日本海新聞

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株式会社新日本海新聞社
種類 株式会社
略称 日本海新聞、大阪日日新聞
本社所在地 〒680-8668
鳥取県鳥取市富安二丁目137番地
電話番号 0857-21-2888
設立 1975年12月22日
業種 情報・通信業
事業内容 新聞事業 他
代表者 代表取締役社主 吉岡利固
資本金 2億4,000万円
従業員数 374人
大阪本社の69人を含む)
主要株主 グッドヒル
主要子会社 日本海ディヴェロプメント、
日本海ケーブルネットワーク
ハイテクノ
外部リンク http://www.nnn.co.jp/
特記事項:2008年2月1日ザ・プレス大阪を吸収合併
  

日本海新聞(にほんかいしんぶん)は鳥取県を中心に、島根県東部と兵庫県但馬地方を主要な配布地域とする地方新聞である。

目次

[編集] 概要

日本海新聞本社ビル

朝刊のみの発行で、発行部数は約17万部(2001年)。鳥取県内におけるシェアは約80%と高い。購読料金は1部即売100円、1か月月極め2200円。

コスト削減を目指して、各地の販売店の店主が通信員(記者)を兼ねて地域ニュースを発信するという独特の方式を実施している。また、「社員全員が拡張員である」との信念の下、記者にも新聞拡張ノルマが課せられている。

印刷所は、鳥取市の本社と米子市の西部本社の2か所。一時、倉吉市の中部本社でも印刷をしようとする試みがなされたが、頓挫した。

大阪日日新聞との経営統合(後述)後は両紙で一部紙面を共有するほか、日本海新聞主催イベントの記事や鳥取県関連の記事・特集などが大阪日日に掲載されるケースも増えつつある。また、大阪日日の企画による「一日一笑 にちにち川柳」(読者投稿による川柳)は日本海新聞にも大阪日日と同様1面に掲載されている。

参議院議員田村耕太郎(現:自由民主党所属/内閣府大臣政務官)は吉岡の娘婿で元編集局長、大阪日日新聞社長。記者職在職のまま参院選予定候補として署名記事を書き続け、公職選挙法で禁止されている事前活動の疑いがあるとして問題となった。

[編集] “日本一安い新聞”をめぐる攻防

現在の料金になる前の購読料金(1部即売80円、1か月月きわめ1995円。消費税込)は朝刊を発行する全国の主要紙の中で最も安く、そのことは「日本一安い新聞」として販促活動を始め様々な場面でアピールの材料に使われていた。

しかし、産経新聞社が2006年11月1日にSANKEI EXPRESS(サンケイ エクスプレス)(月極め購読料消費税込み1,680円、1部70円)を首都圏や関西地区で発売。これにより「日本一安い新聞」ではなくなったが、同紙は2007年11月1日より1部100円に値上げ。2008年4月より宅配も1か月2100円に値上げしたため、日本海新聞は再び日本一安い新聞となった。

もっとも、そのわずか1か月後の2008年5月1日には当紙も現行価格に値上げしたことから日本一安い新聞ではなくなった。なお、大阪本社で発行している大阪日日新聞は従来通り1部即売80円、1か月月極1995円のまま価格を据え置き、「日本一安い新聞」の座を堅持している。

[編集] 沿革

創刊は1883年で「山陰隔日新報」としてスタート。1885年に廃刊後「鳥取新報」がそれを受け継ぎ、1894年創刊の「因伯時報」、1910年創刊の「山陰日日新聞」と合併し1939年に「日本海新聞」となる。1943年の鳥取地震、並びに1952年の鳥取大火による本社消失中の間も休刊せずに新聞を発行した(なお山陰日日は戦後復刊したが、すぐ再び日本海新聞に統合されている)。

しかし慢性的な赤字経営が続き、1975年に会社更生法の適用を申請し倒産。一時休刊[1]するも、鳥取県で紳士服や不動産の会社を運営する実業家・吉岡利固(よしおか としかた)のグループが再建スポンサーとなり、新日本海新聞社から翌1976年復刊(号数を旧日本海新聞から継承)した。

2000年4月、兵庫県内の取材体制を強化する目的で従前の但馬版(浜坂支社より発行)に加えて姫路支社を開設し「播磨版」を創刊。しかし、僅か半年後に閉鎖・廃刊している。

2000年10月、大阪府で夕刊紙「大阪日日新聞」を発行していた大阪日日新聞社(買収後社名を「ザ・プレス大阪」に改称し、現在は吸収合併)を買収し経営統合。閉鎖した姫路支社のスタッフを移行させ、同紙を大阪府下の地方新聞で戦後初めての朝刊(専売)紙にリニューアルした。

2008年2月1日、新日本海新聞社を存続会社として大阪日日新聞の発行会社「ザ・プレス大阪」を吸収合併。大阪日日は題字を変更しないで発行元を新日本海新聞社大阪本社として存続した[2]

