日本人の宇宙飛行
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本項目では、日本人の宇宙飛行について述べる。ここでは、日本国籍を有する者は「日本人」、日本にルーツを有するが日本国籍を有しない者は「日系人」と表記する。また、アメリカ航空宇宙局 (NASA) やロシア連邦宇宙局 (RSA) の正式な資格を有する狭義の宇宙飛行士だけでなく、商業契約による宇宙飛行関係者についても本項に記載する。
目次 |
[編集] 概要
日本国は2009年現在まで、国内の技術で人間を宇宙空間に送り出し、地球へ帰還させることを実現していない。このため、日本人が宇宙飛行を行うには諸外国の宇宙船を利用するほかなく、現時点では将来も諸外国の宇宙船を利用することを予定している。
最も数多く実施されているのは、日本政府が宇宙航空研究開発機構(JAXA)の事業として行っている有人宇宙飛行である。主な目的は宇宙環境を利用して様々な実験を行うことで、実験場所には当初はスペースシャトルを利用して、2008年以降は国際宇宙ステーション(ISS)を利用している。また、ISSの建設作業などにも従事している。今後はソユーズの利用も予定されている。
このほか、商業契約による宇宙飛行も行われており、世界初の商業宇宙飛行を行ったのが日本人であることは、特筆できる。
[編集] これまでの飛行
スペースシャトルの就役当初、搭乗する宇宙飛行士はアメリカ国籍保有者に限られていた。このため、日系人の宇宙飛行は、米国ハワイ州の米国籍日系三世であるエリソン・オニヅカが、アメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士として成し遂げたものが最初である。オニヅカは2度目の飛行でチャレンジャー号爆発事故に遭い、日系人で最初に宇宙飛行ミッション中に殉職した人物にもなってしまった。オニヅカはハワイ日系人社会を中心に、現在も英雄として記憶され、各地の施設等にも名を残している。オニヅカ以後、NASA宇宙飛行士として飛行した日系人はダニエル・タニのみである。
日本人による初の宇宙飛行は、世界初の商業宇宙旅行であった。これはテレビ局であるTBSが、社員の秋山豊寛を「宇宙特派員」としてソビエト連邦のミール宇宙ステーションに派遣したもので、TBSとソ連政府の契約により行われた(但し、訓練により旧ソ連における宇宙飛行士資格を有しており、また放送業務や宇宙実験等に携わっていたことから、単なる商業宇宙旅行者というわけではない)。訓練をはじめとする様々な活動がテレビ番組「日本人初!宇宙へ」で放送され、ミール滞在中は生中継が行われたなど、宇宙開発(あるいは、冷戦時代は縁遠かったソ連そのものも)の素顔を日本国民に広く紹介した。
これ以後、日本人の宇宙飛行は全て、日本政府による宇宙開発事業として実施されている。
[編集] 日本政府による飛行
日本政府は、アメリカのスペースシャトルの利用により有人宇宙飛行のノウハウを学ぶことから着手した。宇宙開発事業団(NASDA、JAXAの前身)は5回に渡ってスペースシャトルの利用ミッションに宇宙飛行士を搭乗させた。最初にスペースシャトルに搭乗したのは毛利衛で、当初計画では秋山の宇宙飛行より先に予定されていたが、スペースシャトルチャレンジャー号爆発事故の影響で飛行が遅れ、日本人初の栄誉は逸することになる。日本の実験装置のみを操作する資格(ペイロードスペシャリスト、PS)としての参加でスタートしたが、後にスペースシャトルの運用や船外活動も可能な資格(ミッションスペシャリスト、MS)の取得がNASAに認められ、活動内容が拡大した。ロボットアームによる衛星捕獲や、船外活動も行った。
これらの経験は、日本が国際宇宙ステーション(ISS)に設置する軌道上実験室「きぼう」の開発にも活用されている。日本人宇宙飛行士は、きぼうを軌道上で組立・操作する立場から開発に参加し、使い勝手を検証して設計に役立てたり、運用マニュアルを作成するなどの業務にも従事している。
続いてISSの建設が開始されると、JAXAの宇宙飛行士も一部のフライトに搭乗し、建設作業に参加するようになった。きぼうの一部が打ち上げられる際は、必ずJAXA宇宙飛行士がシャトルに同乗もしくはISSに滞在し、作業を担っている。
