敦賀駅

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敦賀駅
駅舎(2008年)
駅舎(2008年)
つるが - Tsuruga
福井県敦賀市鉄輪町一丁目1番24号
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
日本貨物鉄道(JR貨物)
電報略号 ツル
駅構造 地上駅
ホーム 3面7線
乗車人員
-統計年度-
3,012人/日(降車客含まず)
-2007年-
開業年月日 1882年明治15年)3月10日
乗入路線 3* 路線
所属路線 北陸本線**
キロ程 45.9km(米原起点)
新疋田 (6.7km)
(16.6km) 南今庄
所属路線 北陸本線貨物支線(敦賀港線)
キロ程 0.0km(敦賀起点)
(2.7km) 敦賀港
所属路線 小浜線
キロ程 0.0km(敦賀起点)
西敦賀 (3.3km)
備考 みどりの窓口
* この他柳ヶ瀬線1964年廃止)
** 交直流電化境界駅

敦賀駅(つるがえき)は、福井県敦賀市鉄輪町一丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)のである。

目次

[編集] 概要

日本海側の港町として栄えた敦賀市の中心駅である。駅前には都奴賀阿羅斯等(つぬがあらしと)の銅像、駅前通りには港町にちなみ宇宙戦艦ヤマトの、また鉄道の町ということで銀河鉄道999それぞれの銅像がある。

現在は南に鳩原ループ線と深坂トンネル、北に北陸トンネルという北陸本線有数の難所を控え、かつてはさらに難関である柳ヶ瀬線や、北陸本線旧線(新保 - 大桐、通称杉津線)を控えた駅であり、その歴史的背景から広大な敷地を有する。駅構内の東側には敦賀第一機関区と客貨車区が、また敦賀電化時には駅南側に敦賀第二機関区が設けられ、峠越えに備えた重装備のD51機関車が多数配置され、機関車の交換やローカル列車の仕立てが多数行われていた。長時間停車の列車も多く、乗客がホームに出て休む姿も多かった。そののち輸送力強化のためトンネルによる新線切り換えと交流電化が行われ、近代化が進んだ。現在は交直流電車使用の優等化が進み、長時間停車する列車は少なくなったが、今でも上りトワイライトエクスプレスではホームに降り記念撮影をする客が絶えない。

その後電車化、貨物列車削減とJR化によって敦賀第一機関区は廃止され、旧敦賀第二機関区はJR西日本の敦賀運転所となり、その後の組織変更で福井地域鉄道部敦賀運転派出となっている。交流電気機関車の営業用第一号となったED70 1号機は敦賀第二機関区に配置され、使用停止後も永らく敦賀運転所内に保管されていた(現在は長浜鉄道スクエアにて屋内展示)。

一方、貨物列車の中継としての機能もあった。北陸本線の支線である敦賀港線への貨物列車や、専用線発着の私有タンク車による硫酸輸送もあったが、現在は貨車継走はない。 その結果、旧機関区や側線群が整理され、大きな未使用地になっている。ここを北陸新幹線用に改修する予定があるが、新幹線の敦賀延伸が現時点で未定であるため進捗していない。

交流電化は当時最新の技術であったが、その後は直通電車の増発ができないなどのデメリットも出てきた。そのため、地域活性化の起爆剤としておもに費用の地元自治体負担により2006年には敦賀以南の直流化を実施し、当駅まで新快速をはじめとする電車が乗り入れてくるようになった。新快速は近江舞子・彦根まで各駅に停車するが、案内放送や時刻表には新快速と案内・表記している。またICOCAなどの各種カード類は利用できず、改札内の通路にはその旨を記した看板が掲げられている。

