日本人のノーベル賞受賞者
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日本人のノーベル賞受賞者(にほんじんの ノーベルしょう じゅしょうしゃ)では、今までにノーベル賞を受賞した日本人の一覧を掲載する。なお、参考のために、かつて日本国籍を所有していた受賞者も掲載する。
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[編集] 解説
日本人としては、第1回から北里柴三郎や野口英世などが候補としてエントリーされていたが、受賞はしなかった。北里にいたっては、共同研究者であったエミール・アドルフ・フォン・ベーリングが受賞したにも関わらず、研究内容を主導していた北里が受賞できないという逆転現象が起こっていた。これは後年に公開された資料から、北里が黄色人種であったことが原因と判明している[要出典]。
実際に受賞したのは、第二次世界大戦終結後の湯川秀樹が初めてであり、敗戦直後の日本国民に大いに自信を与えたという。また受賞者の多くが大学教授などの研究者である中、2002年に民間企業の技術者であった田中耕一の化学賞受賞が話題になった。
なお、日本人がノーベル賞受賞に際して受け取った賞金は、所得税法第9条13号ホに基づき、非課税となる。
[編集] 受賞者一覧
現職等は各受賞者の記事を参照。
[編集] 物理学賞
- 1949年(昭和24年) 湯川秀樹 - 京都帝国大学理学部卒、理学博士(大阪帝国大学)
- 中間子の存在の予想
- 1965年(昭和40年) 朝永振一郎 - 京都帝国大学理学部卒、理学博士(東京帝国大学)
- 量子電気力学分野での基礎的研究
- 1973年(昭和48年) 江崎玲於奈 - 東京帝国大学理学部卒、理学博士(東京大学)
- 2002年(平成14年) 小柴昌俊 - 東京大学理学部卒、ロチェスター大学大学院修了(Ph.D.)、理学博士(東京大学)
- 2008年(平成20年) 南部陽一郎(1970年49歳で日本国籍から米国籍へ[1]) - 東京帝国大学理学部卒、理学博士(東京大学)
- 素粒子物理学における自発的対称性の破れの発見
- 2008年(平成20年) 小林誠 - 名古屋大学理学部卒、理学博士(名古屋大学)
- 2008年(平成20年) 益川敏英 - 名古屋大学理学部卒、理学博士(名古屋大学)
[編集] 化学賞
- 1981年(昭和56年) 福井謙一 - 京都帝国大学工学部卒、工学博士(京都大学)
- 化学反応過程の理論的研究
- 2000年(平成12年) 白川英樹 - 東京工業大学理工学部卒、工学博士(東京工業大学)
- 2001年(平成13年) 野依良治 - 京都大学工学部卒、工学博士(京都大学)
- 2002年(平成14年) 田中耕一 - 東北大学工学部卒、東北大学名誉博士
- 生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発
- 2008年(平成20年) 下村脩 - 長崎医科大学附属薬学専門部卒、理学博士(名古屋大学)
- 緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と生命科学への貢献
[編集] 生理学・医学賞
[編集] 文学賞
- 1968年(昭和43年) 川端康成 - 東京帝国大学文学部卒
- 『伊豆の踊り子』『雪国』など、日本人の心情の本質を描いた、非常に繊細な表現による叙述の卓越さに対して
- 1994年(平成6年) 大江健三郎 - 東京大学文学部卒
- 『万延元年のフットボール』など、詩的な言語を用いて現実と神話の混交する世界を創造し、窮地にある現代人の姿を、見る者を当惑させるような絵図に描いた功績に対して
[編集] 平和賞
[編集] 経済学賞
- なし(2008年ノーベル賞まで)
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年5月14日 (木) 15:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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