教育二法
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いわゆる教育二法(きょういくにほう)とは「教育公務員特例法の一部を改正する法律」(昭和二十九年法律第百五十六号、1954年6月3日公布)および「義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法」(昭和二十九年法律第百五十七号、1954年6月3日公布)をいう。
目次 |
[編集] 概略
公立学校の教師が、政治色を帯びるデモ行進や集会に参加する事、生徒学生に参加を呼びかける事を規制し、これに抵触した場合は処分する旨定めた規定である。
[編集] 条文
(いずれも当時の条文であり現行法とは異なる)
[編集] 教育公務員特例法の一部を改正する法律
教育公務員特例法(昭和二十四年法律第一号)の一部を次のように改正する。
第十一条第二項中「同法第三十一条から第三十八条まで及び第五十二条」を「第二十一条の三第一項並びに地方公務員法第三十一条から第三十五条まで、第三十七条、第三十八条及び第五十二条」に改める。
第二十一条の三を第二十一条の四とし、第二十一条の二の次に次の一条を加える。
(公立学校の教育公務員の政治的行為の制限)
第二十一条の三 公立学校の教育公務員の政治的行為の制限については、当分の間、地方公務員法第三十六条の規定にかかわらず、国立学校の教育公務員の例による。
2 前項の規定は、政治的行為の制限に違反した者の処罰につき国家公務員法第百十条第一項の例による趣旨を含むものと解してはならない。
附則
1 この法律は、公布の日から起算して十日を経過した日から施行する。
2 地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)の一部を次のように改正する。
第二十九条第一項第一号中「この法律」を「この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律」に改める。
第三十六条第二項但書中「公立学校(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)に規定する公立学校をいう。以下同じ。)に勤務する職員以外の職員は、」及び「公立学校に勤務する職員は、その学校の設置者たる地方公共団体の区域(当該学校が学校教育法に規定する小学校、中学校又は幼稚園であつて、その設置者が地方自治法第百五十五条第二項の市であるときは、その学校の所在する区の区域)外において、」を削る。
第五十七条中「公立学校」を「公立学校(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)に規定する公立学校をいう。)」に、「学校教育法に」を「同法に」に改める。
[編集] 義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法
(この法律の目的)
第一条 この法律は、教育基本法(昭和二十二年法律第二十五号)の精神に基き、義務教育諸学校における教育を党派的勢力の不当な影響又は支配から守り、もつて義務教育の政治的中立を確保するとともに、これに従事する教育職員の自主性を擁護することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「義務教育諸学校」とは、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)に規定する小学校、中学校又は盲学校、ろう学校若しくは養護学校の小学部若しくは中学部をいう。
2 この法律において「教育職員」とは、校長(盲学校、ろう学校又は養護学校の小学部又は中学部にあつては、当該部の属する盲学校、ろう学校又は養護学校の校長とする。)、教諭、助教諭又は講師をいう。
(特定の政党を支持させる等の教育の教唆及びせん動の禁止)
第三条 何人も、教育を利用し、特定の政党その他の政治的団体(以下「特定の政党等」という。)の政治的勢力の伸長又は減退に資する目的をもつて、学校教育法に規定する学校の職員を主たる構成員とする団体(その団体を主たる構成員とする団体を含む。)の組織又は活動を利用し、義務教育諸学校に勤務する教育職員に対し、これらの者が、義務教育諸学校の児童又は生徒に対して、特定の政党等を支持させ、又はこれに反対させる教育を行うことを教唆し、又はせん動してはならない。
(罰則)
第四条 前条の規定に違反した者は、一年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する。
(処罰の請求)
第五条 前条の罪は、当該教育職員が勤務する義務教育諸学校の設置者の区別に応じ、左の各号に掲げるものの請求を待つて論ずる。
一 国立の義務教育諸学校にあつては、当該学校が附属して設置される国立大学(当該学校が国立大学の学部に附属して設置される場合には、当該国立大学)の学長
二 公立の義務教育諸学校にあつては、当該学校を設置する地方公共団体の教育委員会(当該地方公共団体が、特別区である場合には都の教育委員会、地方公共団体の組合であつてこれに教育委員会が置かれていないものである場合には当該学校を所管するその執行機関)
三 私立の義務教育諸学校にあつては、当該学校を所轄する都道府県知事
2 前項の請求の手続は、政令で定める。
附則
この法律は、公布の日から起算して十日を経過した日から施行し、当分の間、その効力を有する。
[編集] 制定の経緯
[編集] 当時の状況
- 教育委員会は選挙制であった。
- 日本教職員組合(日教組)の組織率は(やや時期が下るが)1958年現在で86.3%であった。
- 内閣は自由党の第5次吉田内閣。(自由民主党は1955年結党。)
- 日本社会党は左右両派に分裂していた。(1955年に社会党再統一。)
[編集] 中央教育審議会答申
- 1954年1月18日 中央教育審議会は「教員の政治的中立性維持に関する答申」を提出。
[編集] 教育二法闘争
これに対して日教組は、原案可決を阻止するため、昼休みを返上しまた日曜と平日を入れ替えて授業を行い保護者の参観を求める「昼食抜き」「振り替え授業」闘争を行なった。
これにより日教組攻撃に対する世論の批判が高まり、政府は刑事罰導入を懲戒処分にとどめるという後退を余儀なくされた(文部大臣は大達茂雄)。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 教員の政治的中立性維持に関する答申 (第3回答申(昭和29年1月28日))(文部科学省ウェブページ)
- 「義教法」「教育二法」闘争の混乱(内田宜人「戦後教育労働運動史論―わたしの日教組 光と影」績文堂出版より)
最終更新 2009年9月10日 (木) 10:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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