日劇ウエスタンカーニバル

日劇ウエスタンカーニバルの最新ニュースをまとめて検索!

日劇ウエスタンカーニバル(にちげきウエスタンカーニバル)は日本劇場で開催されていた音楽フェスティバルである。

[編集] 概要

もともとは、「2月の暇な時期に若い子にウエスタンでもやらせたら」という渡辺美佐の思いつきがきっかけで、有楽町ビデオホールで開催されていた「ウエスタンカーニバル」を、日本劇場を運営する東宝が1958年2月に初めて開催したものである。

この企画が当たったことで、以後は年2回開催されるようになった。1950年代にはロカビリーのブームを生み、1960年代後半にはグループ・サウンズブーム[1]の象徴的なフェスティバルとなり、連日超満員となった。

しかし、グループ・サウンズブームの終焉とともに客足も遠くなり、定例公演としての「日劇ウエスタン・カーニバル」は、1971年の第57回をもって幕を閉じた。

以降、1970年代を通して、不定期ながら年1回程度のペースで「日劇ウエスタン・カーニバル」が開催されるが、それらは主にジャニーズ事務所スクールメイツのタレントをメインとしたアイドルショーとなり、またキャンディーズの単独ショーも「ウエスタン・カーニバル」として行われたことがある(1975年8月26日「日劇ウエスタン・カーニバル ~キャンディーズ・ショー~」等)。

1981年1月、老朽化や雑居ビル化により日本劇場の閉鎖・解体が決定したことを受けて、「日劇さよなら公演」が開幕。1月22日から4日間は「さよなら日劇ウエスタン・カーニバル」が開催され、ロカビリー時代のスターや、ザ・タイガースザ・スパイダースをはじめとした人気GSの数々も再結成し出演。大きな話題となった。

終了後、2000年代に入っても、「ウエスタンカーニバル」と銘打ち、主にロカビリー時代の出演者による同窓会的なコンサートがさかんに行われている。2008年12月25日にはウエスタンカーニバル開催50周年を記念し、閉館間近の新宿コマ劇場で「ウェスタンカーニバル・クリスマス同窓会」が開催された[2][3][4]

[編集] 主な出演者

[編集] 脚注

  1. ^ グループ・サウンズ時代、出場できたグループは事実上渡辺プロもしくはその系列に所属するものに限られ、ホリプロ系列所属のグループは締め出されていた。
    また、グループサウンズ時代には、出演者のパフォーマンスに対する賞が設けられており、回ごとにそれを決定していた。
  2. ^ 一夜限りの日劇ウェスタンカーニバル復活 スポーツニッポン 2008年10月22日閲覧
  3. ^ コマ劇なくなっても青春!往年スターが集結 スポーツニッポン 2008年12月26日閲覧
  4. ^ 「ウェスタンカーニバル・クリスマス同窓会50th」

最終更新 2009年10月21日 (水) 03:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【日劇ウエスタンカーニバル】変更履歴

ご利用上の注意