現在はISS建設のためのスペースシャトル搭乗と、利用のための長期滞在が計画されており、年間1~2名の宇宙飛行が予定されている。またソユーズ宇宙船を利用した宇宙観光や、準軌道宇宙飛行に申し込む個人も現れているが、2009年現在、実際の飛行には至っていない。
[編集] これまでの飛行一覧
背景色が無色のものは、JAXAまたはNASDAによる日本人の宇宙飛行。■のものは、NASAによる日系人の宇宙飛行。■のものは、民間による日本人の宇宙飛行である。日付は協定世界時(UTC)。
| 出発日 帰還日 |
氏名 | 搭乗機 | ミッション名 | 主な目的 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1985年1月24日 1985年1月27日 |
エリソン・オニヅカ | ディスカバリー | STS-51-C | マグナム電子情報衛星打ち上げ | 日系人初の宇宙飛行 |
| 1986年1月28日 未帰還 |
エリソン・オニヅカ | チャレンジャー | STS-51-L | TDRS-B衛星打ち上げ | 日系人初の2回目の宇宙飛行・日系人初の宇宙飛行における殉職 |
| 1990年12月2日 1990年12月10日 |
秋山豊寛 | ソユーズ TM-11(往路) ソユーズ TM-10(復路) |
TBS宇宙プロジェクト | 報道、番組製作 | 日本人初の宇宙飛行・日本人初のソユーズ搭乗、世界初の商業宇宙飛行 |
| 1992年9月12日 1992年9月20日 |
毛利衛 | エンデバー | STS-47、ふわっと92 | 微小重力実験 | 日本人初のスペースシャトル搭乗 |
| 1994年7月8日 1994年7月23日 |
向井千秋 | コロンビア | STS-65、IML-2 | 微小重力実験 | 日本人女性初の宇宙飛行、女性の宇宙最長滞在記録(当時) |
| 1996年1月11日 1996年1月20日 |
若田光一 | エンデバー | STS-72 | SFU捕獲 | 日本人初のミッションスペシャリスト、ロボットアーム操作 |
| 1997年11月19日 1997年12月5日 |
土井隆雄 | コロンビア | STS-87 | 微小重力実験 | 日本人初の船外活動 |
| 1998年10月29日 1998年11月7日 |
向井千秋 | ディスカバリー | STS-95 | 微小重力実験 | 日本人初の2回目の宇宙飛行 |
| 2000年2月11日 2000年2月22日 |
毛利衛 | エンデバー | STS-99、SRTM | 地球全体の標高測量 | |
| 2000年10月11日 2000年10月24日 |
若田光一 | ディスカバリー | STS-92、3A | ISS組立 | 日本人初のISS組立ミッション |
| 2001年12月5日 2001年12月17日 |
ダニエル・タニ | エンデバー | STS-108、UF-1 | ISS補給利用フライト | 船外活動 |
| 2005年7月26日 2005年8月9日 |
野口聡一 | ディスカバリー | STS-114 | シャトル試験飛行、 ISS補給利用フライト |
船外活動 |
| 2007年10月23日 2008年2月20日 |
ダニエル・タニ | ディスカバリー(往路) アトランティス(復路) |
STS-120(往路) STS-122(復路) |
第16次長期滞在 | 日系人初のISS長期滞在 |
| 2008年3月11日 2008年3月27日 |
土井隆雄 | エンデバー | STS-123、1J/A | ISS組立 | きぼう船内保管室打ち上げ |
| 2008年5月31日 2008年6月14日 |
星出彰彦 | ディスカバリー | STS-124、1J | ISS組立 | きぼう船内実験室、ロボットアーム打ち上げ |
| 2009年3月15日 2009年7月15日 |
若田光一 | ディスカバリー(往路) エンデバー(復路) |
STS-119(往路) STS-127、2J/A(復路) |
第18次長期滞在 第19次長期滞在 第20次長期滞在 ISS組立、運用、利用 |
日本人初のISS長期滞在(4ヶ月半) きぼう船外実験プラットフォーム打ち上げ、きぼう完成 |
[編集] 今後の飛行予定
[編集] 日本政府による飛行
日本政府はISSに実験モジュールきぼうを設置しており、宇宙飛行士をISSに滞在させてきぼうを利用する予定である。
