新谷仁美
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新谷仁美(にいや ひとみ、1988年2月26日 - )は、岡山県総社市(旧山手村)出身の女子陸上競技選手(長距離種目)である。愛称は「にいやん」。
[編集] 経歴・人物
興譲館高等学校在学中、全国高校駅伝にてエース区間と言われる第1区で3年連続して区間賞を獲得(03~05年)。3年連続区間賞という偉業を成し遂げたのはこれまで6人しかいないが、その中でも各校のエースが集まる1区を3年間走り続けてこれを成し遂げたのはルーシー・ワゴイ(00~02年、青森山田)と新谷の2人だけである。特に04年は都大路史上初となる18分台をマークしての区間新を樹立。05年にはさらにその記録を上回るタイムをたたき出しての区間新達成であった。
高校入学以来の目標だった地元・岡山で開催された晴れの国おかやま国体では選手宣誓そして大会最終日の3000mにおいて会場総立ちの喝采を受けながらゴールし、地元に唯一の優勝をもたらした。
2005年の全国都道府県対抗女子駅伝競走大会では実業団のトップ選手がひしめく1区で、高校生ながら区間賞を獲得。(長崎・藤永佳子以来6大会ぶり)
2006年には横浜国際女子駅伝の日本代表チームのアンカーに選抜され、ゴール手前で前方にいたエチオピアチームを抜いてチーム総合3位に貢献し、自身も区間賞を獲得した。
陸上競技関係者の間では、高橋尚子の再来と言われている。
憧れとしている高橋尚子を目指すべく、高校卒業後の2006年に小出義雄率いる豊田自動織機/佐倉アスリートクラブに入部。
2007年2月、記念すべき第1回東京マラソンで初マラソンに挑戦、2時間31分01秒の記録で女子の部において初優勝を果たしている。
2008年8月、2回目のマラソンは真夏の北海道マラソンに挑戦したが、新谷と同じ小出門下生の佐伯由香里(アルゼAC)に惜しくも敗れ、2時間32分19秒の記録で女子の部2位となった。
2009年3月、3回目のマラソンは名古屋国際女子マラソンに出場。レース序盤から先頭集団に加わる中、29.7Km地点で自らスパート、一時は独走状態となった。しかし35Km辺りからペースが落ち始め、37Km手前で優勝した藤永佳子(資生堂)に逆転されてしまう。その後も後続の選手に次々抜かれ、2時間30分58秒の自己ベストをマークしたものの8位に終わった。
[編集] エピソードなど
走法は上下動がほとんどなく、足がリズミカルに前に出て行くピッチ走法は長距離ランナーとして理想的。さらに苦しくなってから大きなストライドに切り替えてスパートする二枚腰も持っている。また他のランナーのことを考えずハイペースで突っ走る攻めの姿勢も頼もしい。
強さの秘密は「よく食べ、よく寝る」。ケガもなく、病気してもすぐ治る、健康体。また、人の走りを良く見て研究し良い所は取り入れている。
体が重くなるのでイヤだというのが理由で腕時計もファイテンのネックレスも練習時には着用しているがレースでは絶対に着用しない。腕時計をしなくてもペース配分がきちんと出来ており、高校時代の森政監督曰く「体内時計がきっちりしているんだろう」との事。ちなみに「マニキュアをつけただけでも体が重く感じる」という。
スポーツ万能で小学校時代はバスケットボールやサッカーを楽しみ、中学では陸上に加えバトントワリングにも取り組んだ。その経験が「どのスポーツをやっても全国レベルになったはず」(森政監督)という運動能力をより大きく伸ばした。高校でも1年の夏までは競歩のレースに出て、走りの基本を身につけた。
トラック・クロスカントリー・駅伝・夏の暑さ、全てにおいて強い事から歴代高校生ランナーの中でも最強の呼び声が高い。
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月12日 (木) 04:11 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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