旗を高く掲げよ
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『旗を高く掲げよ』(はたをたかくかかげよ、Die Fahne hoch)は、ドイツの国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)の党歌。別名『ホルスト・ヴェッセルの歌』(Horst-Wessel-Lied ホアスト・ヴェセル・リート)とも。
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[編集] 概要
歌詞は1929年にドイツのナチス突撃隊員であったホルスト・ヴェッセルが、ゲッベルスの創刊した新聞『デア・アングリフ』に投稿した詩が元となっている。この詩は、共産主義者のヴィリ・ブレーデルによって赤軍前衛同盟のために書いた詩を、ヴェッセルがナチス党活動に合うように編集したという説もある[要出典]。
アルフレッド・ワイデマンの研究によると、曲は1856年にペーター・コルネリウスが作曲したものが元になっているとされる。当時この曲は別の歌詞をつけ、バーなどでラブソングとして歌われ親しまれていた。またゲオルク・ブロデリック(Georg Broderick)によると、軽巡洋艦ケーニヒスベルクの退役軍人により歌われていた「ケーニヒスベルク・リート」も同じメロディーで歌われていたという。
[編集] 歴史
ホルスト・ヴェッセルは1930年1月14日に愛人であった娼婦のエルナ・イェルニケの部屋で銃撃され、2月23日に病院で死亡した。当時の司法記録によれば、犯行は1929年以来非合法化されていたドイツ共産党の軍事部門である赤色戦線戦士同盟のメンバー、アルブレヒト・ヘラーによるものとされている。ヘラーはイェルニケの雇い主に2人の仲を裂くよう依頼されていたが、いきなり銃を乱射したという。
事件直後から、ヴェッセルはゲッベルスによりナチス運動の殉教者に仕立て上げられる。ゲッベルスは彼を「国家社会主義者のキリスト」と讃えるキャンペーンを行った。1930年3月1日、ナチス党機関紙「フェルキッシャー・ベオバハター」にこの詩が掲載されると、経緯は不明だがメロディーがつけられて党員の間で流行した。ナチス党がヴェッセルの盛大な葬儀を行うと、突撃隊員や参加者はこの歌を合唱したという。ゲーリングの回想によると、この時ゲッベルスは「これだ、これだ」とつぶやきつづけていたという。葬儀の後、この歌はナチス党の党歌として採用された。当時、ナチス党は数多くの党歌を採用していたが、この歌は最も有名な党歌となった。敵対政党はこの歌を替え歌にして、ナチス党を揶揄した。
1933年のヒトラー内閣の成立以降、ヴァイマル共和政時代の国歌であったドイツの歌と並んで第二国歌的な扱いを受けた。また、スペインのファランヘ党、イギリスのイギリスファシスト連合等のファシスト政党でも歌詞を変えて歌われていた。
1945年の第二次世界大戦におけるドイツの敗戦以降は、刑法86条に基づき西ドイツでは公の場でこの歌を歌ったりする事自体が禁止された。いっぽう敗戦国と化した祖国から海外に離散した元ドイツ軍兵士たちがこの歌を愛唱していたという目撃談は数多い。
相当数の元ドイツ軍人が入隊していたフランス外人部隊の兵士達がインドシナの戦場でこの歌を歌っていたという話、また第二次世界大戦後にアメリカに渡り、同国のロケット開発計画に関わったドイツ人技術者たちが酒場でこの歌を合唱していた話などが記録に残されている。近年ではイギリスのパンクロックバンド、Skrewdriverによってカバーされている。
[編集] 楽譜
[編集] 歌詞
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 「ナチス党歌」独逸国民歌集 - 当時日本でも発売されたレコード。
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最終更新 2009年10月18日 (日) 00:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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