2009年より、ISSの長期滞在人数は従来の3名から6名に拡大された。これまでは米ロの飛行士のみが滞在することが多かったのに対して、以後は日欧加の滞在機会も増加する。若田・野口の後、JAXAのISS長期滞在任務は2015年までに4~5回を予定しており、訓練やバックアップを含めると延べ8~10名の宇宙飛行士が必要である。毛利、向井、土井らの飛行士が引退しているため、JAXAの現役飛行士は6名になっており、2009年2月に大西卓哉、油井亀美也の2名を採用して補充した[1]。さらに同年9月、飛行士が不足することに備え金井宣茂を追加採用した[2]。新たな宇宙飛行士が訓練を終えて飛行するのは2014年以降となるため、2015年までに飛行できるとは限らない(バックアップに任命される可能性もある)[3][4]。
ISSは2015年までの運用が決まっているが、その後のISSの活用(もしくは廃棄)の方針は決まっていない。一方、NASAは月面開発や有人火星飛行を目標に掲げており、JAXAも月面開発への参加を掲げていることから、これらの活動にも日本人宇宙飛行士が参加していくと思われる。
[編集] 商業宇宙飛行
2006年に実業家の榎本大輔がソユーズ宇宙船でのISS観光飛行を予定していたが、健康上の問題(宇宙飛行士に必要な基準を満たさなかったのであって、一般人としては充分健康と言える状態だったようである)から延期され、後に契約を解除した。2008年6月の時点で、他に日本人による商業宇宙飛行(軌道周回を行うもの)の発表はない。
準軌道飛行(大気圏外まで上昇するが周回軌道には乗らない)には複数の日本人が申し込んでいるが、いずれも機体が完成しておらず、飛行時期は未定である。
[編集] 今後の飛行予定一覧
スペースシャトルの運航に遅れが生じており、今後のISS関連フライトの予定は確定していない。
| 出発日 帰還日 |
氏名 | 搭乗機 | ミッション名 | 主な目的 | 特記事項 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2009年12月21日 2010年5月15日[5] |
野口聡一 | ソユーズ(往復とも) | TMA-17 | 第22次長期滞在、第23次長期滞在 ISS運用、利用 |
日本人初のソユーズによるISS長期滞在。日本人初の宇宙船の操縦業務[6]。 |
| 2010年3月18日 約11日後 |
山崎直子 | ディスカバリー | STS-131、19A | ISS組立、補給 | 初の日本人2名同時飛行(ISSに野口飛行士が滞在中のため) |
| 2011年5月 約6ヶ月後 |
古川聡 | ソユーズ(往復とも) | TMA-02M | 第28次長期滞在、第29次長期滞在 ISS運用、利用 |
|
| 2012年初夏 約6ヶ月後 |
星出彰彦 | ソユーズ(往復とも) | 便名未定 | 第32次長期滞在、第33次長期滞在 ISS運用、利用 |
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| 2013年春 約6ヵ月後 |
油井亀美也 | ソユーズ(往復とも) | 便名未定 | 第36次長期滞在、第37次長期滞在 ISS運用、利用 |
[編集] 脚注
- ^ 2009年2月25日 宇宙航空研究開発機構「国際宇宙ステーション搭乗宇宙飛行士候補者の決定について」
- ^ 2009年9月8日 宇宙航空研究開発機構「国際宇宙ステーション搭乗宇宙飛行士候補者の追加採用について」
- ^ 宇宙開発委員会(第8回)議事録・配付資料:平成20年(2008年)
- ^ 国際宇宙ステーション搭乗宇宙飛行士募集
- ^ 往復ともソユーズTMA-17に搭乗するため、ソユーズの軌道上寿命である半年程度の滞在となる。
- ^ ソユーズは操縦を行う機長と副操縦士、それに操縦に関わらない同乗者を加えた3名が乗り込む。野口飛行士は副操縦士を担当する。
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年12月3日 (木) 08:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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