隣の新疋田駅との間は、北陸本線上り列車は必ず鳩原ループ線を通行しなければならないため、その影響で両駅間の所要時間は上下線との間で差異が生じている。

[編集] 乗り入れ路線

  • 北陸本線
  • 北陸本線貨物支線(通称敦賀港線:日本貨物鉄道第一種路線・休止中)
  • 小浜線 ※起点駅

湖西線は正式には山科駅 - 近江塩津駅だが、北陸線との分岐である近江塩津を通過する列車も多く、実質的な乗換駅の機能を持っている。列車も湖西線経由と案内される。

[編集] 駅構造

北陸本線ホーム
小浜線ホーム

島式ホーム3面6線と切り欠きホーム1線、合計3面7線のホームを有する地上駅。駅舎は構内の西側にある。1・2番のりばには小浜線、3-7番のりばには北陸本線の列車が発着する。

4番のりばは、5番のりばの新疋田方を切り欠いてあるため、ホームの階段から更に150mほど離れている。構造上は小浜線列車の発着も可能である。北陸本線の下り本線は3番のりば、上り本線は6番のりばであり、どちらも主に特急列車が使用している。小浜線の本線は1番のりばである。

2006年9月24日に構内全域の電化方式が交流から直流に変更された。同年10月21日より、3番のりばの向かい側(旧4番のりば)が5番のりばに、切り欠きホーム(旧5番のりば)が4番のりばに変更された。

ホームは駅からやや高い位置にあるため、改札口から地下道に入り、各のりばへの階段を上る構造になっている。その構造であるがゆえに、ホームの周囲(特に東側)に風を遮るものがなく、特に冬は寒い風に晒されるという難点もある(6・7番のりばのみどちらの方向にも階段がある)。

ホームは強くカーブしており、列車が通過する際にはかなり速度を落とす。また、一部の特急電車は当駅でパンタグラフの昇降を行うほか、一部列車では乗務員の交代がある。当駅を通過する列車でも冬期に着氷の点検を行うときには運転停車を行い、ホームに待機している作業員が車両を点検、氷を落として発車する。客扱いを行う列車は乗降中に点検を行う。

小浜線が電化するまでは直江津方面へ向かう特急列車が2番のりばに到着し小浜線と同一ホームで乗換えができたが、電化工事が始まった2002年から、2番のりばを直流化するため、3番のりば発着になった。そのため、主に旧4番(現5番)のりばに発着していた上り特急列車も6番のりば発着に変更されている(但し、当駅で機関車交換を行う上り寝台特急列車は現在も5番のりば発着)。

しかし実際にホームの嵩上げが行われているのは、1・2・4番のりばのみであり、新快速も乗り入れ当初は4番のりば折り返しをメインにしていたが、3・5番のりば発着の福井方面の列車との乗り換えの不便さが嫌われてか、現在は5番のりば折り返しの新快速が増えている。

[編集] のりば

1・2 小浜線 小浜東舞鶴方面
3 北陸本線(下り) 福井金沢方面 (特急・急行・普通)
4 北陸本線・湖西線(上り) 大阪米原方面 (新快速・普通)
5 北陸本線(下り) 福井・金沢方面 (主に普通)
北陸本線・湖西線(上り) 大阪・米原方面 (新快速・普通(一部寝台特急))
6 北陸本線・湖西線(上り) 大阪・米原方面 (特急・急行)
7 北陸本線・湖西線(上り) 大阪・米原方面 (新快速・普通)
北陸本線(下り) 福井・金沢方面 (一部の普通)
  • 北陸本線上り方面からは1-5番ホームに、北陸本線下り方面からは5-7番ホームに、小浜線からは1・2・4・5番ホームに入線できる(但し、4・5番ホームからの小浜線定期列車の発着設定はない)。
  • 北陸本線の普通列車は時間帯によって発着するのりばにばらつきがあるため、必ずしも一定していない。また新快速も必ずしも4番のりばに出入りするとは限らない。とくに福井方面からやってくる当駅止まりの場合を例にとると、7番のりばに到着するものもあれば、時間帯によっては5番のりばに到着する列車もあるため、当駅止まりの上り普通列車から後続の上り特急列車に乗り換えようとする場合、前者は同一ホーム上で乗り換えできるが、後者は一度地下道へ降りてから6番のりばへ回る必要がある。逆に下り特急列車から当駅始発の下り普通列車への乗り換えは、おおむね同一ホーム上で可能である。
  • 福井地域鉄道部敦賀運転派出から小浜線ホームには直接入線出来ず、一旦4番線に入線後、転線する必要がある。また、イベントなどで小浜線へ直通運転がある場合、4番ホームなど小浜線のホーム以外に東舞鶴方面行きが入線する事がある。
  • 駅自動放送は北陸本線標準の詳細型自動放送となっている。

