新潟交通電車線

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新潟交通電車線
晩年の主力日車標準型車体の1両モハ19形19
晩年の主力日車標準型車体の1両
モハ19形19
軌間 1067 mm
電圧 1500 (直流)
最大勾配 20 パーミル
最小半径 53(軌道)160(鉄道) m
uexKBFa
0.0 白山前駅(県庁前駅)
uexBHF
監督署小路停留場 -1944
exKHSTa uexSTR
白山駅 (I) -1951
exSTR uexBHF
白山駅前停留場 -1944
exSTR uexSTR STRrg
越後線
exSTR uexSTR HST
白山駅 (II) 1951-
exSTR uexBHF STR
商業通り停留場 -1944
exSTR uexBHF STR
中学校前停留場 -1944
xABZrg uxmKRZu STRrf
STR uexBHF
軽金前停留場 -1944
STR uexBHF
硫酸会社前停留場 -1944
STR meueENDEa
2.2 鉄軌分界点
HST exABZlf exSTRlg
関屋駅
STR exBHF exKDSTe
2.6 東関屋駅
ÜWor exABZlf exSTRlg
1971
exWBRÜCKE exSTR
関屋分水路
exBHF exSTR
3.6 東青山駅
exSTR exBHF
平島駅 (I) -1971
exABZrg exSTRrf
exBHF
4.4 平島駅 (II) 1971-
exBHF
5.4 寺地駅
exBHF
6.2 ときめき駅
exBHF
6.8 焼鮒駅
STRrg-ELEV xKRZh hSTRq
上越新幹線
LUECKE exBHF
8.6 越後大野駅
exBHF
9.1 黒埼中学前駅
exBHF
9.7 新大野駅
exBHF
11.5 木場駅
exBHF
12.8 板井駅
exBHF
15.0 七穂駅(越後山王駅)
exBHF
16.1 吉江駅
exBHF
17.1 味方中学前駅
exBHF
18.2 味方駅
exBHF
20.0 白根駅
exBHF
20.8 千日駅
exBHF
21.7 曲駅
exBHF
24.1 月潟駅
exBHF
27.0 六分駅
LUECKE exBHF
29.4 新飯田駅
STRlf-ELEV xKRZh hSTRq
上越新幹線
exBHF
31.3 小中川駅
exBHF
33.1 灰方駅
STRlg exSTR
弥彦線
eABZlf exABZlg
BHF exKBHFe
36.1 燕駅
STRlf STRq

新潟交通電車線(にいがたこうつうでんしゃせん)は、かつて新潟県新潟市の白山前駅と燕市燕駅とを結んでいた、新潟交通の運営による鉄道路線。沿線住民からは「電鉄」の愛称で親しまれていたが、1999年4月5日に全線が廃止され、同社グループによる路線バスに転換された。

目次

[編集] 路線データ

(白山前駅 - 東関屋駅間廃止直前のデータ)

  • 路線距離(営業キロ):全長36.1km
    • 鉄道線:鉄軌分界点 - 東関屋駅 - 燕駅 33.9km
    • 軌道線:白山前駅 - 鉄軌分界点 2.2km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数(起終点駅を含む):25駅
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 閉塞方式:特殊自動閉塞式(軌道線)・自動閉塞式(鉄道線)
  • 最高速度:60km/h(駅間により45-60km/hと異なる。軌道線は道路交通法により40km/h)

[編集] 概要

[編集] 創業から開通まで

かつて新潟市周辺の信濃川阿賀野川下流域では「河川蒸気」と呼ばれる汽船による水上交通が盛んに行われていた。信濃川の支流で、現在の燕市から新潟市黒埼地区の間、白根地区を挟んで西側を分流する中ノ口川にも河川蒸気が運航されていた。しかし1922年大河津分水路が開通し、信濃川下流域の水量は大幅に減少。更に取水堰の陥没によって水位が減少し水運が困難となったため、その代替として建設されたのが、当時の新潟電鉄線(にいがたでんてつせん)である。越後大野以南はほぼ全線に亘って中ノ口川の左岸側に沿っていたことからも、河川蒸気の代替手段であったことが窺える。

1933年4月1日の東関屋 - 白根間を皮切りに順次開通し、同年8月15日に全線が開通した。燕市から西蒲原郡中之口村月潟村味方村黒埼町と、対岸の白根市から新潟市街地を結ぶ重要な交通として、沿線住民の足となり、また周辺町村からはや野菜などの農作物が、燕からは金物・食器などが輸送され、沿線住民からは「電鉄」の愛称で親しまれた。新潟電鉄は1943年暮れ、戦時統合により新潟合同自動車などと合併し、会社組織は新潟交通となった。

