政府紙幣
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政府紙幣(せいふしへい)とは、政府が直接発行し通貨としての通用力が与えられた紙幣のことである。中央銀行の発行する銀行券と同じ法定通貨としての価値を持つ。近年、不況対策として導入をめぐってさまざまな議論を呼んでいる。
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[編集] 概説
多くの国では、政府管轄の印刷局(日本は国立印刷局)や印刷会社で製造した紙幣をいったん中央銀行に交付して、中央銀行が銀行券として流通させることが一般的であるが、現在でも一部の国では、政府機関が直接紙幣を発行している場合がある[1] 。たとえばシンガポールの通貨シンガポールドルはシンガポール金融管理局(Monetary Authority of Singapore)が発行と管理を行っているが、これは中央銀行の業務を政府自ら行っているといえる。
アメリカ合衆国では1862年、南北戦争時にリンカーン大統領によって臨時的に発行された(en:United States Note)が、これはアメリカ合衆国財務省が初めて発行した紙幣である。南北戦争後1865年、リンカーンはこれを合衆国の永続的な通貨発行システムとする意向を発表するが、その一月後に暗殺されてしまい政府紙幣の発行も中止される。1963年6月4日には、ケネディ大統領の大統領令11110によって政府紙幣が復活するが、その約半年後1963年11月22日、ケネディー大統領は暗殺され、発行された政府紙幣は全て回収されてしまう。
[編集] 世界の政府紙幣の歴史
世界で最初の紙幣は中国の交子であった。やがて宋の時代には国家が発行するようになった。これが政府紙幣の始まりである。次の元や明では、この交子が活発に発行されたが、財政難から濫発したことから、激しいインフレーションを招いた。 現在の中国、中華人民共和国の香港特別行政区の法定通貨である香港ドルは、香港金融管理局の監督の下で民営銀行3行が紙幣を発行しているが、10香港ドル紙幣[2](ポリマー紙幣)だけは香港特別行政区政府の発行する政府紙幣である。このように銀行券と政府紙幣の双方が発行される場合もある。
アメリカではアメリカ独立戦争中の独立政府において、膨大な戦費をまかなう為に大陸紙幣(Continental)と呼ばれる一種の政府紙幣を発行した。これはアメリカ合衆国建国後、地域紙幣として一時使用されつづけたが濫発したことから価値が暴落し信用のない通貨の代名詞になった。
英語で「大陸紙幣ほどの値打ちもない(not worth a Continental)」という慣用句は、アメリカ独立戦争経費をまかなった不換紙幣を発行した植民地州代表の大陸会議なのである。米英戦争(1812-14)後の数年間と1830年には国内鉄道基盤整備のための投資として不換紙幣が用いられたが、1837年の世界恐慌で終わったのである[1]。
また南北戦争時もアメリカ政府がデマンド・ノート(Demand Note)を発行した、対する南部連合国も政府紙幣を発行した。前者はリンカーンが暗殺されたため継続的発行が中止され、後者は敗北したことでまったく価値を無くした。
現在でも法律上、財務長官は、3億ドルを限度に「合衆国紙幣」(United States Notes)を発行することがで きることとされている(31 U.S.C. §5115)。南北戦争中、戦費調達の必要性を背景に、法貨条例(Legal Tender Act of 1862)により、発行が認められたのが始まりである。1971年1月 以降、新規の発行は行われていない[3]
フランスではフランス革命後に成立した革命政府は、没収した教会財産を担保とするアッシニア(当初は利子付債権であったが1790年から事実上不換紙幣として流通)を発行した。
戦時には国家の組織である軍隊の発行する軍用手票(軍票)がある。本来は戦後処理で清算する領収書の扱いであるが、事実上の通貨として流通する場合もある。代表的なものに日本軍が第二次世界大戦で東南アジアで使用した大東亜戦争軍票[4]があるほか、戦後も世界各国で展開するアメリカ軍の兵士が使用したMPCや、アメリカ軍に占領された沖縄で一時的に使用されたB円がある。軍票も政府紙幣の一種であるが、濫発するとインフレーションを招くこともあるが、厳格に運用すると銀行券と同様に支障なく流通させることができる。実際にB円は沖縄における法定通貨として1958年まで使用されて[5]いた。