[編集] その他の施設

近距離用の券売機は高額紙幣が利用出来ないが、金沢支社管内で最も早く自動改札に対応した近距離券売機である。高額紙幣で切符を買う際にはみどりの券売機を利用する。同支社管内の直営駅では唯一、近距離用券売機頭上に掲げられている運賃表にアーバンネットワークのラインカラーが採用されている(2008年春の湖西線の一部駅名改称に合わせた運賃表の新フォーマット移行によるもので、琵琶湖線のほか京都駅以遠の奈良線嵯峨野線、さらに米原駅以東のJR東海エリアに該当する東海道本線カラーも確認できる)。またそれまで琵琶湖線では、米原経由石山までしか表示されていなかったが、同時に湖西線経由大津膳所・石山が追加された(但し石山のみ、どの経路でも同額)。さらに草津線手原も追加されている。

駅の待合室横にあったキヨスクはCHAOに改装された。3番・5番のりば中央部、6番・7番のりば中央部にそれぞれ塩荘の売店と待合所がある。

改札から地下道へ行く通路の左手に小便小僧があり、その池には鯉が飼育されている。

駅の東側には広大な敷地が広がり、転車台給水塔など歴史的価値のある構造物も現存している。

[編集] 北陸本線・湖西線直流化工事

敦賀駅に停車中の223系(新快速)

北陸本線の長浜駅と当駅までと、湖西線の永原駅と近江塩津駅までの直流電化への変更が滋賀県と福井県が主導となって決まり、2003年4月に工事協定を結び、同年10月26日に着工した。工事は2006年9月23日深夜から9月24日未明にかけて行われた電気設備切替工事をもって完了し、同年10月21日から京阪神方面との新快速をはじめとする直流電車の直通運転が始まった(乗り入れ先は一番遠くても播州赤穂駅[1]まで)。これにより、朝8時台の福井行き1本以外の普通列車は、この駅で系統が分断された。

従来は、北陸本線長浜駅 - 虎姫駅間と湖西線永原駅 - 近江塩津駅間にあったデッドセクションが、当駅北3.9km地点(北陸トンネル敦賀側坑口から200m)に移動した。

ちなみにこの直流電化事業は、2003年完成の小浜線電化事業、計画中の琵琶湖若狭湾快速鉄道(リゾートライン)計画と共に「嶺南鉄道三点セット」と呼ばれている。

また敦賀市都市計画マスタープランによると、北陸新幹線敦賀駅駅舎整備事業と平行して現在工場と農地が広がる木の芽川右岸を再開発、中高層の高度利用も考慮した住宅地および商業地を整備する計画が存在するようだが、具体的な話はまだ出ていない。

[編集] 駅舎改築計画とその後

完成から50年以上が経過し、一部で老朽化も進む駅舎について、バリアフリー化もあわせた改良が検討されてきたが、駅のホームが比較的軟らかい地盤の上にあることからエスカレータエレベーターの設置が難しく、目に見える形で進んでいなかった。しかし、2009年から2010年にかけて敦賀市が事業主体となって駅舎改築が検討されていることが明らかになった。概要は以下の通りである(2006年5月下旬の福井新聞記事)。

