新安商人
新安商人の最新ニュースをまとめて検索!
新安商人(しんあん しょうにん)とは、中国で現在の安徽省に属する徽州府(歙県を中心とする)に籍を置き、辛亥前に活躍した商人集団の総称である。別名は、徽商、徽州商人、徽帮。
[編集] 概要
旧徽州府には、今日の安徽省南部から江西省北部にまたがる山間部一帯、歙県、休寧県、婺源県、祁門県、黟県、績渓県が含まれる。「新安」は、徽州の古名である。
中国の歴史上において著名な商人集団である新安商人たちは、皆な貧困な山間地に生まれ、生活の糧が乏しかった。このような他の地域と比較して劣った生存条件によって、たった一つの険しい出発点に立たされた。それが、行商である。
徽州府出身の新安商人は、他地域に活路を求め、四方に行商し、或る者は科挙に及第して朝廷に出仕し、並に多大な成功を収めた。こうして、徽州の人士には、比較的高い文化的素質が身についた。このような文化的要因が人的資本や人脈を形成し、新安商人は、高い素質を備えるようになり、その優位性が、その経営動中に更に一等の優位を与えた。これが、新安商人が興起し成功した一つの重要な原因である。
正にこれが新安商人の「賈而好儒(賈にして儒を好む)」といわれる特質であり、ゆえに新安商人には「儒商」という呼び方がなされた。中国で儒商といえば、実際は徽州商人に始まるものであり、徽州の商人が儒商を創造し、また儒商精神を形成し、それが伝統文化の中に融合したのである。
明代には、山西商人(晋商)と新安商人の二つの商人集団が勢力を均衡させてせめぎあっていた。但し明代後期より清代の嘉慶道光時期に至る間に、両淮地方の塩業中において、山西商人の勢力が減退し、新安商人が急速に発展した。
徽商のうち著名な人物には、清朝末期の胡雪岩(胡雪巖、字は光墉、1823年 - 1885年)がいる。胡雪岩は祖籍は徽州の績渓にあり、貧しい中から身を建て、道光・咸豊・同治・光緒の四代に渡り活躍した。太平天国軍と戦う清軍に兵糧を供給したことをきっかけに官職を得て、左宗棠ら洋務運動を進める官僚たちに協力し、様々な近代的工場の設立や上海での貿易活動に出資した。官界と経済界の両方で大成功を収めたが、最後には貿易で大損を出して破産し、寂しい晩年を過ごしている。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 藤井宏「新安商人の研究」(『東洋学報』第36巻1-4号、1953年)
最終更新 2009年7月10日 (金) 15:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【新安商人】変更履歴

