新宿駅西口地下広場

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地下広場への入口のひとつ。(写真は京王百貨店の前)

新宿駅西口地下広場(しんじゅくえきにしぐちちかひろば)は、新宿駅西口地下一帯の送迎車乗降部分を含む歩行者空間のことである。1969年の事件(下記参照)以降、公式名称表示では「西口地下通路」とされている。

周囲のデパートやビル、あるいは鉄道(JR・地下鉄・小田急・京王)駅との地下連絡口があり、また地下商店街とも連結しており、さらに西新宿都心とされる都庁をはじめとする超高層ビル群街へのアプローチとして、新宿駅西口周辺を行き交う人たちで昼夜間を問わず人波が途絶えない。また、ただの通り道や広場ではなく、一角にあるイベント広場で各地の物産展・即売会などが催されるほか、かつては反戦フォークゲリラの砦であったり、ホームレスの人たちが集団でダンボールを用いて暮らしていたりしていたなど、新宿の街の歴史の一角を担っているスペースでもある。

西口小田急デパートほかと同じく、坂倉準三が設計し(実施設計・設計監理は東孝光)、1966年完成。新宿西口に大型百貨店やバスターミナルが新たに整備され、現在見られる基礎を作った。また、新宿西口のバスターミナルは都道(東京都道414号線)の一部。

目次

[編集] 概要

  • 地下広場の下は、駐車場になっており、完成当初は世界初の地下立体駐車場とされていた。
  • 当地下広場にある新宿駅西口の交番前は、夕方時は待ち合わせの場所として多くの人に利用されている。
  • 都庁方面へ続く動く歩道の部分も同じ東京都建設局の管理。
  • 募金活動や勧誘の類は現在では原則禁止されている。
  • 地上同様タクシー乗り場と若干の路線バス(都庁循環)の発着もある。ただし、バス乗り場は地上(バスターミナル)がメイン。
  • 広場のロータリーのところに噴水がある(ただし現在停止中)。ここの部分は地上への吹き抜けになっており、「地下広場」ながらも、日の光が入るスタイルなので、広場全体では暗い雰囲気ではない。

[編集] 主な出来事

フォークゲリラ集会が機動隊と激突し、道交法が適用されて排除された。それまでは車路から噴水まで一帯を埋め尽くすほどの人であったが、以降集会は禁止され、名称も一夜にして西口広場から西口通路へと変更された。
  • 1998年2月10日…地下広場火災事件
それまで、ダンボールを使って地下広場の一角で集団で暮らしていたホームレスたちのダンボールハウスから出火。多数の死傷者から出た。これをきっかけに、今まで黙認されていたダンボールでの生活が全面的に禁止された。彼らが暮らしていた一角は、火災による被害修復後、現在はイベントスペースとして整備されている。この頃から、ホームレスの人たちは、至近にある新宿中央公園への転出が続き、現在では当公園に定住している。これにより、日中は当地下広場でホームレスの人を見かけることが以前より少なくなった。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月11日 (水) 13:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【新宿駅西口地下広場】変更履歴

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