  • 駅舎を3階建てに改築し、改札口を3階に移動。跨線橋で各ホームにアクセス
  • 駅舎は2代目駅舎(1910年落成、1945年7月12日敦賀空襲で焼失)をモチーフにしたデザインを中心に検討中(2006年10月13日毎日新聞記事)
  • バリアフリー化は駅舎1階 - 3階と跨線橋 - 各ホームにエレベータを設置する事で実現(2009年度にJR西日本が着手する)
  • 駅舎を現地から30mほど南に移動…概ね市営駐車場の東側の位置

しかし2007年末頃から、北陸新幹線の敦賀駅延伸を考慮し、「新幹線の状況が決まらない以上、駅舎改築には同意できない」とJR西日本が表明、駅舎改築計画は事実上凍結された。 そして現駅舎を大規模リニューアルする案が浮上、2008年11月25日に開かれた「駅周辺整備構想策定委員会」でその方針が明らかとなった。概要は以下のとおりである(2008年11月26日の福井新聞記事より)。

  • 中2階を新設、トイレを増設し、待合室を拡張。観光案内所も拡充へ。
  • 一部は中2階までの吹き抜け構造に。床面積は約1.5倍の1330平方メートルとなる。
  • 外観デザインは3案が存在。これに加え、先の駅舎改築計画でまとまった2代目駅舎をモチーフとした案も追加検討へ。
  • JR西日本のバリアフリー化工事は、跨線橋を新設した上で各ホームとの間にエレベータを新設。
  • 現駅舎の駅長室がある部分は現状のままとする。

費用は約6 - 8億円と見込まれ、2009年度当初予算への盛り込みを目指す。JR西日本が2009年度に着手するバリアフリー化工事と同時着手し、2年をめどに同時完成を目指すとしている。

[編集] 貨物取扱

現在、JR貨物の駅としては車扱貨物の臨時取扱駅となっており、貨物列車の発着は無い。貨物設備は無く、専用線も当駅には接続していない。

最後まで使用されていた専用線は、東洋紡績敦賀工場へ続くものであった。この路線は、浮島町駅から当駅まで輸送されてきたエチレングリコールを輸送するために使用されていたが、1996年頃に廃止された。 また、駅の東側にある日鉱敦賀リサイクル(当時は日鉱亜鉛敦賀製錬所)へ続く専用線もあり、黒部駅へ輸送する亜鉛焼鉱の搬出に使用されていたが、亜鉛製錬終了に伴い1995年10月ごろに廃止された。

なお、日鉱亜鉛から東洋紡績へ、という同一駅間の輸送が行われていたこともあった。

[編集] 駅弁

  • 極上かにずし(塩荘
  • 極上さばずし(塩荘)
  • 若狭御膳(塩荘)
  • 元祖鯛ずし(塩荘)

[編集] 利用状況

1日の平均乗車人員は以下の通りである。

  • 2,772人(2004年度)
  • 2,784人(2005年度)
  • 3,023人(2006年度)
  • 3,012人(2007年度)

[編集] 駅周辺

[編集] 駅前

改札口は西側のみで、市営駐車場(有料)・駐輪場(無料)が隣接してある。周辺は片側2車線道路とアーケード付き商店街が立ち並ぶが、市街地全体がモータリゼーションに押されて活気が薄れているのが現状である。駅周辺の活性化のための再開発計画がある。商店街の裏手には居酒屋が連なる。

(上3項は東西通りを一つ隔てて、右に曲がった所にある)


[編集] その他

[編集] 駅東側

東側は木の芽川を挟んで工業団地がある。駅前から直接跨ぐ道路は無く、迂回しなければならないが、北陸新幹線駅舎新設工事に平行して行われる予定の東口開発の際には、駅前通りをそのまま東に伸長、国道8号敦賀バイパスに接続させる計画である。