なお現在では政府紙幣を発行している国は多くないが、中央銀行の発行する銀行券と同様に発行と流通に際して厳しく管理されている。
[編集] 日本における政府紙幣
[編集] 日本銀行創立以前の政府紙幣
江戸時代には、地方の諸侯が領内での流通に限定した藩札を発行していたが、これも一種の地方政権の発行する政府紙幣であった。発行目的のひとつに領内の殖産興業があったが、藩によっては濫発した為、額面よりも実際の価値が幕府発行の貨幣に対して著しく低い場合も少なくなかった。
明治維新後の明治政府は、何度も政府紙幣を発行した。最初は戊辰戦争時の太政官札であり、西南戦争時には明治通宝が発行されたが、いずれも戦時支出のために大量に発行された。ついで発行された国立銀行紙幣もうまく機能しなかったことから、1883年に旧紙幣と交換された神功皇后が描かれた改造紙幣が発行されたが、この紙幣の名義は「大日本帝国政府紙幣」であった。その後日本銀行が設立されたことで、各種の政府紙幣は流通が停止し使用禁止となった。
明治の維新政府は、税制など歳入システムが未整備のままスタートした。政府支出の大部分は、太政官札などの政府紙幣の発行によって賄われていた。当初は、デフレギャップが存在していたので、物価も上昇せず、経済も順調に拡大した。しかし明治10年の西南の役の戦費がかさんだ。このための政府紙幣が大量に発行されたことが原因でインフレが起った。流通通貨の増大でインフレギャツプが生じたのである。農産物が高騰し、農村は潤ったが、都会生活者、特に恩給暮しの者達は困窮した。そこで政府は、増税などによって政府紙幣の回収を始めた。この結果、物価動向も落着いた。しかし新たに登場した松方政権はさらに多くの政府紙幣の回収を行った。この結果、大幅に需要が減り、逆にデフレになった[2]。
[編集] 小額政府紙幣
「小額政府紙幣」も参照
第二次世界大戦中には、戦争により銀価格が急騰したため、銀貨の発行継続が困難になり50、20、10銭の政府紙幣が発行された。この措置は戦争終結により銀価格が落ち着いた為に解除された。しかし1938年以降は、またしても銭単位の補助通貨が金属物資の戦争優先使用のために発行できなくなり、50銭の政府紙幣が発行された。当初は富士山を描いた紙幣であったが、紙幣増産のために民間印刷会社に委託されたことに伴い靖国神社に図案が変更になった。終戦後50銭硬貨が復活したが、戦後インフレーションのためにコスト割れになるおそれがあったため、板垣退助の図案の政府紙幣が再び発行された。なお、50銭の政府紙幣は銭単位が1953年に廃止されたため、日本で政府紙幣は流通しなくなった。以上のことから日本銀行発足後に発行された政府紙幣はいずれも小額政府紙幣であり、前述のような戦時での金属不足などの特殊な状況下日本政府が発行する硬貨の代替との性格が強いものであった。
[編集] 政府紙幣導入の論議
近年、一部の経済学者ないし政治家が、ケインズ主義の立場などから、政府紙幣を発行すべきと主張している。政府紙幣は国債とは違い償還不要で金利が付かず債務にならない利点があるからである。また通貨供給量を増大させる手段でもある[6]。その反面、裏づけのない政府紙幣を無制限に発行すれば猛烈なインフレーションを発生させる危険性もある。しかし日本銀行の発行する現在の紙幣自体が信用創造といわれる方法で作り出される物質的に裏づけの無いお金であり、そのうえ政府は選挙で変えられるが日銀総裁は選挙では変えられないため、民主主義に反するとの意見も多数ある。なお日本では硬貨は政府発行であるが、これは国庫の預金を引き当てた上(裏づけとして)で発行している。
[編集] 1997-2004年
1997年の消費税増税に伴う日本経済の景気減速への対策として、日本の特定の経済学者が、1998年以降、政府紙幣を発行し財政支出として活用すべきとの主張をした。国債発行は債務として残る上に利子が付くという弱点があるので政府紙幣で財政支出を増やそうというという、ケインジアン的な経済政策である。
大蔵省官僚であった榊原英資・慶應義塾大学教授(当時、現在は早稲田大学客員教授)は、『中央公論』2002年7月号に「〈日本が構造的デフレを乗り切るために〉政府紙幣の発行で過剰債務を一掃せよ」という論文を書いた。ただし榊原は政府紙幣の発行は「一回限りということを政治レベルで明確に確認する必要がある」と指摘し、あくまで緊急避難的な政策であるとしていた。
