救済土木事業

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救済土木事業(きゅうさいどぼくじぎょう)とは、雇用対策の一環として、急を要しない土木事業を行うことで失業者を救済する事業である。以下、日本の救済土木事業について述べる。

[編集] 概略

日本においては、斉明天皇2年、中大兄皇子が南槻宮、狂心渠(当時の人々はその意味を理解せず、こう呼んだという)を造った。

豊臣秀吉大阪城の修復、比叡山の再興、聚楽第の造営、奈良大仏殿の建立、伏見城の造営、鴨川桂川の築堤その他を行った。

江戸時代江戸幕府、諸藩によってこの政策は採用されることになり、幕府が直接行ったものには、延宝3年の江戸芝金杉の舟入堀の開鑿、享保18年の江戸城溝の浚渫、道路の修復、寛保2年の利根川荒川その他の川普請、天保7、8年の浜御殿渠の浚渫、安政2年の焼土運搬その他がある。 昭和初年においても、不況による失業者の増大に対して政府、また東京市その他によって救済土木事業が興された。

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最終更新 2009年5月9日 (土) 05:24 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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