  • 日鉱敦賀リサイクル(日鉱金属グループ)
  • 日本ピーエス本社工場

[編集] 歴史

  • 1882年明治15年)3月10日 - 官設鉄道の洞道口 - 敦賀間(のちに北陸本線を経て柳ヶ瀬線となる区間)と敦賀 - 金ヶ崎(現・敦賀港)間(現在の敦賀港線)開業により、一般駅として設置。
  • 1895年(明治28年)4月1日 - 線路名称制定。東海道線の所属となる。
  • 1896年(明治29年)7月15日 - 北陸線として敦賀 - 福井間開業。
  • 1897年(明治30年)9月20日 - 敦賀 - 金ヶ崎間旅客営業廃止。
  • 1902年(明治35年)11月1日 - 線路名称改定。東海道線米原 - 敦賀 - 金ヶ崎間が北陸線に編入される。
  • 1909年(明治42年)
    • 6月1日 - 現在地に移転。
    • 10月12日 - 線路名称制定。北陸線が北陸本線に改称され、当駅もその所属となる。
  • 1910年(明治43年) - 2代目駅舎完成。
  • 1917年大正6年)12月15日 - 小浜線が十村駅まで開業。
  • 1919年(大正8年)1月11日 - 敦賀 - 敦賀港間旅客営業再開。
  • 1945年昭和20年) - 敦賀空襲で2代目駅舎焼失。
  • 1951年(昭和26年)3月 - 3代目の現駅舎完成。
  • 1957年(昭和32年)10月1日 - 北陸本線の木ノ本 - 近江塩津 - 敦賀間の新線が単線開業、交流電化。旧線は柳ヶ瀬線となる。
  • 1962年(昭和37年)6月10日 - 敦賀 - 今庄間に北陸トンネル開通し、当該区間が新線に切り替え。同時に交流電化、複線化。
  • 1963年(昭和38年)9月30日 - 鳩原ループ線供用開始により、新疋田 - 敦賀間複線化。柳ヶ瀬線敦賀 - 疋田間休止。
  • 1964年(昭和39年)5月11日 - 休止中の柳ヶ瀬線廃止。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 荷物の取扱を廃止。
  • 1987年(昭和62年)
    • 3月31日 - 敦賀港線の旅客営業廃止。
    • 4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道・日本貨物鉄道の駅となる。
  • 1989年平成元年)3月11日 - 初めて当駅を通過する列車として特急「スーパー雷鳥」が新設。
  • 1997年(平成9年)3月22日 - 貨物列車の設定が無くなる。
  • 2003年(平成15年)3月15日 - 小浜線が直流電化開業。
    • 10月26日 - 北陸本線、湖西線の直流電化工事開始。
  • 2006年(平成18年)9月24日 - 北陸本線、湖西線の直流送電開始。
    • 10月21日 - 直流電車の乗り入れ開始。旧4番のりばを5番のりばに、旧5番のりばを4番のりばに変更。但しのりば表示のフォントは変わらず。

[編集] その他

[編集] 隣の駅

西日本旅客鉄道
北陸本線
新快速・快速(大阪方面より)
新疋田駅 - 敦賀駅
快速(福井方面より)
敦賀駅今庄駅
普通
新疋田駅 - 敦賀駅 - 南今庄駅
小浜線(全定期列車が各駅に停車)
西敦賀駅 - 敦賀駅
日本貨物鉄道
北陸本線貨物支線(敦賀港線)
敦賀駅 - 敦賀港駅

[編集] かつて存在した路線

日本国有鉄道
北陸本線(旧線)
敦賀駅 - (深山信号場) - 新保駅
柳ヶ瀬線
疋田駅 - (鳩原信号場) - 敦賀駅

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 但し実際には当駅始発の編成は網干駅(土曜・休日朝5時台出発分は姫路駅)までの運行なので、その列車が「米原経由播州赤穂行き」でも相生駅や播州赤穂駅までは直通しない。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年11月22日 (日) 00:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【敦賀駅】変更履歴

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