2003年4月16日に、日本政府の財務大臣の諮問機関である関税・外国為替等審議会の専門部会は、ノーベル賞経済学賞受賞者の経済学者スティグリッツを呼び、日本の政策への意見を聞いたがスティグリッツは「政府紙幣の発行を提言したい、緩やかに政府紙幣を市場に出せばハイパーインフレを引き起こすことはないし、国債では債務を借り替える必要があるが、政府紙幣ならそうする必要がないという利点がある。また会計上政府の債務の一部として計上されることはないし、国家としての格付けも下がらない」と利点を主張し政府紙幣発行の薦める主旨を発言している[7]。
同じく財務省の高橋洋一は、2004年に日本政府内で政府紙幣の発行を提案し、その準備の文書を作成している(「政府紙幣発行の財政金融上の位置づけ」)。高橋によれば[8]、日銀券とは別に財務省が政府紙幣を発行し国民に配るというもので、当時の竹中平蔵大臣にこの政府紙幣の発行がデフレ対策の切り札として提案していた。また法律では貨幣の発行権は政府にあるので、法改正なしに政府の判断で政府紙幣の発行ができると主張した。
しかし、政府紙幣の発行はいずれも個人的な提言のみで終わった。
[編集] 2008年以降
2008年から2009年にかけて深刻化した景気後退期において、元金融担当大臣であった渡辺喜美が麻生太郎首相に対して政府紙幣の発行を提言した[9]。政策提言書の末尾には「(政府紙幣発行などの)提言が速やかかつ真摯に検討、審議されない場合、政治家としての義命により自民党を離党する」としていたが、そのほかの政策提言全てが無視されたことから離党した。
前述の高橋は今度も政府紙幣発行を景気浮揚策として主張しており、それによれば現状のデフレーションと円高を是正する手段として、25兆円の政府紙幣を発行することで物価を1~2%上昇させ、為替も1ドル120円くらいに円安になるとしている。これはフィリップス曲線の理論からすれば、インフレーションが起きると失業が減るし雇用の確保することになる。そのためインフレーションを起こす(インフレ・ターゲット)ために政府紙幣発行が最も簡便な手法であるとの主張である。高橋はまた国民一人当たり20万円の政府紙幣を配布することも提案している。だが、高橋は政府紙幣発行はリフレ政策のひとつの手段であるとして理解。政府紙幣ですべてをまかなうか、金融緩和で75兆円のマネーを供給しようか、どちらでもかまわないと2009年には主張している[10]。
なお日本で発行する為には通貨法の改正が必要となる[1][11][12] などの意見もあるが、東洋大学教授に就任していた高橋洋一は、政府は通貨法で記念事業として1万円までの通貨を発行できるので法改正は必要ないとしている[13][14] 。また2月6日には政府紙幣など経済対策の新たな財源を探るとする「政府紙幣・無利子国債発行を検討する議員連盟」が自由民主党内に発足するなど、赤字国債発行や増税によらない財源のひとつとして政府紙幣の発行が必要であるとの動きもある。それによれば2009年春までに意見をまとめ、次期総選挙の経済対策の目玉としたい意向としていた[15]。
麻生内閣の経済関係閣僚であった中川昭一財務大臣、与謝野馨経済財政政策担当大臣(いずれも当時)をはじめとして政府紙幣のアイディアに対して否定的な見解を示した。また日本銀行も発行すると円の信用が著しく低下し、インフレーションとともに大幅な円安が進行するためとしている。これは政府銀行が大量発行すると通貨供給量が激増し通貨の大幅な供給過剰に陥り、収束不能の高インフレが発生する危険性があるためであるとしている。また、この円安はある程度の円高是正であれば景気対策として有効性もあるが、これを超えることは日本の通貨としての価値が下がることであるため、輸出には有利な反面、原料の輸入価格の上昇も意味するため、結果的に高インフレ発生を意味する。
政府紙幣発行の提言に対し政治家からの批判的な意見としては、中川が「日銀券を二つ作るようなもので、中央銀行がある中では、世界中にこういうものを使っているところはないと聞いている。あまりに次元の違う問題を喚起する可能性がある」として慎重な姿勢を示している。また2月5日に自民党の各派閥の総会では、伊吹文明は「政府紙幣はマリファナだ。有権者に吸わせて、いい気分にして票を取ろうという意図でやってはいけない」と批判したほか、津島雄二は「円天を政府がやるような話になる」と皮肉り、高村正彦は「中央銀行が一元管理をすることが大切だと言うことは歴史上人類が学んできた知恵。安易に例外を認めるべきではない」と発言するなど、政府紙幣発行には否定的な意見が出されている。
