新京
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| 満洲国 新京特別市 | |
| ← 1932年 - 1945年 → | |
| 簡体字 | 新京 |
| 繁体字 | 新京 |
|---|---|
| 拼音 | Xīnjīng |
| カタカナ転記 | シンジン |
| 国家 | 満洲国 |
| 行政級別 | 特別市 |
| 建置 | 1932年 |
| 廃止 | 1945年 |
| 面積 | |
| - 総面積 | km² |
| 人口 | |
新京特別市(しんきょう-とくべつし)は満洲国の首都。現在の中華人民共和国吉林省長春市。
目次 |
[編集] 沿革
満州国建国後の1932年(大同元年)3月10日、満州国国務院は長春県の市街部に長春特別市を設置、同月10日に満州国国都(首都)を長春とする布告を発布[1]、同14日には長春を新国家の首都に相応しい名称として「新京」に改称することを発表[2]、同年6月までに改称され、[3]。8月17日には特別市政が施行された[4]。
新京では大日本帝国の敗戦に至るまで、日本の投資による大規模な建設事業などが展開され内地から多くの日本人が移住し、大いに繁栄した。
[編集] 市街整備
満州国国務院は移住してくる日本人のため新京市内を案内するパンフレットを製作し、宣伝に努めた。新京の建設にあたっては佐野利器など後藤新平の弟子筋の技術官僚が多く活躍した。ほとんど更地からの建設だったため土地利権といったしがらみがなく、新技術を何の障壁もなく投入して建設でき、上下水道始め社会基盤(インフラ)は内地に比べ立派に整備された。敷設された道路の道幅は非常に広く、狭いといわれた道でさえ自動車同士がすれ違える程だった。
1945年(康徳12年)8月、日本の太平洋戦争敗戦とソ連侵攻に伴う満州国の崩壊に伴い、市名は長春に戻され現在に至っている。
[編集] 行政区画
- 長春区、順天区、寛城区、敷島区、吉野区、東光区、承徳区、恵仁区、和順区、浄月区、大屯区、大経区、北河東区
[編集] 脚注
- ^ 大同元年4月1日国務院佈告第1号
- ^ 大同元年4月1日国務院佈告第2号
- ^ 5月24日に発令された『民生部訓令第62号』では長春特別市の名称が使用され、6月3日発令の『民生部訓令第84号』では新京特別市公所の名称が使用されていることからこの期間中に改称されたと考えられる。
- ^ 『政府公報』第36号 1932年8月17日
[編集] 関連項目
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