されなかった。

  • 「支那の夜」(1938年12月発売)
作詞:西條八十
作曲:竹岡信幸
歌:渡辺はま子
  • 「蘇州夜曲」(1940年8月発売)
作詞:西條八十
作曲:服部良一
歌:霧島昇、渡辺はま子
  • 「想兄譜」(蘇州夜曲の裏面)
作詞:西條八十
作曲:竹岡信幸
歌:渡辺はま子

最終更新 2009年11月17日 (火) 22:25 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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