[編集] 新潟交通として

電車線はその後も「電鉄」と呼ばれ、地図などの表記においても「新潟交通電鉄」という通称が使われるケースがあった。一本の路線として一貫した形で運用されていたが、法制上は鉄軌分界点(関屋大川前一丁目交差点付近)- 燕駅間が地方鉄道法(のち鉄道事業法)による鉄道、県庁前駅(のちの白山前駅)- 鉄軌分界点が軌道法による軌道であった。1928年に完成した萬代橋の現橋は、この電鉄線を新潟駅前まで延伸する計画があったことから、当時の道路橋梁としては非常に広い幅員で設計された。この計画は太平洋戦争の激化で一旦中断され、戦後改めて再開。1948年5月25日運輸省(当時)から施工許可が下りた。しかし今度は財政的な問題から困難を極め、新潟交通はその後トロリーバスの計画に転換するなどして1958年まで工事申請を更新し続けたものの、結局この軌道線の延伸計画は実現しなかった。

その後1960年代をピークに、国道8号白根市内の現区間(当時の白根バイパス)開通や新潟地震で被災したことによる長期運休、更にはモータリゼーションの急速な進行により利用者は激減。貨物営業の廃止やワンマン化、駅舎の無人化などの合理化を進めたものの、車両の冷房化や老朽化した駅舎の改築などといった乗客サービスはあまり進められず、利用者減少に歯止めは掛からなかった。また、白山前 - 東関屋間で県道(旧電車通り・はくさん通り。かつての国道8・116号で、現在の新潟県道16号新潟亀田内野線 - 新潟市道 - 新潟県道164号白山停車場女池線にあたる)を走行する軌道区間周辺の住民からは、振動や騒音による公害や、狭隘な道路を走行するため自動車の通行障害が慢性的に発生することがかねてから指摘されていたこともあり、まずこの白山前 - 東関屋間が1992年に廃止され、東関屋駅からは新潟駅万代口、同南口への連絡バスを運行する形が執られた。更に、特に利用者が少なかった月潟 - 燕間も翌1993年に廃止され、他の鉄道路線と接続しない「孤立路線」となった。残る東関屋 - 月潟間は沿線の道幅が狭隘で、バスでの代替が難しいと判断されたことから存続したものの、利用者減少は食い止められず、更に新潟交通そのものの経営状況が一層悪化したことから遂に電車線の全廃を決定。1999年4月4日の営業を以て66年の歴史に幕を下ろした。

新潟交通電車線廃止時、モワ51号電動貨車に後押しされ白根駅に到着するキ116号ラッセル車

[編集] 廃止後

廃止後、車両の一部が月潟に静態保存されることとなり、廃止当日の4月5日、電車(モハ10形11号・1966年・日本車輌)、電動貨車(モワ51形51号・1933年・日本車輌)、ラッセル車(キ100形116号・1932年・鉄道省大宮)各1両が旧月潟駅舎まで自走で回送された。駅舎周辺はその後、公園として整備され、駅舎・車両はその後ボランティアらによる管理が行われており、年間数回、駅舎と車両の公開が行われる。詳細は月潟駅の項目を参照。

また、その他の廃線敷・駅舎は国や自治体、個人から借用していた箇所と、行政からの要請により新潟交通から譲渡された箇所についてはバスの待合所や中ノ口川の堤防拡幅、歩道、公園、宅地などに充てられている。その転用の一例として、東青山 - 東関屋間の関屋分水路上には、新潟県道16号新潟亀田内野線関屋大橋の上流側に隣接する形で電車線の関屋分水路橋梁が設けられていた。関屋大橋の歩道は下流側には設置されていたものの狭隘な上、上流側には歩道そのものがなかったことから、県は2003年に電車線の橋梁部をそのまま活用して歩道を新設した。左岸側には旧東青山駅前を経由する形で取付部の歩道が新設されたものの、東青山側の廃線敷は現在も手付かずのまま。新潟県道42号新潟黒埼インター線上に架かる跨道橋も廃線時のままで、現在に至るまで撤去の予定はない。

その他の廃線敷も廃止以来、ほとんどが手付かずのままで残存していたが、前述の月潟駅構内を除いて駅舎、レール及び架線は2007年までに全て撤去された。新潟市などは旧路線敷を歩道・自転車道の整備等に充てることを目的に、新潟交通に無償譲渡を要請している。特に焼鮒駅跡北側にある新潟市立山田小学校(廃線当時は黒埼町)は、廃線敷を挟んで校地が東西に分断されており、設備上不便な点が多いことから、市ではこの敷地を取得した上で校地を一体化することを検討している。しかし、慢性的な経営不振に陥っている新潟交通は、廃線敷を不動産として活用することを見込んで有償での譲渡を主張し続けており、現在も両者の主張は平行線のままで、このため廃線敷の再開発には目途が立たない状況にある。