[編集] 関連企業

吉岡利固の項の「吉岡が傘下に収める企業」に掲載。なお、同じ鳥取県内にある日本海テレビとは、新社となって以降は資本関係も含め何の関係もない(ただし、倒産した旧社は関係していた模様)。また放送関係では山陰放送の前身・ラジオ山陰が開局当初鳥取県のニュースを山陰日日新聞共々提供していたが、その後撤退している。(島根県のニュースは島根新聞→山陰中央新報の提供を受けていた)現在はエフエム山陰FM鳥取で鳥取県のニュースを放送している。

[編集] 発行所

[編集] 取材拠点一覧

日本海新聞中部本社
日本海新聞大阪本社=大阪日日新聞発行元(大阪市博労町)

[編集] 本社

[編集] 支社

[編集] 支局

[編集] 番組表

(以下は鳥取県・島根県版の場合。兵庫県但馬版では収録局が一部異なる)

[編集] 誤報問題

[編集] 境線のデータ虚偽報道

1997年10月7日付日本海新聞1面「鳥取発特報」に『境線を廃止したらどうか』という記事が佐伯健二記者の署名付きで掲載された[5]。記事の内容は、米子空港拡張による境線の一部地下化または線路移動工事に際して、「役目は終わった」として廃止を提案するものだった。記事では廃止論の根拠として、境線利用者数の減少を挙げているが、その数字は境港駅の乗車人数(乗降人数ではない、419人/日)だけであった。

記事に対し、西日本旅客鉄道労働組合JR連合系、以下西労組)は電話で抗議するが、日本海新聞社が「新聞に何を書いて載せてもいいではないか」と返答したため、西労組は報復として同紙の不買運動を開始する。不買運動の影響が大きくなるに連れ、日本海新聞は「新聞の不買運動は、民主主義を破壊する」「激しく闘う」と社長・編集総局長名で抗議したが、誤って掲載された境線利用者数の訂正はなく、さらに「あれは、記者の個人的な意見であって、新聞社の意見ではない」と逃げに廻った。

記事掲載から1か月後に「不買をやめたら西労組の反論を載せる」として不買運動は終結したが、現在まで反論は掲載されておらず、日本海新聞の対応が有耶無耶のまま事態は収束した。

なお、この件に関して佐伯記者は「確かな数字を教えないJR西日本が悪い」と反論しているが、運輸局で公開している資料の調査もしていない。

[編集] 日本海新聞のコラムでの捏造報道

吉岡は日本海新聞でコラムを連載しており、2008年7月1日付の紙面では「「ろうそくデモ」に見る韓国の先進性」と題して、BSE問題で途絶えていた米国産牛肉の輸入再開に反対する大規模デモ(2008年韓国蝋燭デモ)を取り上げた。

その中で、「ろうそくを持って行進する人々は実に整然としている。黙って歩き、時折拍手するだけ。よく見ると老若男女が入り交じっているだけでなく子供までいる。行進の両サイドを警察官が並んで規制してはいるが、そのわきから出入りは自由で警察側も参加者に対し無用な威嚇は一切しない」と記して韓国人の民度を賞賛し、デモが起こらない日本を「二流国」と批判している。

しかし、現実にはデモ隊は警察と徹底的に対峙しており、鉄パイプを手にしたデモ参加者たちが、石や割れた瓶、鉄の破片などを機動隊に投げ付けるなどの暴力が頻発していた。さらに機動隊のバスが全焼(放火の可能性も指摘されている)されたり、中央日報などの新聞社が襲撃される事態さえ発生していた。

[編集] 脚注

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  1. ^ 倒産後しばらく、労組によって不定期に新聞が発行されたことがある(この版は鳥取県立図書館で誰でも閲覧できる)。この版では、本編では「海潮音」だったコラムが「海鳴り」となるなど、本紙と似せた部分が多分にあった。
  2. ^ 参考記事:2008年1月1日付の日本海新聞ウェブページ(同日の大阪日日、日本海両新聞朝刊1面にも掲載された)
  3. ^ テレビ大阪は山陰地方では直接受信、ケーブルテレビを含め一切受信できないため元々から非掲載。但馬版には在阪各局フルサイズで収録されているが、こちらも直接受信が困難な地域が多く、ケーブルテレビでの再配信もほとんどされてない。また過去には毎日放送読売テレビの番組表も掲載されていたが、2009年10月現在、在阪放送局での掲載はABCテレビと関西テレビの2局のみになっている。
  4. ^ 関東広域圏の中波局で、全日の番組表を関西以西の地方新聞では唯一掲載。ただしニッポン放送に限らず、他の在京中波局の山陰地方での早朝及び昼間の受信は不可能。
  5. ^ 「鳥取発特報」『境線を廃止したらどうか』 日本海新聞 1997年10月7日 (Internet Archive)

[編集] 関連放送局

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキニュース
ウィキニュースに関連記事があります。

最終更新 2009年12月1日 (火) 10:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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