新潮45
新潮45の最新ニュースをまとめて検索!
新潮45(しんちょうよんじゅうご)とは、新潮社から発行されている月刊誌の一つ。
目次 |
[編集] 概要
1982年5月創刊。本来の誌名は『新潮45+』(しんちょうよんじゅうごぷらす)で、当初は中高年以上(具体的には45歳以上)を対象とした健康雑誌だったが、売上が低迷したために廃刊が検討された際、重役齋藤十一の判断によって『週刊新潮』編集部出身の亀井龍夫が編集長に指名され、1985年5月、誌名を現行のものに改めると共に、保守・反人権路線にカラーを一新することで売上を伸ばした。“人間の生と死を探求する視点を継承しつつ、さらに「発見力」を高めたい読者に届ける新総合月刊誌”を称している。
ビートたけしが連載を持ち、それをまとめた単行本「だから私は嫌われる」などはベストセラーになった。
その後、編集長は石井昂から早川清を経て、2001年から2008年にかけて中瀬ゆかりが担当。中瀬編集長体制下では、芸能、スポーツ、セレブ等を題材にした「13の事件簿」というシリーズ記事の連載を開始。さらに岩井志麻子、中村うさぎら人気の女性作家がセックスに関する連載を持つようになり、男性読者が離れて女性読者の割合が増えたという[1]。特に2005年10月号に掲載された中村うさぎが風俗嬢に挑戦した体験記は話題を呼んだ[2]。
2008年になって『月刊現代』や『論座』が休刊する月刊誌が厳しい状況の中、2008年11月号から宮本太一が新編集長に就任。ジャーナリズム路線を打ち出すリニューアルを行なって、女性を対象にしたセックス記事と事件簿シリーズは打ち切られた[3]。
[編集] 少年法との関係
石井編集長時代には堺市通り魔事件の報道(1998年3月号所載・高山文彦「『幼稚園児』虐待犯人の起臥」)で当時19歳だった男性被告人の実名と顔写真を掲載したため、同被告人から少年法違反とプライバシー侵害による損害賠償請求の民事訴訟を起こされ、一審で敗訴したが、2000年2月29日、大阪高等裁判所は原告の請求を却下した。
[編集] 脚注
- ^ 『紙の爆弾』2008年2月号、鹿砦社
- ^ 中村うさぎ今度はデリヘル嬢挑戦…源氏名は叶恭子 新潮45に体験記掲載 ZAKZAK 2005年9月15日
- ^ 「「新潮45」宮本太一新編集長に聞く ジャーナリズムへ回帰」 産経ニュース 2008年10月2日
[編集] 関連項目
最終更新 2009年9月27日 (日) 05:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【新潮45】変更履歴

