新河岸川

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新河岸川
新河岸川 2004年3月5日撮影
護岸改修された新河岸川(ふじみ野市)
水系 一級水系 荒川
種別 一級河川
延長 25.7 km
水源の標高 -- m
平均流量 -- /s
流域面積 411 km²
水源 武蔵野台地北部
河口(合流先) 隅田川岩淵水門
流域 埼玉県東京都

新河岸川(しんがしがわ、しんかしがわ、しんがしかわ[1])は、埼玉県及び東京都を流れる一級河川荒川水系隅田川の支流[2]である。

目次

[編集] 地理

武蔵野台地北部に降った雨を集め、流れる支流を合わせながら荒川の西岸沿いを流れて東京都北区岩淵水門先で隅田川に合流する[3]

[編集] 歴史

江戸時代川越藩松平信綱が当時外川と呼ばれていた荒川に対し内川と呼ばれた[4]本川に多数の屈曲を持たせることによって流量を安定化させる改修工事を実施し、江戸川越を結ぶ舟運ルートとした。これ以降、本川沿岸には新たに川越五河岸をはじめとした河岸場が作られ、川の名も「新河岸川」と呼ばれるようになった。舟運は特に江戸時代末期から明治時代初めにかけて隆盛した。

客を乗せる早舟は、川越夜船とも呼ばれ、川越と江戸を4日から5日で往復した。貨物輸送にはこれより遅い船と速い船があり、速い船は2日で往復した。船は喫水が浅い高瀬舟で、明治・大正期にはニブネと呼ばれていた。積載量は70石から80石、長さ15メートルくらいのものが多かった。

明治時代川越鉄道(現在の西武新宿線)や川越馬車鉄道(のちの西武大宮線、廃止)、大正時代にはほぼルートを同じくする東上鉄道(現在の東武東上線)が開業した結果、舟運は衰退していった。

改修されるまでは川越市伊佐沼が源流とされたが、1910年(明治43年)以降の荒川の直線化工事に合わせて1920年大正9年)~1931年昭和6年)に志木より下流も掘り進められ、当時大和町(現在の和光市)新倉で荒川に合流していたのを、現在の岩淵水門で隅田川に合流する形となった。さらに昭和に入ると志木より上流の旧河川も洪水防止のため河川改修工事が行われた。その結果河道が直線化されて流量が保てなくなり船の運航を取り止め舟運の時代は終わりを告げた。

ふじみ野市に於いて新河岸川の舟運で栄えた船問屋を修理、復元した福岡河岸記念館が一般公開されている。

[編集] 支流

上流から

[編集] 橋梁

下流から

[編集] 関連項目

[編集] この川に接している地域

下流から順に配列した。

[編集] 備考

  1. ^ 国土交通省荒川上流河川事務所および埼玉県内雨量・水位情報HPでは「しんがしがわ」、小平市立図書館では「しんかしがわ」、埼玉県 公共用水域の各水質測定地点HPでは「しんがしかわ」と読み仮名を振っている。
  2. ^ 国土交通省荒川上流河川事務所の新河岸川朝霞調節池建設事業のページ
  3. ^ 国土地理院 地図閲覧サービス(試験公開)による2万5千分1地形図:赤羽[南東] : 西方から荒川に沿って流れてくる川が新河岸川
  4. ^ 斎藤貞夫『川越舟運=江戸と小江戸を結んで三百年』さきたま出版会、1982年6月、p18。
  5. ^ 浮間水再生センター連絡橋。歩行者と自転車に開放

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月12日 (木) 01:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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