なお、燕市(小中川 - 燕)を除く旧沿線自治体は2005年3月21日までに全て新潟市に編入合併している。2007年4月1日に政令指定都市に移行したため行政区が設定され、新潟市中心部(白山前・東関屋)は中央区、新潟市坂井輪地区(東青山 - 平島)・黒埼町(寺地 - 板井)は西区、味方村(七穂 - 千日)・月潟村(曲・月潟)と白根市は南区、中之口村(六分・新飯田)は西蒲区の区域となっている。

[編集] 代替輸送

電車線の廃線後、新潟交通は旧電車線に並行する形で下記の路線バスを運行している(2002年10月1日以降は子会社の新潟交通西が、さらに新潟交通の地域子会社3社が統合された2007年4月1日以降は新潟交通観光バスが運行を担当)。下記の他、南区内を運行する新潟市南区区バス(レインボーバス)が、白根中心部を起点に味方・月潟を含む区内各方面へ向けて運行されている。

  • 1993年8月1日運行開始
    • 番号なし(月潟線)
      • 白根健生病院前-白根横町-月潟-六分-新生町-燕駅前
        • 月潟線は以前、潟東営業所発着だったが、2007年8月1日から白根中心部発着に短縮された。
  • 1999年4月5日運行開始
    • 802(大野線)ときめき経由
      • 新潟駅前-万代シテイバスセンター前-古町-市役所前-白山駅前-関屋大川前-平島-済生会第二病院-西部営業所-ときめき-黒埼市民会館前-大野仲町
        • 電車線廃止時まで市中心部から直接乗り入れるバス路線のなかった黒埼町立仏・ときめき・山田の沿線住民向けに設けられたもの。2005年以降、市道の整備進捗などによって山田以南の経由地が一部変更となっている。
    • 820(味方線)西白根・月潟方面
      • 新潟駅前-万代シテイバスセンター前-古町-市役所前-白山駅前-関屋大川前-平島-新潟ふるさと村-大野仲町-木場川前-板井-味方-千日下-曲-月潟
    • 821(味方線)西白根・潟東営業所方面
      • 新潟駅前-万代シテイバスセンター前-古町-市役所前-白山駅前-関屋大川前-平島-新潟ふるさと村-大野仲町-木場川前-板井-味方-千日下-潟東営業所

新潟駅発着3路線(802・820・821)の市内中心部の経路は以前、往路がバスセンター12番線始発・八千代橋-鍛治小路-BSN前(川岸町通)経由、復路は白山駅前(はくさん通り)-市役所前-古町(柾谷小路)経由・バスセンター前(テレコムビル横)終着となっていたが、2007年11月1日から市のオムニバスタウン事業の一環で、往復とも柾谷小路・はくさん通り経由に経路を統一している。

この他、白根-燕間には中ノ口川右岸側の茨曽根・新飯田を経由する路線(茨曽根線)が、新潟市中心部-白根・潟東営業所間には国道8号等を経由する路線(白根線)が運行されている。