こうした中、2009年3月11日、麻生太郎首相は政府紙幣の発行を検討対象とする意向を表明した[16]。ただし、その後政府紙幣導入に関する議論は前進は見られていなかったうえ、第45回衆議院議員総選挙で麻生の自由民主党が政権与党の地位を喪失したため、事実上検討することは白紙になった。
[編集] 備考
- 政府紙幣を発行した近年の事例としてアメリカがあるが、この時の紙幣は券面の文字を入れ替えただけのもので、デザインはほかの紙幣と変わらないものであった。また香港の10ドル政府紙幣発行は、香港政庁が発行したバイメタル硬貨に偽造品が出現したことも紙幣化の理由である。
[編集] 脚注
- ^ い ろ 岩尾真宏、山口博敬「政府紙幣浮上の怪――自民内に構想」『朝日新聞』2009年2月3日付朝刊、第13版、第7面。
- ^ 同時にバイメタルの10香港ドル硬貨も発行されている、2002年から発行
- ^ Department of the Treasury, “FAQs: Currency, Legal Tender Status,” available at http://www.ustreas.gov/education/faq/currency/legal-tender.html [as of Feb. 27, 2004]
- ^ 朝日新聞2009年2月4日朝刊
- ^ その後は本土復帰する1972年まで合衆国ドルが流通していた
- ^ 通貨供給量を増大させる手段として、中央銀行に赤字国債を引き受けさせる方法もあるが、この方法では利子が付くうえに償還が必要になる
- ^ *議事次第
- ^ 『週刊ポスト」2009年1月2・9日号「新1万円札大量発行で全国民に20枚配る これが「平成の救国札25兆円」日本再生計画だ! 1930年代の“ルーズベルト札”“高橋是清札”の如く、景気と雇用が甦る。赤字国債も増税も必要ない「新紙幣」構想を提唱する」
- ^ 政策提言書2009年1月5日、麻生太郎首相に送った政策提言書 の「五」
- ^ 高橋洋一『恐慌は日本の大チャンス』講談社2009年196ページ
- ^ 伊藤純夫 「政府紙幣の発行、慎重な検討必要=杉本財務次官」 ロイター日本語ニュース、2009年2月2日。
- ^ 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第2条第3項には、「通貨とは、貨幣及び日本銀行法 (平成九年法律第八十九号)第四十六条第一項 の規定により日本銀行が発行する銀行券をいう。」とあり、同法第5条第1項には、「貨幣の種類は、五百円、百円、五十円、十円、五円及び一円の六種類とする。」とある。また、同法第7条には、「貨幣は、額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する。」とあるので、たとえ政府紙幣を発行しても、20枚までしか強制通用力がない(記念貨幣も同様)。
- ^ 「政府紙幣発行を 高橋洋一東洋大教授が効用語る」 産経新聞、2009年2月12日 。
- ^ 通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第5条第2項には、「国家的な記念事業として閣議の決定を経て発行する貨幣の種類は、前項に規定する貨幣の種類のほか、一万円、五千円及び千円の三種類とする。」とあり、同法第5条第3項には、「前項に規定する国家的な記念事業として発行する貨幣(以下この項及び第十条第一項において「記念貨幣」という。)の発行枚数は、記念貨幣ごとに政令で定める。」とある。
- ^ 無利子国債構想も 政府紙幣、伊吹氏は「マリフアナだ」 asahi.com 朝日新聞2009年2月5日配信、2009年2月11日閲覧
- ^ http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&rel=j7&k=2009031100822
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- mof.go.jp - 「政府紙幣発行の財政金融上の位置づけ」大久保 和正
最終更新 2009年11月20日 (金) 16:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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