斜里郡
斜里郡の最新ニュースをまとめて検索!
斜里郡(しゃりぐん)は、北海道網走支庁に所属する郡。
人口23,005人、面積1,426.78km²、人口密度16.1人/km²。(2009年9月30日、住民基本台帳人口)
以下の3町を含む。
[編集] 沿革
江戸時代の斜里郡域は西蝦夷地に属し、当初は松前藩によって開かれたソウヤ場所に含まれたが寛政2年以降は新たにシャリ場所が設けられていた。寛政8年8月21日には斜里神社が創建されている。江戸時代後期になると、南下政策を強力に進めるロシアの脅威に備え、文化4年斜里郡域は天領とされ津軽藩が出張陣屋を築き警固をおこなった。この時、シャリで越冬時に多数犠牲者を出した津軽藩士殉難事件がおこっている。文政4年には一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となり今度は会津藩が斜里に出張陣屋を築き警固をおこなった。安政3~4年ころ知床半島にある硫黄山が噴火している。1869年に斜里郡が置かれる。北海道北見国に含まれた。
- 1882年2月8日 - 廃使置県にともない根室県の所管となる。
- 1915年4月1日 - 二級町村制施行により斜里村が成立する。(1村)
- 1917年 - 人口:12,885名。マラリア患者数:14名。
- 1919年4月1日 - 斜里村から小清水村が分立する。(2村)
- 1938年4月1日 - 斜里村が一級町村制を施行する。
- 1939年1月1日 - 斜里村が町制を施行して斜里町となる。(1町1村)
- 1943年4月1日 - 斜里町と小清水村から上斜里村が分立する。(1町2村)
- 1953年10月1日 - 小清水村が町制を施行して小清水町となる。(2町1村)
- 1955年8月1日 - 上斜里村が町制を施行するとともに改称して清里町となる。(3町)
[編集] 参考文献
- 内務省衛生局保健衛生調査室編『各地方ニ於ケル「マラリア」ニ関スル概況』1919年(大正8年)発行(2008年1月21日現在、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)
|
|||||
|
|||||||||||||||||
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.