[編集] 利用状況

[編集] 輸送実績

[編集] 収入実績

[編集] 歴史

  • 1928年(昭和3年)2月14日 新潟市白山浦 - 燕間軌道特許
  • 1929年(昭和4年)6月30日 中ノ口電気鉄道設立
  • 1930年(昭和5年)8月20日 関屋団九郎(後の東関屋) - 燕間を鉄道に変更
  • 1931年(昭和6年)12月8日 新潟電力より新潟駅前 - 白山浦間の軌道敷設権を譲受
  • 1932年(昭和7年)7月7日 新潟電鉄に改称
  • 1933年(昭和8年)4月1日 東関屋 - 白根間 (17.4km) 開業、直流1500V電化。東関屋・平島・焼鮒・越後大野・木場・板井・吉江・味方・白根の各駅開業
    • 7月28日 県庁前(後の白山前)- 東関屋間(鉄道線0.4km、軌道線2.2km)延伸開業。直流600V電化、県庁前駅開業
    • 8月15日 白根 - 燕間 (16.1km) 開業、全線開通。月潟、六分、新飯田、小中川、灰方、燕の各駅開業
  • 1934年(昭和9年)6月15日 新大野駅開業
  • 1935年(昭和10年)4月11日 中学校前(停留場)開業
  • 1936年(昭和11年)4月1日 監督署小路、白山駅前、商業通り、硫酸会社前の各停留場開業
  • 1937年(昭和12年)11月22日 越後山王駅開業
  • 1940年(昭和15年)10月 越後山王駅を七穂駅に改称
  • 1942年(昭和17年)頃 軽金前停留場開業
  • 1943年(昭和18年)12月31日 新潟合同自動車と合併して新潟交通
  • 1944年(昭和19年)9月1日 監督署小路、白山駅前、商業通り、中学校前、軽金前、硫酸会社前の各停留場廃止
  • 1945年(昭和20年)8月1日 県庁前 - 東関屋間を1500Vに昇圧
  • 1953年(昭和28年)4月1日 味方中学前駅開業
  • 1958年(昭和33年)10月23日 県庁前 - 新潟駅前間の軌道特許が失効
  • 1964年(昭和39年)6月16日 新潟地震。鉄道線が約1か月、軌道線が翌年1月まで運休
  • 1967年(昭和42年)10月1日 寺地駅開業
  • 1971年(昭和46年)4月24日 関屋分水路建設のため東関屋 - 平島間経路変更 (+0.3km)。平島駅移転。
  • 1980年(昭和55年)9月26日 東青山駅開業
  • 1982年(昭和57年)1月1日 黒埼中学前駅開業
    • 7月1日 全線の貨物営業を廃止
  • 1985年(昭和60年)6月1日 新潟県庁の移転に伴い県庁前駅を白山前駅に改称
  • 1992年(平成4年)3月20日 白山前 - 鉄軌分界点 - 東関屋間 (2.6km) 廃止
  • 1993年(平成5年)8月1日 月潟 - 燕間 (11.9km) 廃止
  • 1997年(平成9年)3月16日 ときめき駅開業
  • 1999年(平成11年)4月5日 東関屋 - 月潟間 (21.6km) 廃止により全線廃止

[編集] 駅一覧

白山前(当時は県庁前)- 鉄軌分界点間の軌道線区間にかつては5つの停留場があり(中学校前が1935年4月11日開設、他は1936年4月1日開設、1944年9月1日に5つとも廃止)、県庁前 - 東関屋間折り返しでこの5つの停留場に停車する小型電車が運行されていた。

駅名 営業キロ 接続路線 所在地
軌道線区間 白山前駅(県庁前駅) 0.0   新潟県 新潟市
監督署小路(停留場) -  
白山駅前(停留場) - 日本国有鉄道越後線白山駅
商業通り(停留場) -  
中学校前(停留場) -  
軽金前(停留場) -  
硫酸会社前(停留場) -  
鉄軌分界点 2.2  
鉄道線区間
東関屋駅# 2.6 東日本旅客鉄道:越後線(関屋駅、徒歩約5分)
東青山駅 3.6  
平島駅 4.4  
寺地駅 5.4   西蒲原郡黒埼町
ときめき駅 6.2  
焼鮒駅# 6.8  
越後大野駅# 8.6  
黒埼中学前駅 9.1  
新大野駅 9.7  
木場駅# 11.5  
板井駅 12.8  
七穂駅(越後山王駅)# 15.0   西蒲原郡味方村
吉江駅 16.1  
味方中学前駅 17.1  
味方駅 18.2  
白根駅# 20.0  
千日駅 20.8  
曲駅 21.7   西蒲原郡月潟村
月潟駅# 24.1  
六分駅# 27.0   西蒲原郡中之口村
新飯田駅# 29.4  
小中川駅 31.3   燕市
灰方駅# 33.1  
燕駅 36.1 東日本旅客鉄道:弥彦線
凡例
営業キロ・所在地の自治体名等は廃止直前時点。
#:列車交換可能駅(1992年3月の白山前 - 東関屋間廃止前の時点)

[編集] 車両

[編集] 参考文献

  • 青木栄一 「昭和52年5月1日現在における補遺」『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年、補遺2頁。
  • 瀬古龍雄 (1960). “新潟交通”. 鉄道ピクトリアル (1960年12月号臨時増刊:私鉄車両めぐり1): pp. 7-8, 39-42.(再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年。
  • 瀬古龍雄 (1962). “新潟交通(私鉄車両めぐり第1分冊補遺)”. 鉄道ピクトリアル No. 128 (1962年3月号臨時増刊:私鉄車両めぐり2): p. 103.(再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年。
  • 鉄道省 『昭和12年10月1日現在鉄道停車場一覧』 鉄道史資料保存会(1986年覆刻)、東京(覆刻は大阪)、1937年、pp. 313, 446。ISBN 4-88540-048-1
  • 寺田裕一 『私鉄廃線25年』 JTB、2003年。ISBN 4-533-04958-3

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

マルチメディア
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ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年7月31日 (金) 09:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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